落下点《短編》



講義なんてほとんど無いから大学にもあまり出向いていなかったこの時期。

ゼミの必要書類を取りに来いとの連絡があったので、久しぶりにキャンパスの地を踏んだ。

陣ちゃんも近場でちょうど用があったらしく、あたしを送るついでに一緒に来てくれた。

スーツ姿の陣ちゃんに見慣れてしまっていたから、だっぽりとしたセーターにジーンズ、そんなラフな格好の陣ちゃんは久しぶりだ。


キャンパス内をふたり、並んで歩くのも久しぶりだった。


「めっちゃ人おるなぁ」


ちょうどお昼どきだからだろう。キャンパスの広場にはたくさんの学生がいた。

きゃあきゃあと飛び交う笑い声に、風に舞うカラフルなスカートたち。根元まで染まった茶色い髪も、一緒になびいて。


…あたしも一年の時はあんなだっただろうか。眩しくて、少し羨ましい。


「…食堂」

「え?」

「久しぶりに寄ってかん?昼飯」


広場を見つめてポカンと突っ立っているあたしの方を見て、陣ちゃんが笑った。

なんだかそれが嬉しくて、思わず駆け寄って陣ちゃんの手を握る。

すぐ目の前にきた陣ちゃんの首元は、今日はいつものマフラーがなくて寒そうだ。

陣ちゃんはすこし驚いた顔をして、それから困ったみたいに笑う。大学内で手を繋ぐなんて、今まで一度もしたことがなかった。


「たまごチーズ丼!食べたい」

「ははっ、あれメニューん中で二番目にカロリー高いで」


何でもない会話がこんなにも嬉しい。あたしはどれほど、小さな幸せを見過ごしてきたのだろう。


「ええもんたまには!別にダイエットしとるわけでもない…し…」



笑顔が、こわばった。

握っていた手の力が、一瞬抜けてしまったみたいになった。


構内から出てきた黒い頭。それはいかにも黒染めした、と言わんばかりの少し不自然な黒髪で。


…めったに大学に来ることなんてないのに、どうしてこんな偶然があるんだろう。


あたしが気づくと同時にあたしたちに気づいたらしい朋也くんも、目を大きく見開いて一瞬その場に固まった。

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