楽園で紅茶とチョコレートを

 7

「ダレン。紅茶をお持ちしてお嬢様のもとへ行くように」
「ああ、行ってくるよ」
 ダレンはジェームズから紅茶一式を受け取りロザリーの部屋へ向かう。
「この缶に入った紅茶は俺も飲んだことのある」
 紅茶はイギリスの有名メーカーのアールグレイ。小さなチョコレート、鮮やかなラズベリー。果物の入ったタルトケーキ。邸の食べ物や飲み物はジェームズが用意している。ダレンはそれらの調達に関わっていない。
 ダレンはロザリーの部屋へ向かう途中で考える。
「俺、ロザリーにもジェームズに対しても、言葉遣いとか結構フランクになっちゃっているけれどいいのかな? でも、俺は敬語とかはよく知らないんだよな。まあ、駄目ならジェームズに注意されているよな。この言葉遣いでロザリーは嬉しそうだからこれでいいのか。過去で会った時もこの話し方だったからな」
 ダレンは「過去で仲が良かったダレンがさ、突然かしこまったならショックかもしれないよな」と呟いた。

 午後の3時。本日は、この国では多い「曇り」の日だった。
「空が灰色だと、色のない世界のような気がする時があるよ」
 ダレンはロザリーの部屋の扉をノックする。
「ロザリー。紅茶を持ってきたよ」
「どうぞ。部屋に入って。ダレン」
 ロザリーはダレンを出迎えて自身の部屋の中へ招き入れる。ダレンはロザリーの部屋に入ると〈女の子の部屋だな〉と思わずドキッとする。邪なことを考えているわけでもないが、ダレンは兄と「兄弟」で育ってきたから「女の子の部屋」をあまり知らなくて、ロザリーの部屋に入ると緊張するのだった。
「ダレン。座っていいのよ?」
「一応は使用人だから止めておくよ」
「私。あなたとお茶したいと思っていたの。駄目?」
 ロザリーにそう頼まれると駄目とは言えなかった。
「じゃあ座らせてもらうことにするよ」
 その言葉でロザリーは笑顔になった。
 ダレンが「あ、でも椅子が一つしかないけどどうすればいい?」と聞くと「ベッドに座りましょう」と言われる。
 ダレンは紅茶一式のトレイを机に置いた後、遠慮がちにロザリーのベッドの上に腰かけた。予想外だったことは、ロザリーも椅子に座らずにダレンの横に座ったことで、ダレンは〈えっ!?〉と内心で焦った。
 ロザリーはダレンと話すために横に座っただけのこと。だが、ダレンはしばらく会話に集中出来なかった。ようやく落ち着いた時に〈自分から何か話さなきゃ〉とダレンからロザリーに話す。
「先日。過去へ行ってロザリーと出会ったよ」
 その言葉でロザリーは嬉しそうな笑顔になる。
「あの時、ダレンと初めて出会ったのよね。邸に突然ダレンが現れたから「足音の犯人」がダレンと勘違いしちゃったの」
 ロザリーがすぐ近くで嬉しそうにダレンの顔を見て話す。ダレンは隣に座っているロザリーの目をまだ見れなかった。
「俺、まだ分からないことが多くて。ごめん」
「いいの。私はそれでも嬉しい」
 ロザリーは遠い過去の記憶を「大切な記憶」と言った。
「こうしてダレンと再び会えたことが嬉しいの。もう会えないかもしれないと思っていたから。神様お願い、って祈っていたら、ダレンがこの邸に来てくれた。私、ダレンと「会いたい」と思っていたの」

 ダレンはロザリーを見つめる。
 二人の顔はすぐ手を伸ばせば触れられるくらいに、近くにある。
 ロザリーも「ダレン」と言って、しばらく二人は無言で見つめ合った。見つめ合った二人は「どうしたらいいのか」が分からなくなっていた。お互い、瞳に吸い込まれてしまいそうで、胸が切なくなる。
「そ、そうだ。紅茶。持ってきたから飲もう」
 ダレンがそう言うとロザリーも「そうよね」と慌てて立ち上がった。
「私が淹れるわ。ダレンに任せっぱなしでも悪いから」
 ロザリーはダレンに背を向けて机の上の紅茶をカップに注いでいる。
 二人は〈もしもあのまま見つめ合っていたのならキスでもしたのかな?〉と考えて、まだドキドキしていた。二人は〈相手からそうされたのなら断れなかった〉と感じた。それは言葉にしなかった。出来なかった。
 ダレンは紅茶を淹れるロザリーの後ろ姿を見る。
〈彼女。俺のことを好きなんだろうな〉
 今の日常の何でもないような会話でも。ロザリーはの態度や表情、言葉が、ダレンのことを好きだと伝えているようなものだ。
〈良い子だ。性格も。こんな素敵な女の子に好かれていると思うと何だか心が優しくなれる。それは、自分のものにしようと思うような感情じゃなくて、触れたら壊れそうな、切ない想いを守りたい気持ちだ。俺は、一時の邪な感情で、彼女を傷つけたりなどしたくない。がっかりされたくない〉
 まだ「青い」ダレンが初めて「愛おしい」と思った。
 彼女を守る騎士になりたいと思うほどに。
「はい。紅茶をどうぞ。ダレン」
 ダレンはロザリーから紅茶を受け取って「ありがとう」と伝える。
 二人は現在で過去で会ったことを会話をする。
 今は共通の話題でもある。二人はこの日「時間旅行の答え合わせ」のように、あの時のことを楽しく話し合った。それでも焦らないようにした。焦ってしまえば二人の大切なものを壊してしまうかもしれないと。二人は二人の記憶や想いを大切にする。

 * * * * *

 ロザリーと会話をしていたダレンは「そろそろ戻らないと」と言ってロザリーの部屋を出て一階へ戻った。気がつけば既に4時半を過ぎていた。一階へ戻ったダレンはティータイムで使った食器を自分で洗って、大広間へ。大広間ではジェームズがソファーに座って今日の新聞を読んでいた。
「過去へ行ったことを話し込んでいたのでしょうか?」
「え? ああ。つい話し込んでしまったよ」
「責めるわけでもありませんよ。お嬢様が望んだらそれが「最優先事項」です。ご苦労でしたダレン。今日の業務はもう終わりでいいですよ」
「そう? じゃあそうさせてもらうよ」
 ダレンはふと「気になっていたこと」をジェームズに聞く。
「そういえば「ジェームズの姿」が過去にはなかった。するとジェームズはもとはこの邸の執事ではなかったのか?」
「あなたは察しがいいようですね」
 ジェームズは新聞を読むことを止めて話す。
「かつて、この森には「霊木」まあ「魔力を持つ大樹」が存在していました。かつて、というのは、今はもう存在していないのです。森の開発の際に切り倒されてましてね。今は朽ちた切り株が残っているだけなのですがね。その枯れた大樹の中に住んでいた大蜘蛛はある時からこの邸に住処を移した。ということですよ。それが私「ジェームズ・ウィルソン」です」
「そうなのか。俺、今は森のことまで覚えられないかも」
「そうですか。まあ、焦らずに」
 ジェームズはそう言い再び新聞を広げて読み始めた。
 ダレンは〈でも、それ以上喋らないということは、今、聞くべきことではないのかもしれない〉とダレンは思い「部屋に戻る」と伝えて、部屋に戻った。ジェームズが新聞を読みながら独り言を呟いた。
「いずれ、この森や邸のこともお分かりになられますよ」