エリート学園の最上級王子は、地味な私を離さない。

「この式は、ここまでは頭の中で飛ばせる」

「う、うん」

「次。ここの数字は先にまとめる」

説明は驚くほどわかりやすかった。
意地悪で俺様なのに、教え方は冷静で的確だ。

「……すごい」

思わずこぼすと、鳳城くんがこちらを見た。

「なにが」

「教えるの、上手」

「誰にでもやるわけじゃない」

そのひと言に、また胸がうるさくなる。

さらっと言うのに、どうしてそんなに特別みたいに聞こえるんだろう。

しばらく勉強を続けているうちに、外はすっかり夕方の色になっていた。
窓の向こうがオレンジ色に染まって、部屋の中までやわらかく光っている。

私はひとつ大きく伸びをする。

「んー……ちょっと疲れた」

すると鳳城くんが、机に頬杖をついたまま私を見た。

「集中切れた?」

「少しだけ」

「じゃあ休憩」

そう言って、鳳城くんは机の引き出しから小さな包みを取り出して私の前に置いた。

「え?」

「糖分」

見ると、可愛い包み紙に入ったお菓子だった。

「どうしてこんなのあるの?」

「おまえ、すぐエネルギー切れそうだから」

「私、そんな小動物みたいな扱い……?」

「似たようなもんだろ」

むっとしながらも、包みを開ける。
甘い香りがして、少しだけ気持ちがゆるんだ。

「……おいしい」

「そ」

鳳城くんはそれだけ言って、窓の外へ目を向ける。
なんだか照れているみたいで、ちょっと可愛いと思ってしまった。

そのとき。
ふいに扉の向こうから、話し声が聞こえた。

「え、生徒会長いる?」
「さっき上がってくの見たけど……」

私はびくっと肩を揺らす。

「だ、誰か来た……!」

「騒ぐな」

鳳城くんは立ち上がると、あっさり私の手首をつかんだ。

「えっ」

次の瞬間、部屋の奥のカーテンの影へ引き寄せられる。

「ちょ、ちょっと……!」

「静かに」

すぐ目の前に、鳳城くんの胸。
近すぎて、息が止まりそうになる。

カーテン越しに扉が開く音がした。
誰かが部屋の中をのぞきこむ気配。

「いないじゃん」
「もう帰ったのかな」

そんな声がして、やがて扉はまた閉まった。

静かになっても、鳳城くんはすぐには離してくれなかった。

「……鳳城くん」

小さく名前を呼ぶと、金色の瞳がすぐ近くで揺れる。

「なに」

「もう、大丈夫じゃない……?」

「そうだな」

そう言いながらも、なぜか距離は変わらない。

心臓の音、絶対聞こえてる。
こんなに近かったら無理だ。

「顔、赤い」

「だ、だって近いもん……!」

「ふーん」

鳳城くんはおもしろそうに笑ったあと、私の髪をひとすじ指にからめた。

「俺とこういうの、嫌?」

「い、嫌とかじゃなくて……!」

答えられない私を見て、彼は少しだけ目を細める。

「なら慣れろ」

「無茶言わないで……」

そう言うのがやっとだった。
鳳城くんはそんな私を見つめてから、ふっとやわらかく笑う。

「ほのか」

また名前で呼ばれる。
それだけで胸が甘く苦しくなる。

「おまえ、もっと自覚したほうがいい」

「え……?」

「俺がどれだけ甘やかしてるか」

低く落ちる声に、息をのむ。

そんなの、ずるい。
そんなふうに言われたら、意識しないほうが無理だよ。

「今日はここまで」

ようやく体を離した鳳城くんが、何事もなかったみたいに席へ戻る。
その余裕が悔しい。

私は熱い頬を隠すようにノートを抱えた。

「……鳳城くんのいじわる」

「今さら?」

「今さらでも言うの」

私がそう返すと、鳳城くんは楽しそうに笑った。

その笑顔を見た瞬間、やっぱり思ってしまう。

意地悪で、強引で、よくわからない。
でも、こんなふうに特別な場所へ連れてきてくれる人は、きっとこの学園で鳳城くんだけだ。

夕焼けに染まる部屋の中。
私は知らないうちに、少しずつ彼の隣が落ち着く場所になり始めていた。