落下点《短編》

限界、という線を通り越して、あたしの中の何かが溢れた。


発作的だった。

転がっていた携帯をひっつかむと、あたしは陣ちゃんに電話をかけていた。


…ちゃんと、話さなきゃ。このままでいいはずがない。

あたしたちの今までのこと。あたしの気持ち。


目を閉じる。

目を閉じて、たくさん考える。もしも。


もし、あたしが、陣ちゃんを裏切らなかったら。

あたしたちは、笑い合えてた?

もし、ばかりの後悔は、振り返ればいくつでもある。


もし、電話をとらなかったら。

もし、あたしがふらつかなかったら。

もし、あたしが陣ちゃんだけを大切にしていたら。

もし、もっと早く陣ちゃんが辛い思いをしていたことに気づいていたら。

もし、あの飲み会に行かなかったら。

もし、朋也くんのセリフを聞かなかったら。


身勝手な空想だ。本当に、自分勝手で、最低な。


でも、でも。ひとつだけ。


もし、あの時食堂で声をかけてくれたのが陣ちゃんじゃなかったら。そんなこと、絶対に思わない。


陣ちゃんと出会わなかったら。そんな「もし」はいらないから。



でももし戻れるなら、あの瞬間に戻りたい。



『すみません、俺、工学部4類の陣内幸樹って言います』



…あの瞬間から、もういちど。




何回も繰り返されるコール。繋がらない。陣ちゃんは、出ない。

一人の部屋。一週間ぶりにかけられた番号。

一向に繋がらないコールを、あたしは何十回も聞いていた。



…いつの間にか、一緒にいるのが苦しくなっていた。お互いに無理をしてた。きっと、陣ちゃんもそう思ってた。

それなのにまだここに留まっていたのは、今まで一緒に過ごしてきた月日が。思い出が。

あたしたちにとって全てで、あまりにも大きかったから。


…まだ戻れるんじゃないかって、叶わぬ思いを、描いてしまうから。



重なるコール音に、諦めを感じたときだった。

プツ、とコールが切れて、電話の向こうから雑音が聞こえた。


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