『飛鳥の皇子は、私の“残業”を許さない』


3.繰り上がりのバグを暴け


「な、何だと!?」

タクマが色をなして立ち上がった。

「俺の算木が間違っているとでも言うのか! この並びを見ろ、寸分の狂いもない!」


「ええ、算木は間違っていません。配置は完璧です」

私は砂盤の上に、タクマの算木の配置をそのまま図解した。

「間違っているのは、あなたの『頭のメモリ(記憶)』です」


私は木簡に書いた筆算のプロセスを、タクマの目の前に突きつけた。


「タクマさん、あなたは途中の掛け算で『百の位』から『千の位』へ【三】の繰り上がりが発生したとき、一時的にそれを頭の中に記憶しましたよね? 算木は手動で動かすから、繰り上がりの一瞬だけ、数字を記憶に頼る瞬間がある」


「それがどうした。そんなの、いつもやっていることだ」


「そこが罠(バグ)なんです。あなたがちょうどその繰り上がりを記憶した瞬間、執務室の外で、衛士が『お命頂戴!』って、例の不審者を捕まえる大きな怒鳴り声が響きませんでしたか?」

「あ……」

タクマが息を呑んだ。


「そう、一瞬だけあなたの集中力が削がれた。その結果、あなたの脳内メモリで【繰り上がりの三】が、なぜか【足し算の三百】として、最後の最後に二重に加算されてしまったんです。算木の棒は正しい。けれど、あなたの『記憶のバグ』が、この計算シート全体を狂わせた原因です」