氷の君に、恋の歌を。

その日の放課後。
乃愛が帰る支度をしていると、蓮斗が静かに言った。

「今日は寄っていくぞ」

「え?」

「空き教室」

その言い方だけで、乃愛の頬が熱くなる。
たぶん昼の嫉妬の続きだ。
そう思っただけで胸がどきどきする。

人気のない空き教室に入ると、蓮斗はドアを閉めてすぐに乃愛を見た。

「今日、がんばったな」

「え?」

「ずっと話しかけられても、ちゃんと笑ってた」

思いがけない言葉に、乃愛は目を丸くする。

「見てたの?」

「見てた」

「また?」

「当たり前だ」

少し呆れたように笑うと、蓮斗は一歩近づいてくる。

「でも、ちゃんと俺のところに戻ってきた」

その言い方がうれしくて、乃愛は小さく笑った。

「戻るよ。蓮斗くんのところだもん」

次の瞬間、蓮斗の手が乃愛の腰を引き寄せる。

「っ……」

「そういうこと、簡単に言うな」

「だ、だって本当だよ」

「だから困る」

低くかすれた声。
そのまま蓮斗は乃愛の髪に触れて、額にそっとキスを落とした。

やさしい感触に、乃愛の胸がふるえる。

「今日はそれで許す」

「え……」

「本当は足りない」

そんなことを真顔で言われたら、もうだめだった。
乃愛は顔を真っ赤にしながら、そっと蓮斗の制服の袖をつかむ。

「……私も」

「何」

「足りない、かも」

言った瞬間、蓮斗の目が見開かれる。
ほんの一瞬だけ驚いたあと、その瞳がとろけそうなくらいやわらかくなった。

「乃愛」

名前を呼ばれて顔を上げる。
そのまま、今度はやさしく唇にキスが落ちた。

甘くて、あたたかくて、だいすきが伝わってくるキス。
離れたあと、蓮斗は乃愛の額に自分の額を寄せたまま小さく言う。

「やっぱり、誰にもやりたくない」

乃愛は照れながらも、ふわっと笑う。

「うん。私も、蓮斗くんだけでいい」

そのひと言に、蓮斗は少しだけ目を細めた。
もう何も言わなくても、幸せなのが伝わってくる。

乃愛の才能は、たくさんの人の心を動かす。
でもその帰る場所は、いつだって蓮斗の隣だ。
それがわかるたび、ふたりの恋はもっと甘く、もっと深くなっていった。