『飛鳥の皇子は、私の“残業”を許さない』


私は懐から、現代のオフィスワーカーの必須ガジェット――ではなく、ただの「真っ白な高級木簡の破片」と「炭」を取り出した。


「タクマさん、あなたが算木を動かす数字を、口で言ってください。私はそれを、私の国のやり方で『書き写し』ます」


「フン、いいだろう。いくぞ。最初の幅が九十七、そこに大陸の縮尺を掛け合わせて……」


タクマが複雑な数式を口にする。それと同時に、彼は床の上に並べた算木(木の棒)を、目にも留まらぬ速さでカチカチと並べ替えていく。さすがは熟練のエンジニア、流れるような手際だ。


一方、私は――。

算木なんていうまどろっこしい物理デバイスは使わない。

私が木簡にサラサラと書き込んだのは、現代の小学生なら誰でも知っている最強の計算アルゴリズム。


【筆算(ひっさん)】である。


当時の飛鳥時代には、数字を縦横に並べて桁を揃え、繰り上がりをメモしながら計算する「筆算」の概念は一般化していなかった。彼らは頭脳と算木(物理)だけで処理していたのだ。


「――よし、これで終わりだ! 答えは『四千三百二十』!」

タクマがドヤ顔で算木を叩いた。

その瞬間、私は木簡に炭で綺麗に引いた数式の二重線の下に、全く別の数字を書き終えていた。


「いいえ、違います。タクマさん、本当の答えは『四千二十』です。ちょうど『三百(三尺)』のズレがここに発生しています」