四月。春の風が、校舎の窓をやわらかく揺らしていた。
新しい教室。新しい制服。新しい毎日。
胸が弾むはずの高校生活は、初日から少しだけおかしかった。
「……ない」
春宮美桜は、自分の机の中をもう一度のぞきこんだ。
朝、たしかに入れたはずのお気に入りのシャーペンが見当たらない。
何度探してもない。
胸の奥が、いやな感じにざわつく。
「どうした」
不意に右隣から声がした。
顔を上げると、ひとりの男子生徒が立っていた。
整った顔立ちに、涼しげな目。少し冷たそうに見えるのに、その視線は妙にまっすぐだった。
「シャーペンが……なくなって」
「机の中は見たな」
「うん」
「筆箱も」
「見たよ」
「なら、落としたか誰かが持っていったかだ」
淡々とした言い方に、美桜は思わず苦笑する。
「そんな、いきなり大事件みたいに……」
「大げさじゃない」
彼は短くそう言って、美桜の机の横にしゃがみこんだ。
そして床に落ちていた小さな紙切れを拾い上げる。
「これ、春宮のか」
「え?」
「名札が見えた」
何でもないように言いながら、彼は紙を裏返した。
そこに書かれていた文字を見て、美桜は息をのむ。
返してほしければ、昼休みに旧校舎二階へ。
「……なに、これ」
声がかすれる。
ただのなくしものだと思っていたのに、急に現実味のない話になった気がした。
「いたずら、かな……」
「違うかもしれない」
男子生徒は立ち上がり、教室をひとわたり見た。
その目つきは鋭いのに、不思議と美桜を怖がらせない。
「行く気か」
「え」
「ひとりで行くのはやめろ」
「でも……」
「俺も行く」
迷いのない声だった。
「なんで、そこまで」
「放っておけない」
一瞬だけ間を置いて、彼は言い直すように続けた。
「それに、こういうのは仕掛けたやつが近くで見てることが多い」
美桜はその横顔を見つめた。
冷たそうなのに、言葉の端にちゃんと気づかいがある。
「久世城悠真。隣の席」
「春宮美桜です」
「知ってる」
短い返事なのに、なぜか胸が少し熱くなる。
昼休み。
美桜は悠真と一緒に旧校舎へ向かった。
今は使われていない渡り廊下は静かで、外の運動部の声だけが遠く聞こえる。
二階の突き当たりまで来ると、古い準備室の扉が少しだけ開いていた。
「ここ、かな……」
「俺が先に見る」
悠真はそう言って、美桜を自分の後ろにかばうように立たせた。
そのさりげない動きに、また心臓が跳ねる。
扉を開けると、中には誰もいなかった。
古い机の上に、美桜のシャーペンがぽつんと置かれている。
「よかった……」
ほっとして駆け寄ろうとした美桜を、悠真の手が軽く止めた。
「待て」
「え」
「見るのが先だ」
悠真は机の上を見回し、シャーペンのそばにある箱を見つけた。
ふたの開いた小箱の中には、ヘアピン、校章バッジ、メモ帳、ハンカチ。
どれも誰かの私物らしい小さなものばかりだった。
「これ……」
「春宮のだけじゃない」
悠真の声が低くなる。
「学校の中で、物を盗って集めてるやつがいる」
美桜は思わず箱を見つめた。
どれも高価な物じゃない。けれど、誰かが困る物ばかりだ。
「どうして、こんなこと……」
「まだ分からない。でも」
悠真は机の端に置かれた紙を手に取った。
そこには新しく一文だけ書かれていた。
次を知りたければ、図書室へ。
「まだ続くの……?」
不安げにつぶやいた美桜に、悠真は静かに視線を向けた。
「大丈夫だ」
「え」
「俺がいる」
ぶっきらぼうな言い方だった。
なのに、その一言だけで胸の中の不安が少しやわらいでいく。
「……ありがとう」
「礼は解決してからでいい」
そう言ってそっぽを向く横顔は、やっぱり少し冷たそうに見える。
でも耳がほんの少し赤い気がして、美桜は思わず小さく笑った。
「なに」
「ううん。久世城くん、やさしいんだなって」
「気のせいだ」
即答だった。
けれどそのあと、悠真は美桜のシャーペンを手に取り、何も言わずそっと差し出してくれた。
その指先は思ったよりやさしくて、美桜の鼓動はまた少しだけ速くなる。
ただのなくしものから始まった、小さな謎。
けれどそれは、美桜と悠真の距離を少しずつ変えていく最初の事件だった。
放課後までには解けない。
きっとこれは、これから始まるたくさんの謎の入口だ。
そして美桜はまだ知らない。
この事件の先に、学校に隠されたある秘密と、悠真自身が抱える静かな過去がつながっていることを。
