氷の君に、恋の歌を。

最初の一音が、体育館に響く。

震えなかった。
ちゃんと、まっすぐ飛んでいく。

静まり返った空間の中で、乃愛はただ歌った。
こわかった過去も、悔しかった想いも、蓮斗に出会って変わっていった日々も。
全部を乗せるように、心から。

ピアノはどこまでもやさしく寄り添ってくれる。
振り返らなくてもわかる。
蓮斗が乃愛を信じてくれていることが。

サビに入る。
いちばん高い音も、今度は逃げずに届いた。

その瞬間、乃愛の胸の奥で何かがほどけた気がした。

もう大丈夫。
私は、歌える。

最後の音が消えたあと、ほんの一瞬だけ静寂が落ちる。
次の瞬間、体育館が大きな拍手に包まれた。

乃愛は目を見開く。
まるで夢みたいだった。

笑われるかもしれない。
失敗するかもしれない。
そんな恐怖ばかり抱えていたのに、今耳に届くのは温かい拍手だけ。

舞台袖へ戻った瞬間、足の力が抜けそうになる。
でもその前に、蓮斗がそっと支えてくれた。

「すごかった」

低くやさしい声。
それだけで、乃愛の瞳に涙がにじむ。

「……できた」

「ああ。ちゃんと届いた」

蓮斗がそう言って、誰にも見えないように乃愛の手を握る。

「乃愛の勝ちだ」

その言葉に、乃愛は泣きそうなまま笑った。