「朝比奈くん」
名前を呼ぶだけで精いっぱいだった。
「なに」
「今日、楽しい」
「うん」
「すごく楽しい」
「うん」
「だからちょっと怖い」
そう言うと、湊はすぐには答えなかった。
紬は指先をそっと握る。
こんなにしあわせだと、なくなる気がしてしまう。
大切なものができるほど、失う未来まで想像してしまう。
それは、母を亡くしてから消えない癖だった。
「白石」
湊の声が、いつもより少し低い。
「怖いの、俺も同じ」
紬は顔を上げた。
「白石といると、楽しい。安心する。会いたいって思う」
そこでいったん言葉が途切れる。
その間さえ切なかった。
「でも、そのぶん苦しい」
紬は息を止めた。
「今の俺、家のことちゃんとしなきゃいけないし、澪のこともあるし、母さんの代わりみたいなことも多いし」
夜風が吹く。
浴衣の袖が揺れる。
「だから、誰かを好きになるほど、弱くなる気がしてた」
そのひと言に、紬の胸が締めつけられる。
好きになるほど弱くなる。
それはきっと、失うのが怖い人の言葉だった。
守るものが多い人の言葉だった。
「でも」
湊は続ける。
「白石を好きにならないほうが無理だった」
その瞬間、花火が上がった。
夜空に開いた大きな音と光。
赤、青、金。
次々に咲いては消える光の下で、紬は涙が出るのを止められなかった。
好き。
ちゃんと聞こえた。
夢じゃない。
なのに、うれしいだけじゃない。
彼の声に混ざっていた苦しさまで聞こえてしまったからだ。
「泣いてる」
湊が少しだけ困ったように言う。
紬は笑おうとしたのに、うまくできなかった。
「だって……うれしいから」
「それならいいけど」
「でも、切ない」
そう言うと、湊の目が揺れた。
「好きって言ってくれたの、すごくうれしい。でも、朝比奈くん、まだ苦しそうだから」
花火の光が、一瞬だけ彼の横顔を照らす。
その表情は、驚くほどやさしかった。
「白石」
呼ばれて、紬は顔を上げる。
「俺、多分これからも余裕ない日ある」
「うん」
「白石をちゃんと大事にできない日も、あるかもしれない」
その正直さが、また胸に刺さる。
誤魔化してくれたほうが楽なのに、彼はそうしない。
紬は涙をぬぐって、はっきり言った。
「それでもいい」
湊が目を見開く。
「完璧じゃなくていい。余裕なくてもいい。ちゃんと好きでいてくれるなら、それでいい」
言い終えるころには、声が震えていた。
でも逃げたくなかった。
この恋を、曖昧なまま抱えたくなかった。
長い沈黙のあと、湊はほんの少しだけ笑った。
泣きそうな、でも救われたみたいな笑顔だった。
「……ほんと、ずるい」
「またそれ」
「白石がそういうこと言うたび、離せなくなる」
そのひと言で、紬の涙がまたこぼれた。
名前を呼ぶだけで精いっぱいだった。
「なに」
「今日、楽しい」
「うん」
「すごく楽しい」
「うん」
「だからちょっと怖い」
そう言うと、湊はすぐには答えなかった。
紬は指先をそっと握る。
こんなにしあわせだと、なくなる気がしてしまう。
大切なものができるほど、失う未来まで想像してしまう。
それは、母を亡くしてから消えない癖だった。
「白石」
湊の声が、いつもより少し低い。
「怖いの、俺も同じ」
紬は顔を上げた。
「白石といると、楽しい。安心する。会いたいって思う」
そこでいったん言葉が途切れる。
その間さえ切なかった。
「でも、そのぶん苦しい」
紬は息を止めた。
「今の俺、家のことちゃんとしなきゃいけないし、澪のこともあるし、母さんの代わりみたいなことも多いし」
夜風が吹く。
浴衣の袖が揺れる。
「だから、誰かを好きになるほど、弱くなる気がしてた」
そのひと言に、紬の胸が締めつけられる。
好きになるほど弱くなる。
それはきっと、失うのが怖い人の言葉だった。
守るものが多い人の言葉だった。
「でも」
湊は続ける。
「白石を好きにならないほうが無理だった」
その瞬間、花火が上がった。
夜空に開いた大きな音と光。
赤、青、金。
次々に咲いては消える光の下で、紬は涙が出るのを止められなかった。
好き。
ちゃんと聞こえた。
夢じゃない。
なのに、うれしいだけじゃない。
彼の声に混ざっていた苦しさまで聞こえてしまったからだ。
「泣いてる」
湊が少しだけ困ったように言う。
紬は笑おうとしたのに、うまくできなかった。
「だって……うれしいから」
「それならいいけど」
「でも、切ない」
そう言うと、湊の目が揺れた。
「好きって言ってくれたの、すごくうれしい。でも、朝比奈くん、まだ苦しそうだから」
花火の光が、一瞬だけ彼の横顔を照らす。
その表情は、驚くほどやさしかった。
「白石」
呼ばれて、紬は顔を上げる。
「俺、多分これからも余裕ない日ある」
「うん」
「白石をちゃんと大事にできない日も、あるかもしれない」
その正直さが、また胸に刺さる。
誤魔化してくれたほうが楽なのに、彼はそうしない。
紬は涙をぬぐって、はっきり言った。
「それでもいい」
湊が目を見開く。
「完璧じゃなくていい。余裕なくてもいい。ちゃんと好きでいてくれるなら、それでいい」
言い終えるころには、声が震えていた。
でも逃げたくなかった。
この恋を、曖昧なまま抱えたくなかった。
長い沈黙のあと、湊はほんの少しだけ笑った。
泣きそうな、でも救われたみたいな笑顔だった。
「……ほんと、ずるい」
「またそれ」
「白石がそういうこと言うたび、離せなくなる」
そのひと言で、紬の涙がまたこぼれた。



