「だいたいさあ、天体観測つったって、最近のウロボロス彗星のニュースのせいで夜はどこもかしこも人だらけじゃん? 町役場のお前のお親父さんたちも、観光客の対応でてんてこ舞いなんだろ?」
晴真が床に転がっていた炭酸水の小瓶を拾い上げ、一気に飲み干す。
ビー玉がカラン、と涼しい音を立てた。
「みたいだな。今日も朝から、臨時駐車場の警備がどうのって、親父が胃薬を飲んでた」
ニュースでは連日、観測史上最大規模の周期彗星「ウロボロス彗星」が地球に最接近するという話題でもちきりだった。
数日後の八月三十一日の夜には、肉眼でもはっきりと、夜空を二つに引き裂くようなエメラルドグリーンの光の尾が見られるらしい。
世界中の天文ファンや観光客が、この「星が綺麗に見える町」として有名な潮見町に押し寄せていた。
けれど、僕にとってはそれすらも、テレビの向こう側の出来事のように思えた。
どれだけ大きな星が空を流れたって、僕の退屈な日常が劇的に変わるわけじゃない。
明日も、明後日も、僕はただこの坂道だらけの街で、潮の匂いを嗅ぎながら、なんとなく生きていくのだ。
「あーあ、どっかから可愛い女の子でも降ってこねえかなあ。そんでさ、『私を星の世界へ連れていって!』なーんて言われたりして」
晴真が天井を見上げながら、これまでに一万回は繰り返したであろう妄想を口にする。
「降ってくるわけないだろ。ここは東京じゃなくて、ただの田舎の港町だ」
僕がそう言ってカメラのファインダーを覗き、何気なく開けっ放しの部室のドアにレンズを向けた、その瞬間だった。
トントン、と、開いたドアの木枠を軽く叩く音がした。

