青く、淡い、フィルターの向こう側  -あの頃、好きと言えなかった君と大学で再会した-

きっかけは夏希自身。
祖母の病院通いが不自然にならないよう画策していたのに、レンタル期限が今日までだったDVDを鞄に忍ばせるつもりが家に置き忘れていたことに気づいた。

「あ゛ーーーっ!!」

これでは言い訳が立たない。
帰宅部のくせに何をしてたのかと、時間の使い方についてツッコミが入るに違いない。

第二、第三の言い訳を考えなければ……と、焦って発狂した。それがきっかけだった。

車内での絶望が由紀を驚かせ、そこを起点に始まった会話。

地域に唯一ある奇跡のレンタルビデオ店を由紀も利用していることが分かった。

しかも由紀の言い回しは、話を合わせているのでなく根っから映画が好きな人間のもので、同じ映画オタクだと分かった。

橘由紀、独善的ヒーローかつ、車酔いしがちな映画オタク、そんな新情報が追加された。

はっきり言って人生で最も興奮した時間だった。

話しが合うのは楽しい。
共感できるって生きている感じがする。

戸惑いの視線もなく、意味不明と言われることのない会話に奇跡を感じた。

だから自分ルールを破って由紀と話す時間が増えた。

センチメンタルに祖母を見舞いに行く道中に小さな灯りが照らされて、バスに乗る理由がもう一つ増えたのだった。

レンタルショップで会うこともあった。

バスの中だけでなくもっと語りたい。そう素直に言えれば良かったのだろうが、なにせ思春期真っ盛り。

親に黙って祖母の病院に行くような拗らせ中の自分がスマートに友達っぽいことを出来るわけがない。

ある日。病院でばったり出会った人づてに「橘さんのお孫さんはおばあちゃん想いね」という話を親が知り、近所で噂になった。

あくまで美談。

こんな孫が居て幸せね、という悪意ゼロの噂。

それを聞きつけた両親には、黙って行かないよう当然叱られ、そして教室ではマザコンならぬババコンと噂された。

くだらない。

くだらないが、これはきっと人間の性だ。

人間の一部を切り取って自分に都合のいいものを観る。映画と同じ。

違いは単純。リアルか、そうでないか。

噂に踊らされるか、これはあくまでフィクションですと理解出来るか。

教室では前者が圧倒的に優勢で、夏希のクラスメイト嫌いには拍車がかかった。

だからつい、やってしまった。
この頃、由紀とは映画と関係ない話も稀にするようになっていて、弱気な発言をしてしまったのだ。

「いいの、俺なんかと一緒におって」

弱気、いや、不貞腐れていたんだろう。

腹立たしくて、うんざりして、やり場のない怒りをバスの車内で漏らした。

「ばあちゃんの見舞いにこんな通うって変やろ」

ババコンと誰かが言い出して定着しつつあることは、きっと由紀も知っている。

実際、由紀にどう思われてるか知らないが、どうせお前もそうなんだと、頭の片隅で疑っていたのかもしれない。

しかし由紀はあっけらかんとした調子で聞き返す。

「変?なんで?」

「陰でよう言われよるから。まぁ陰ってほどやないか、聞こえとるからな」

無意識にいつもより声は低くなって由紀の顔を見るのが億劫で、車窓に視線を放りつつ返す。

すると由紀はいつもと変わらぬ感じで言った。

「変なの。私のとこはおばあちゃん元気やから、あれやけど、普通に毎日ぐらい会っとるけど」

「そうか」

「そやで。一緒やん、変やないよ。普通」

そういえば由紀は、バスに乗る理由を答えた時も『お大事にやね』とだけ言って、それを誰かに話すわけでもなかった。

そういう奴だった。

それどころか、ババコン疑惑で萎えて疲れていた心情を吹っ飛ばすことを言われた。

「というか、夏希くんは”俺なんか”ってちょっと言い過ぎ、うざい」

「は……!?」

気にしたこともなかった事を指摘され、断罪された時の悟と同じぐらい唖然とした。

「そんな言ってないし」

「無意識かぁ~」

「なんなんその言い方!」

「あはは」

由紀は笑う。

夏希が唖然としたのは、あの時の悟と一緒だったが、その場に残る空気は明らかに違う。

うざいと言われたのに夏希まで笑えてきてしまい、車内には二人の声が高らかに響く。

由紀は気さくで、爽やかで、ウィットに飛んでいて、それでいて人の本質をよく見ている。

何が嫌で、何に違和感を覚えるかといった価値観や考え方は夏希と共通する部分が多い。

しかしハッキリとした物言いをしたり、しかし相手を慮ったり、絶妙なさじ加減が出来るのは自分にはないもので……。

特に響くのは、拒絶を恐れて最初から諦めてしまっている自分と異なる姿。

天然なのか、図太いというのか……うざいなんて言葉が笑えてしまうのは由紀という人間が発する音だから。

やっぱこの子いいな。
シンプルにそう感じた出来事だった。

きっと向こうは覚えてないだろうけれど。