「よかったら、もう一軒行きませんか」
若干の物足りなさを感じていた時、片山さんが駅の方へ向かう足を止めそう言った。
「すぐ近くに、雰囲気のいいバーがあるんです。このままお別れするのは少し惜しくて」
振り向いた彼と視線が交わり、どきりとする。
アプリでの出会いに、最初は期待なんてしていなかった。
実際に会ってからも、どこかで騙されているのかもしれないと疑っていたのに。
なのに今は、この人のことをもっと知りたいと思っている。
彼氏の代役を探すだけのはずが、気づけば、その境界線が少しずつ曖昧になってきていた。
私たちは心地よい夜風にあたりながら、東京タワーを背に歩き出す。
すぐに照明がおさえられたラウンジバーに到着し、彼のあとに続いて入店した。
重厚な革張りのソファに案内されると、ふたりの距離がぐっと近くなる。
「乾杯」
ピアノの生演奏がかすかに聞こえる中、グラスが静かな音を立てて重なった。

