氷の君に、恋の歌を。

文化祭の実行委員が決まった次の日、教室は朝からざわざわしていた。
出し物の話し合いよりも、みんなの興味は別のところに向いている。

「今年のステージ発表、うちのクラスも出たいよね」
「去年、賞取れなかったし今年こそって感じ」
「誰か歌える子いないかな」

その言葉に、乃愛の肩がぴくりと揺れた。
手にしていたペンを握る指先に、じわりと力が入る。

やっぱり、そうなる。
学校行事といえば、歌や演奏はつきものだ。
頭ではわかっていたのに、実際にその話題が出ると胸が落ち着かない。

「一宮くん、ピアノ弾けたりしないの?」
「見るからにできそう」

女子の問いかけに、蓮斗は教科書から目を上げた。

「少しだけ」

その答えに、教室が一気に盛り上がる。

「え、すごい!」
「じゃあ伴奏できるじゃん!」
「もうひとり歌える人がいれば完璧じゃない?」

乃愛は思わず息を止めた。
その瞬間、蓮斗の視線がまっすぐこちらに向く。

いや。
だめ。
言わないで。

心の中でそう願ったのに、彼は静かに口を開いた。

「いるだろ」

教室の空気がぴたりと止まる。

「森下」

名前を呼ばれた瞬間、乃愛の胸が大きく跳ねた。
クラス全員の視線が一斉に集まる。

「えっ、乃愛ちゃん歌えるの?」
「ほんとに?」
「知らなかった!」

一気に飛んでくる言葉に、乃愛は顔をこわばらせた。
頭の奥が、あの日のざわめきと重なる。

期待の目。
注目。
そして失敗したあとの、冷たい笑い声。

「……無理」

小さく答えたつもりだった。
でも教室が静かだったぶん、その声ははっきり響いてしまった。

「乃愛ちゃん……?」

戸惑う空気が広がる。
気まずさに耐えきれず、乃愛は立ち上がった。

「ごめん、ちょっと……」

逃げるように教室を出る。
廊下を曲がったところで、速くなった呼吸をどうにか整えようと壁に手をついた。

情けない。
また逃げた。
蓮斗は悪気があったわけじゃない。
わかっているのに、心が追いつかない。

「森下」

背後から聞こえた声に、乃愛は振り返る。
やっぱり追いかけてきたのは、蓮斗だった。