楽園で紅茶とチョコレートを

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「お嬢様? どこにそいつは居るんだ?」
 ダレンは蜘蛛の糸に捕らえられているが、ジェームズと名乗った大蜘蛛が「ある程度話が通じる相手かもしれない」と感じた。そして、この奇妙な邸と「ジェームズという大蜘蛛の仕えるお嬢様」を見てやろうと考えた。
「俺もそいつと会ってみたい」
「ええ。ですがその言葉遣いは直すように」
「ああ、分かった。丁寧に話すよ」
 大蜘蛛のジェームズは「いいでしょう」と言って黒い霧を蜘蛛の糸に向かって吐き出す。するとダレンを捕らえていた蜘蛛の糸は、溶けるように消えた。
「簡単に獲物の自分を逃すものだな。いいのか?」
「ええ。あなたはおそらく逃げないでしょう。この後、お嬢様と出会うはずです。それに、お嬢様があなたを捕らえている私を見たのなら、私が嫌われてしまう」
「ふーん。お嬢様って平和主義者なんだな」
 ダレンも今は逃げようとは考えなかった。そのダレンの様子や表情を観察していた大蜘蛛「ジェームズ・ウィルソン」は黒い霧を纏った後でスーツの男の姿に戻った。
「それで「お嬢様」はどこに居る?」
「二階です。案内します。ダレン・ベイクウェル」

 手すりの付いた広幅の階段を上り、二階の廊下。部屋数が多く、十部屋以上はある。廊下も複雑で、その全長は長い。
「昔の貴族ってお金持ちが多かったと聞いた。随分と広い邸だ。この家も名のある名家だったんだろう。どうして落ちぶれたんだ?」
「余計な詮索はしないように。いずれ分かることです」
 二階の廊下を歩いた先、ある部屋の扉の前。ジェームズがダレンに忠告する。
「お嬢様を傷つけるような発言を決してしないように。それを破った時、あなたの心臓を引き裂きます」
「あ、ああ。なるべく気を付ける」
 ジェームズが部屋の扉を「上品に」ノックする。
「お嬢様「ダレン・ベイクウェル」が邸にやって来ました」

 その言葉で扉の向こうが騒がしくなる。かと思うと、勢いよく扉が開かれた。金色のロングヘアー、可愛くて華奢な女の子が目の前に現れる。
 歳は14歳ほどに見えた。服装は今どきのファッションとは違う。黒と白、アクセントに赤色が使われた簡易なドレス、裾には白のフリルが見える。その女の子はダレンを一目見るとダレンに抱きついてきた。
「ダレン! ああ、本当にダレンなのね!」
 ダレンは少し戸惑った。がジェームズに言われたように傷付ける発言をしないように「あ、ああ「ダレン・ベイクウェル」だよ」と答えた。
 女の子は嬉しそうにダレンの服に顔を埋める。
「会いたかったわ。ダレン」
 ダレンは女の子を見る。
 女の子に「好意」を向けられている。ダレンはこの女の子を知らない。出会った覚えもない。何故、自分と出会って喜んでいるのか。ダレンが戸惑っているとジェームズが女の子へ伝える。
「お嬢様。ダレンは使用人として、この邸に「住み込み」で働いてもらうことになりました。ダレンも少し疲れているようです。お話は別の日になさってはどうでしょうか?」
 ダレンが言うより早く、女の子がジェームズに聞く。
「ジェームズ。ダレンがこの邸で働くって本当?」
「ええ、そのようになっております」
「嬉しい。ダレンが居てくれるなんて夢のよう」
 ジェームズが「さあ、こちらへ」とダレンを促す。ダレンは従って、女の子の部屋を出た。ダレンに分からないことが多くあった。それと同時に、少し「ドキドキ」したことも確かだった。女の子は明らかにダレンを求めていた。

 ダレンとジェームズ、二人は階段を下り「お嬢様」の部屋から十分に離れる。
「今晩から、この邸で住み込みで働いてもらいます」
「どうせ「断ったら命はない」とか言うんだろう?」
「ご察しのよいことです」
 一階の廊下を歩き、ジェームズに一室を示される。
「この部屋をお使いください。鍵は内側から閉めることが出来ます」
 部屋の中は上品な内装だったが、予想通りに電化製品の類はない。ダレンは「思っていたよりはまともな待遇と思うことにする」と言った。ベッドに、鏡の置かれた机、椅子。それと衣服をかける木製のハンガー。
 窓の外に見えるものは庭の草花。
 窓の外では日が暮れ始めている。
「なあ。夜に明かりが必要な時はどうすればいい?」
「そのランプをお使いください」と、扉の近くに置かれた古いランプを示される。ダレンは「分かった」と言った後に「聞いていいか?」と言う。
「どうぞ。ですが簡潔に」
「彼女のこと。彼女は一体何者なんだ?」
「お嬢様は「ロザリア・チャペル」です」
「俺は彼女をなんて呼べばいい? 俺も「お嬢様」でいいのか?」
「あなたは「ロザリー」と呼んであげてください」
「ロザリーと呼べ? そんなに親しそうでいいのか?」
「ええ「お嬢様は以前にあなたと出会っていて、あなたのことを知っています」から。その時、あなたはお嬢様をロザリーと呼んでいた。ですから、あなたはお嬢様を「ロザリー」と呼んでください」
 ジェームズのその言葉にダレンは驚く。
「待ってくれ。俺は覚えていないぞ?」
「ええ。そうでしょうね。次第に分かることなので、お気になさらず。それと伝えておきますが、分からないことがあっても、お嬢様と話す時は余計な詮索をしすぎないように。お嬢様が傷つかないように、フレンドリーに。はじめは分からないことがあっても、お嬢様と話を合わせるように」
 この奇妙な注文にダレンは戸惑う。
「だけど、話に合わせろと言われてもな」

 話の途中だったがジェームズは窓の外を見た。
 日が暮れて、部屋の中も暗くなってきた。
「ダレン・ベイクウェル。その表情から少し疲れていることが分かります。今日はもう休みなさい。夜に活動することは、ここではあまり考えないことです。日中に活動するように。それと明日、朝8時には起きてください」
 ジェームズはそう言い残して「では」と部屋を出て行こうとする。
「あ、おい。俺の飯とか水とか、トイレとか、風呂とかは?」
「ああ、そういうものが必要でしたね」
 ジェームズは「それでは後で迎えに来ますので、しばらく休憩しておいてください」と言って部屋を出ていく。部屋の中、ダレンは「一体、何が何だか」と独り言を呟く。それでも、今のダレンにも一つだけ分かることがあった。
「彼女「ロザリー」の嬉しそうな表情は、作り物の笑顔じゃなかった。俺に会えて心から嬉しかったんだろう。何故なんだろう?」
 その理由はダレンも知りたかった。
 ダレンは古いランプを手に取って一言。
「というか、これ。一体どうやって灯りを点けるんだ?」