落下点《短編》

ちょっと焦って周りを見渡す。昼休憩はまだもうしばらくあるから大丈夫だけど、これ以上迷ったら遅刻の危機だ。

とりあえず引き返そうと、さっき歩いてきた道に振り返る。


その時だった。


「────」


視界の端に、チェックのマフラーが舞い込んだ。


思わず、息を呑む。

目で追う。

足が止まる。


視界を流れていくチェックのマフラーを着けていたのは、女のひと。腕時計を気にしながらあたしとは逆方向に歩いていった。


ふっと息が漏れ、白がまるく立ち上る。

寒空に溶けて、姿を消す水蒸気。あたしはしばらく、そこにぼうっと突っ立っていた。


…チェックのマフラーを街中で見かけるたび、あたしはまだ彼を思い出してしまうのだ。

秋半ばから巻かれていた、チェックのマフラー。人一倍、寒がりな陣ちゃん。男のくせに、女のあたしよりも冷え性の、ヒゲがあんまり生えない、陣ちゃん。

頭では終わったことだと、前に進まなければと思っているのに、体は反射的に全く逆の反応をする。


あたしの思い出の中の彼は、とても綺麗に笑っている。それはまるで、撮りすぎた写真と同じように。

あまりにも綺麗すぎで、つくり物みたいで、それが本当に陣ちゃんなのか、あたしにはもうよくわからない。



…いい加減、会社に戻らなくっちゃ。いざとなったら携帯のGPSでも使えばいいんだから。

寒さに、身を縮めた。コートの裾を寄せて首をすくめる。




『朋美の手ぇ、なんでこんなあったかいん?』




…今はもう、あたしの手が彼に触れることはない。二度と、あたしが彼を癒してやれることはない。


あたしの代わりに、あたしよりもっとあたたかな手を持った誰かが。他の誰かが、暖めてくれていますように。



…とても寒がりな、あのひとを。





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