楽園で紅茶とチョコレートを

 1

 町に住む「ダレン・べイクウェル」は、他の町での用事を済ませてバスで自分の町「べイクウェル町」へと帰ってきた。
「ダレン」は背の高い青年。短く切ったブラウンの髪。
 大学のある町へ行ったために少し良い服を着ている。
 好むのはUKロックの服装。ダメージ加工のRe'viceのジーンズに、プリントTシャツの上に黒のジャケット。今時のUKロックを真似ている。フォーマルな中にカジュアルを取り込むスタイルが今の若者の「分かりやすいお洒落」だった。
 町外れのバス停から歩いて町まで帰る理由は一つ。出先で予想外の出費があって運賃が僅かに足りなくなったからだ。
「まあ、そういう日もあるさ」
 ダレンはそう言ってから道を歩き始める。

 大学へ進学するための書類に不備があった。
 そのため、ダレンは直接、大学まで出向いた。郵送でやり取りして、そこでまた不備があると、提出期限に間に合わずに入学出来なくなる可能性があった。そのため、今日は大学まで書類を訂正しに行った。
 2007年。世の中にパソコンが普及して携帯電話が普及している。ダレンも自分のパソコンと携帯電話を持っている。IT機器が普及しているのに、書類をメールで送ることを許可していない「大学」への愚痴をこぼす。
「電話かメールで伝えて「はい、大丈夫です」でいいと思うんだけどさ」
 ふう、とため息を吐く。
「先日、フラれてから良いことが全くない」
 ダレンは17歳。そろそろ恋人が欲しいと思っている。
 自分が「かっこ悪くない」とは感じているが、恋愛経験が乏しい。先日、町の可愛い女の子にアプローチしたがフラれた。
 その次の日には「町の周知の事実」になっていた。
『ダレン。昨日にフラれたんだって?』
 仲間たちからそんな揶揄の言葉をかけられる。
「そんな町が好きじゃないよ」

 しばらく歩いたダレンは「長い」と呟く。
 バスに乗っている時は、町外れのバス停から町までは長い距離だと思わなかったが、実際に歩いてみると思ったより遠い。歩き疲れて「この森を突っ切ったら町なのに」と、薄暗い森を見つめた。町の老人たちが「呪われた森だ」と言っている森。だけどダレンはそいう「迷信」を信じていない。
「何だ、森に道があるじゃないか。森の中を突っ切って行くか」
 ダレンは町外れの森の中へと入っていく。
「距離にしたらほんの十分くらいだろう。遠回りして30分歩くなんてごめんだ。道があるんだから大丈夫だろう。多分」
 ダレンは森の中を歩く。
「まあ、薄暗い森だから「不吉だ」と言われているんだろうな」

 数分歩くと鬱蒼と草木が生い茂る森の中に「古びた大きな邸」が建っていた。この邸を見てダレンは思い出すことがあった。
「例の邸か」と。子供の頃に聞かされた話だ。
「たしか昔に、大人が俺を森に入らせないように、怖がらせるために「幽霊が出るぞ」と話していたな。それと「過去に不幸で人が亡くなっている」とも。邸があって、そこに入ると幽霊に取り憑かれる、とか何とか」
 目の前の古びた大きな邸を見る。
 木香薔薇の生い茂る古びた邸だ。
「古い邸だけど恐れることなんか何もない」
 そう言った時、不意に窓の向こうに影が横切った。思わず驚いたが、このまま怯えて逃げて「幽霊が出たんだ」と言うのも「かっこ悪いな」と感じた。
「確かめてやろうじゃないか」
 ダレンは邸に踏み入れることを決めた。

 何せ、若者の楽しい話題の少ない町だ。少し刺激的なことをするのも悪くない、とダレンは思った。幽霊が出ても出なくてもどっちでもよかった。このまま帰っても、何一つ満足出来ないまま一日を終えるだろう。それなら「自分が勇気を持った人物であることを証明する」のも悪くない。
 仲間と話す時に話題にくらいはなるだろう、と。

 * * * * *

 庭を歩いて、邸の玄関の扉に手をかける。
「まあ、でも鍵がかかっていたら無理だな」
 ドアノブを回す。玄関の扉の鍵はかかっていない。
「開いているな。誰か住んでいるなんてことはないよな?」
 ダレンは重い扉を慎重に開き、中に入る。
 邸の中に入ると、まだ日中ということで邸の中の様子が分かる。もっとも多少薄暗いが。ゴシックな内装は一世紀前の「雅さ」を感じさせる。玄関の正面には大きな階段があり、二階へと続いているが、玄関から二階の様子は分からない。一階で分かることは大広間があることと、奥の空間に続く長い廊下に「黒と赤の絨毯」が敷いてあること。

「随分と立派な邸だ」
 ダレンは奇妙な空気を感じている。
「廃屋にしては妙だ。荒らされている様子もない」
 そう言った時に奥から何か音が聞こえた。
 思わずダレンは身構えたが姿は現れない。そこでダレンは恐れを振り払うために「出てこい! 亡霊共め!」と叫んだ。
「俺は「ダレン・ベイクウェル」だ! 逃げも隠れもしない!」
 ダレンは何も返事がなければ「自分の勝ち」ということにして、邸を出て帰ろうと思った。今になって亡霊が怖くなった。
「返事がないから俺の勝ちだ!」
 ダレンが邸を出ていこうとする。
『お待ちください。ダレン・ベイクウェル』
 ダレンは「その声」に驚き、振り向く。
 そこに「スーツ姿の男」が立っていた。
 黒に白のストライプの、リッチなスーツの男。スマートな体型で、綺麗な姿勢で立っている。その顔は厳格で、表情はほとんど動かない。ダレンはその男を「まるで一枚の動かない絵画のようだ」と感じた。
 身構えているダレンに、男が静かに話しかける。
「私はこの邸の執事の「ジェームズ・ウィルソン」と申します。あなたがダレン・ベイクウェルならば、この邸から帰すわけにはいかない」
 その男は「大きな蜘蛛」に姿を変えた。
 ダレンが逃げようとしたが、既に手遅れだった。大蜘蛛は蜘蛛の糸をあらゆる場所に吐いて、ダレンはその蜘蛛の糸にかかり身動きが取れなくなっていた。
「化け物め。俺を食おうってわけか?」
「いいえ。そんなことは考えていません」
「すると何だって俺を捕らえる?」
「あなたに「この邸の使用人」になってもらいたいのですよ。給金は出ませんが、住み込みの使用人として働けば、命までは取らない。もしも断れば、ここであなたの言う通りに食べてやっても構わない」
「お前の世話をさせようというわけか?」
「いいえ、違います「お嬢様」の使用人になってもらいたいのです」