「──────」
一瞬、何が起きたのか、わからなかった。
あとからゆっくり、じんわり、熱を持ち始める痛み。
ゆっくり、じんわり。その鈍い痛みに、ああ、殴られたのだとぼんやり思った。
「…は……っ、」
陣ちゃんが、息を吸うおと。
ドクンドクンと、うるさいあたしの心臓のおと。
ショックだった。それ以前に、あたしは事態を飲み込めなくて放心していた。
怖い、と思った。消えてしまいたい、と思ったのはそれと同時だった。
「…朋美」
頭上から降ってくるあたしの名前は驚くほどに冷え切っていて、びくりと体が震える。ごめんなさい、渇いた唇から出た謝罪はうまく声にならず、かすれていた。
風呂上がりの乱れた髪からそっとのぞくように見上げる。
何の色も浮かんでいない瞳。
──ああ、あたしは。
突然右手を掴まれ、後ろにバランスを崩した。
「…!?…痛…っ!!いややっ!やめて、陣ちゃ…」
ひっくり返った世界、彼が手を振り上げるのが見えた。とっさに目を閉じ、息をつめる。
痛い、痛い、怖い。
覚悟した痛みの代わりにやってきたのは、ぎゅっとあたしを抱きこむような身体の重みだった。
「……?…陣─、」
「…どこにも、いかないでよ…」
押しつぶしたような声だった。同時に陣ちゃんのそれは、とてつもない痛みを伴ってあたしを押しつぶす。
──ああ、あたしは。
涙が出そうになった。
あたしは、陣ちゃんの心を壊してしまっていた。粉々に。修復したつもりで、もう手遅れなことにも気づかずに。
─どこにも、いかないでよ。
どこにも行かないよ、いくら言っても信じてもらえない言葉を何度も、何度も心の中で唱える。
冷たい床の上。
組み敷かれた自分の身体がまだ温かいことに絶望しながら、願った。早くこの時が終わってくれるように。
"…信じられへんよ"
それが陣ちゃんの本心だった。信用も絆もいつか取り戻せるだなんて、あたしの都合のいい空想。
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