おしゃれハッカー

 次の日曜日、風香ちゃんに編集部を見学させてもらう約束をした。家のパソコンで住所を調べると、オフィス街ではなくて、郊外にある学生街の二ツ橋市(ふたつばしし)だった。乗りつぎの必要はなくて電車ですぐに行くことができる。

 その日は少し緊張しながら駅の階段を降りる。友達とのお出かけなんてめったにない。そもそも誘われない。
 改札口の前でキャミソールにホットパンツ姿の風香ちゃんが首にカメラをぶら下げて待っていた。
「愛花ちゃーん! 迷わなかった?」
 クラスメイトの中には女子グループで原宿に出かけたり、映画を観たり、カラオケに行ったりしている子もいるみたいだけれど、自分にはどこか遠い世界の出来事みたいよ。だから、誘ってもらった時は本当に嬉しかった。
「大丈夫。携帯端末は持ってないけれどぷにちゃんもいるし、迷子にはならないよ」
「検索はおまかせらに~」
「そっか、ところで……愛花ちゃんの服、独創的だねっ、あははっ……」
「え、やっぱり! この服はブランドコラボ品の限定アイテムなんですよ! 女の子の憧れニャッチとオフクロのコラボ! このロゴ、ホログラムなんですよ。1980円なのにすごいですよねぇ、ネットオークションではプレミアがついて10倍の値段なんですよ!」
 わたしが得意気に猫マークがいくつも印刷された茶色のTシャツを見せた。
「マナちゃん、風香ちゃんはかわいいって褒めているわけじゃないと思うぷに……」
「えええっ?! これ、すっごくかわいいのにな。わたし、猫大好きだし」
「愛花ちゃんは無理にブランドものを着るより、カラーで組み合わせた方が似合うよっ」
 風香ちゃんが励ましてくれるけれど、せっかくのお出かけなのにダサいみたいに言われると、ただでさえ低いわたしのテンションは南極へと向かっている。
「どうしたの、そんな顔して」
 聞き覚えのある声。
「優海さん……」
「あれ、この服、猫がいっぱいだ。かわいいね」
 ああっ、優海さんに褒められた! しあわせだぁ!! って、我ながら単純な性格かも。
「風香ちゃん、それにしてもよくこの子だってわかったね」
「もしかして……あの話のこと?」
 風香ちゃんはまじまじとわたしの顔をのぞきこむ。ふたりは一体なんの話をしているんだろう。
 三人組ってちょっと苦手だな。こんな風に二人がしゃべっていると一人だけ余っちゃうでしょ。そして、余るのはいつもわたし。物語の主人公はたいてい三人組なのに、一体なんであんなに仲良くできるんだろう。
「そうなんだ! どうりでスクープの臭いがすると思ったよっ!」
 ぼんやりと会話を聞きながら並木道を真っ直ぐに進んで少し曲がると、急に二人は古ぼけたビルの前で立ち止まった。地味なコンクリート製の建物だ。想像していた最先端のIT企業のビルとはかなりイメージが違う。
「前は普通の会社だったらしいんだけれど、テナントが空いていたから借りているんだよっ。ここがあたしたちの編集部、いや、秘密基地かなっ! この辺は学園都市で大学生が起業していることもあるのっ!」
 室内にはパソコンや撮影用の機材、それに図鑑や資料が乱雑に真ん中の机の上に置かれていて、そこから根っこみたいににょきにょきと無数のコードが伸びている。あと二つ机はあるんだけれど、どちらもピカピカで新品同然だった。
「愛花ちゃんって勘が良い子だと思っていたのにまだ気が付かないのねっ」
 風香ちゃんの言葉で、優海さんが昨晩言っていた『ハッカーチーム』という言葉を思い出した。
「もしかして、風香ちゃんはハッカーチームのリーダーなの?」
「リーダーね……別にそんなつもりはないわ。ハッカーにリーダーなんていないもの。みんな平等よっ。ここではJSNの情報を分析しながらいろんな事件を解決しているんだよっ! といってもいじめとかそういう学校のトラブルがほとんどだけどねっ」
 うわぁぁっ、感激しちゃった。優海さんに聞いてからずっと面白そうって思っていたから!
 それにネットでのいじめとかいじわるも許せないよね。わたしも聞いただけだけれど裏サイトというのがあって、そこで友達の悪口を書いたり、個人情報をつかっていたずらをしているみたい。そういうの、なくせたらいいなってずっと思っていた。
「分析ってどんなことをしているんですか?」
 興味半分で覗いたディスプレイには男女の恋話が流れていて、思わず顔が赤くなる。
「って! ええっ!! こんなこといいんですか!?」
 風香ちゃんのパソコンに映っていたのはどこかのだれかが会話をしている記録。こうしている間にも、のぞかれていることに気が付かずにカップルの熱い会話は進行していく。