氷の君に、恋の歌を。

翌日から、悠真は本当に何度か乃愛の前に現れるようになった。
廊下で会えば気さくに話しかけてくるし、昼休みにはジュースを差し入れしてきたりもする。

「森下さん、練習がんばってる?」
「無理しすぎないでね」

明るくて、優しくて、距離の詰め方がうまい。
クラスの女子たちが騒ぐのもわかる気がする。

でも、そのたびに蓮斗の空気が静かに冷えていくのを、乃愛はちゃんと感じていた。

そしてある日の放課後。
音楽室へ向かう途中、廊下の角で悠真に呼び止められる。

「森下さん」

「朝比奈くん?」

悠真はいつもの笑顔を少しだけやわらげて、乃愛を見つめた。

「俺、本気で君の歌好きだよ」

不意に真剣な声で言われて、乃愛は息を止める。

「だから、文化祭だけじゃなくて……もっと近くで聞きたいって思ってる」

その意味を考えるより先に、背後から冷たい声が落ちた。

「朝比奈」

振り返らなくてもわかる。
蓮斗だ。

「俺のいないところで口説くな」

その言葉に、悠真がふっと笑う。

「へえ。やっぱりそういう感じなんだ」

ふたりの視線がぶつかる。
空気がぴんと張りつめる。

乃愛は胸を押さえながら思う。
文化祭が近づくほど、歌だけじゃなく、恋のほうまで大変なことになってきている気がすると。

けれどその騒がしささえ、少しうれしい。
蓮斗の特別が、言葉だけじゃなく行動でも見えるから。

氷の君は、やっぱり冷たい。
でもその冷たさの奥にある熱は、乃愛だけに向けられるたび、どうしようもなく甘かった。