氷の副社長は、熱に浮かされた私を帰さない

「立花……いや、紬」
「はい」
「来月、実家に行くぞ」

 メロンが喉に詰まりかけた。

「え?え、待ってください、どちらの?」
「お前のだ」
「なんで!?」
「産地を見る。企画の責任者として当然だ」
「それは……そうですけど……」
「それと、挨拶だ」

 しれっと二つ目を付け足された。

「順番がおかしいです!」
「効率的だ」

 効率……この人は私の実家への挨拶すら、出張と同梱してくる。
 抗議しようと口を開いたところで、大きな手が伸びてきた。
 髪に触れて、そのまま耳たぶのピアスを軽く撫でていく。

「……っ」

 ――もう、これだけで何も言えなくなる。

 この人は、いつもそうだ。
 言葉が足りない代わりに、手がいつも先に答えを出す。

「……ずるいです」
「何がだ」
「……なんでもないです」

 そう呟くと、私の視界がゆっくりと閉じ、唇が塞がれる。

 画面の中で、カワウソが石を放り投げて遊んでいる音が聞こえる。
 窓の外は、あの日と同じ夜景が広がっていた。

 一週間、熱に浮かされて過ごした部屋、そして人生で一番よく眠れた場所。

 今晩は、あのときとは違う熱で浮かされる予感がした。

 氷の副社長は、今日も表情ひとつ変えない。
 社内の誰も、この人が笑うところを見たことがない。

 ――ただ。
 私の前でだけ、その手は、どうしようもなく甘い。