新しい教室。新しい制服。新しい毎日。
胸が弾むはずの高校生活は、初日から少しだけおかしかった。
「……ない」
春宮美桜は、自分の机の中をもう一度のぞきこんだ。
朝、たしかに入れたはずのお気に入りのシャーペンが見当たらない。
何度探してもない。
胸の奥が、いやな感じにざわつく。
「どうした」
不意に右隣から声がした。
顔を上げると、ひとりの男子生徒が立っていた。
整った顔立ちに、涼しげな目。少し冷たそうに見えるのに、その視線は妙にまっすぐだった。
「シャーペンが……なくなって」
「机の中は見たな」
「うん」
「筆箱も」
「見たよ」
「なら、落としたか誰かが持っていったかだ」
淡々とした言い方に、美桜は思わず苦笑する。
「そんな、いきなり大事件みたいに……」
「大げさじゃない」
彼は短くそう言って、美桜の机の横にしゃがみこんだ。
そして床に落ちていた小さな紙切れを拾い上げる。
「これ、春宮のか」
「え?」
「名札が見えた」
何でもないように言いながら、彼は紙を裏返した。
そこに書かれていた文字を見て、美桜は息をのむ。
返してほしければ、昼休みに旧校舎二階へ。
「……なに、これ」
声がかすれる。
ただのなくしものだと思っていたのに、急に現実味のない話になった気がした。
「いたずら、かな……」
「違うかもしれない」
男子生徒は立ち上がり、教室をひとわたり見た。
その目つきは鋭いのに、不思議と美桜を怖がらせない。
「行く気か」
「え」
「ひとりで行くのはやめろ」
「でも……」
「俺も行く」
迷いのない声だった。
「なんで、そこまで」
「放っておけない」
一瞬だけ間を置いて、彼は言い直すように続けた。
「それに、こういうのは仕掛けたやつが近くで見てることが多い」
美桜はその横顔を見つめた。
冷たそうなのに、言葉の端にちゃんと気づかいがある。
「久世城悠真。隣の席」
「春宮美桜です」
「知ってる」
短い返事なのに、なぜか胸が少し熱くなる。
昼休み。
美桜は悠真と一緒に旧校舎へ向かった。
今は使われていない渡り廊下は静かで、外の運動部の声だけが遠く聞こえる。
二階の突き当たりまで来ると、古い準備室の扉が少しだけ開いていた。
「ここ、かな……」
「俺が先に見る」
悠真はそう言って、美桜を自分の後ろにかばうように立たせた。
そのさりげない動きに、また心臓が跳ねる。
扉を開けると、中には誰もいなかった。
古い机の上に、美桜のシャーペンがぽつんと置かれている。
「よかった……」
ほっとして駆け寄ろうとした美桜を、悠真の手が軽く止めた。
「待て」
「え」
「見るのが先だ」
悠真は机の上を見回し、シャーペンのそばにある箱を見つけた。
ふたの開いた小箱の中には、ヘアピン、校章バッジ、メモ帳、ハンカチ。
どれも誰かの私物らしい小さなものばかりだった。
「これ……」
「春宮のだけじゃない」
悠真の声が低くなる。
「学校の中で、物を盗って集めてるやつがいる」
美桜は思わず箱を見つめた。
どれも高価な物じゃない。けれど、誰かが困る物ばかりだ。
「どうして、こんなこと……」
「まだ分からない。でも」
悠真は机の端に置かれた紙を手に取った。
そこには新しく一文だけ書かれていた。
次を知りたければ、図書室へ。
「まだ続くの……?」
不安げにつぶやいた美桜に、悠真は静かに視線を向けた。
「大丈夫だ」
「え」
「俺がいる」
ぶっきらぼうな言い方だった。
なのに、その一言だけで胸の中の不安が少しやわらいでいく。
「……ありがとう」
「礼は解決してからでいい」
そう言ってそっぽを向く横顔は、やっぱり少し冷たそうに見える。
でも耳がほんの少し赤い気がして、美桜は思わず小さく笑った。
「なに」
「ううん。久世城くん、やさしいんだなって」
「気のせいだ」
即答だった。
けれどそのあと、悠真は美桜のシャーペンを手に取り、何も言わずそっと差し出してくれた。
その指先は思ったよりやさしくて、美桜の鼓動はまた少しだけ速くなる。
ただのなくしものから始まった、小さな謎。
けれどそれは、美桜と悠真の距離を少しずつ変えていく最初の事件だった。
放課後までには解けない。
きっとこれは、これから始まるたくさんの謎の入口だ。
そして美桜はまだ知らない。
この事件の先に、学校に隠されたある秘密と、悠真自身が抱える静かな過去がつながっていることを。



