父が本当に怒りたかった相手は誰なのか?

『お前は社会をナメている!男はすべてを犠牲にして家族のために働くものだ!』

静まり返った実家の一室に、父の罵声が響いた。

フローリングの隅には、拭き残った僕の血痕と、紅く染まったタオル。

この日、僕のリストカット現場を見つけた母は、遠くから眺めるだけだった。



「うつ病は甘え、社会人としての自覚がない」

両親は、僕のうつ病に理解を示さなかった。

就職してすぐに辞め、実家に戻ってしまった僕は、家族から「居候」と呼ばれた。

そんな背景から、「父は”社会をナメた息子”に苛立ち、罵倒した」のだと思った。

だが、父への憎しみが頂点に達した瞬間、かすかな疑問が生まれた。

「父の罵声は、本当に僕”だけ”に向けられた言葉なのか?」

直後、僕は家族と数年間、絶縁。

その間に父は病気で他界した。



父が逝去した瞬間、僕の心は果てしない解放感に包まれた。

初めての「怯えなくていい人生」に戸惑いさえした。

心に余裕ができ、家族と和解できた。

そうなって初めて、父の罵声の「宛名」が浮かんだ。

「父が本当に怒りたかったのは”自分自身の弱さ”だったのではないか?」と。