エリート学園の最上級王子は、地味な私を離さない。

「そんなに緊張しなくて大丈夫よ」

ふわりと笑われる。
けれど私は、ますます緊張した。

「あなたのことは聞いているわ」

「……鳳城くんから、ですか」

「いいえ。主人と、周囲から」

その言い方に、胸がひやりとする。

「カイルがずいぶん熱心に関わっている子だって」

熱心に関わっている。
その表現だけでも顔が熱くなりそうなのに、今はそれどころじゃない。

お母様は紅茶をひとくち飲んでから、静かに続けた。

「あなた、努力家なのね」

「え……」

「特待で入学して、成績も優秀。先生方の評判もいいわ」

褒められている。
そう思うのに、なぜか安心できない。

「ありがとうございます……」

「でも」

やっぱり、その言葉が来る。

「それだけでは足りない世界もあるの」

私は息を止めた。

「鳳城家の隣に立つというのは、勉強ができるとか、真面目だとか、そういうことだけではないのよ」

やわらかい声なのに、ひとつひとつが重い。

「立ち居振る舞い、社交、家同士の均衡。感情だけでは済まないことがたくさんあるわ」

何も言えない。
わかっていたことを、きれいな言葉で突きつけられているだけなのに、胸が痛い。

お母様は私をまっすぐ見つめた。

「あなたは賢い子みたいだから、わかるでしょう?」

その問いかけは、ほとんど答えを決められているみたいだった。

わかる。
わかってしまう。
私が今のままでは足りないことも。
麗華さんのほうがずっと自然にその世界へなじめることも。

でも。

「……わかります」

私がそう答えると、お母様は静かに微笑んだ。

「そう」

「でも」

自分でも驚くほど、声ははっきりしていた。

「わかることと、諦めることは別です」

お母様の瞳が、わずかに揺れる。

「私はまだ何も持っていません。鳳城家にふさわしいなんて、今は言えないです」

胸が苦しい。
でも、止まりたくなかった。

「それでも、最初から無理だって決めつけて、離れたくはありません」

言い切った瞬間、指先が小さく震えた。

お母様はしばらく黙って私を見ていた。
やがて、ふっと息をつく。

「……なるほどね」

その声は、少しだけやわらかかった。

「主人が気にするのもわかるし、カイルが手放したがらないのもわかるわ」

え、と目を瞬く私に、お母様はかすかに笑う。

「でも、甘く見るつもりはないの」

その空気がまた変わる。

「次の慈善晩餐会に出なさい」

「え……?」

思わず聞き返す。

「そこで、あなた自身を見せてちょうだい」

慈善晩餐会。
またあの世界の人たちが集まる場だ。

「逃げずに立てるなら、少しは見方が変わるかもしれないわ」

試されている。
はっきりそうわかった。

こわい。
でも、逃げたくない。

「……出ます」

答えると、お母様は私を見つめたまま、小さくうなずいた。

「いい返事ね」

そのとき、図書室の扉が勢いよく開いた。

「母上」

低く、張りつめた声。

振り向くと、鳳城くんが立っていた。
息を少し乱している。
たぶん、私のところへ急いで来たんだ。

「どうしてここにいる」

「少しお話ししていただけよ」

「ほのかに何言った」

隠す気のない警戒に、お母様はやれやれと肩をすくめる。

「あなた、本当にこの子のことになると余裕がなくなるのね」

「答えて」

鳳城くんは私の隣まで来ると、守るみたいに立った。

その背中を見た瞬間、胸がじんわり熱くなる。

お母様はそんな私たちを見て、少しだけ目を細めた。

「次の慈善晩餐会に、結城さんを招待しただけよ」

「は?」

鳳城くんの声が一段低くなる。

「勝手なことするな」

「あなたたちの覚悟を見たいの」

「試すな」

「試される覚悟もないなら、この先もっと無理よ」

空気がぴんと張る。

でも私は、ゆっくり立ち上がった。

「鳳城くん」

「ほのか」

「私、出る」

その瞬間、鳳城くんが振り向く。

「何で勝手に決める」

「勝手じゃないよ」

私はちゃんと彼を見る。

「逃げたくないから」

鳳城くんの瞳が揺れる。
怒っているようで、苦しそうでもある。

「そんなの、おまえが傷つくだけかもしれないだろ」

「それでもいい」

言いながら、本当は全然よくない。
傷つくのはこわい。
でも、それ以上に、ここで逃げて鳳城くんの隣を諦めるほうが嫌だった。

「私は、鳳城くんの隣にいたい」

その一言に、部屋が静まる。

鳳城くんはしばらく何も言わなかった。
やがて、深く息をついて目を伏せる。

「……ほんと、ずるい」

「え?」

「そういう顔で言われたら、止められない」

低い声に、胸が跳ねる。

お母様は静かに立ち上がった。

「日程は後日伝えるわ」

それだけ言って、上品な足取りで図書室を出ていく。

扉が閉まったあとも、しばらく私は動けなかった。

「ほのか」

鳳城くんの声で、ようやく我に返る。

「……ごめん」

「何で謝る」

「勝手に決めたから」

鳳城くんは私をじっと見たあと、ふいに額へ手を当てた。

「怒ってるわけじゃない」

「じゃあ何」

「心配してる」

そのひと言が、やさしくて痛い。