四浦のあまやどり〜雨のち晴れ、ときどき青い奇跡〜

 数日後。

 「あまなぎ」の扉が開いた。

 カラン、カラン。

「いらっしゃいませ」

 夕凪が顔を上げる。

「あ……」

 そこに立っていたのは、以前来てくれた女の子だった。

 夕凪はすぐに思い出した。

 チーズケーキとカフェラテを注文してくれた女の子。

 友達と仲良くしているのに、なぜか嫌われているように感じてしまう。

 そんな不安を抱えて、一人で「あまなぎ」に来た子だった。

「久しぶりだね」

「はい」

 女の子は、以前よりずっと明るい顔で笑った。

「今日は一人?」

「はい。でも……聞いてほしいことがあって」

「もちろん」

 女の子は、前と同じ窓際の席に座った。

「ご注文は?」

「チーズケーキと、カフェラテをお願いします」

「ふふ。前と同じだね」

「覚えててくれたんですか?」

「もちろん」

 夕凪は嬉しそうに笑った。

 厨房へ行き、チーズケーキとカフェラテを用意する。

 そして、もう一つ。

 焼いておいた手作りクッキーを、小さなお皿に何枚か乗せた。

 チーズケーキとカフェラテと一緒に、テーブルへ運ぶ。

「お待たせしました」

「あれ?」

 女の子がクッキーを見る。

「これは?」

「サービス」

「えっ?」

「また来てくれたから。よかったら食べて」

「ありがとうございます!」

 女の子は嬉しそうに笑った。

 カフェラテを一口飲み、チーズケーキを食べる。

 そしてクッキーを一枚手に取った。

「美味しい……」

「よかった」

 女の子はクッキーを大事そうに見つめた。

「それでね……」

「うん」

「あのとき話した友達と、ちゃんと話せました」

「……そっか」

「前にここで話を聞いてもらってから、自分から少しずつ話してみたんです」

 女の子は、クッキーを一口かじった。

「最初はすごく怖かった」

「うん」

「嫌われてたらどうしようって思って」

「……」

「でも、思い切って聞いてみたら――」

 女の子は笑った。

「『なんでそんなこと思ってるの?』って言われました」

 夕凪も思わず笑った。

「ふふ」

「友達は、私のこと嫌いじゃなかったんです」

「よかったね」

「はい!」

 女の子は嬉しそうに頷いた。

「むしろ最近、私が少し元気なかったから、何か悩んでるのかなって心配してくれてたみたいで」

「そうだったんだ」

「はい」

 女の子はカフェラテを見つめた。

「私、自分の中だけで考えすぎてたんだと思います」

「うん」

「ちゃんと話すって、大事なんですね」

「そうだね」

 夕凪は優しく笑った。

「でも、ちゃんと話してみようって決めたのは、あなた自身だよ」

「……」

「私は少し背中を押しただけ」

 女の子は照れたように笑った。

「ありがとうございます」

「こちらこそ」

「え?」

「また来てくれて、嬉しいよ」

 女の子は目を丸くした。

 そして、にっこり笑った。

「私も、ここに来てよかったです」

 最後のクッキーを口に入れる。

「これ、美味しいです」

「また焼いておくね」

「本当ですか?」

「うん。今度は友達と一緒に食べにおいで」

「はい!」

 女の子は嬉しそうに頷いた。

 窓の外を見る。

 今日は雨が降っていない。

 四浦の海は、青く穏やかだった。

「また友達と来てもいいですか?」

「もちろん」

「今度は二人で来ます」

「楽しみにしてるね」

 女の子は笑いながら「あまなぎ」を出ていった。

 夕凪は、その背中を見送った。

 最初に来た日は、心の中が雨だった。

 友達に嫌われているかもしれない。

 そんな不安でいっぱいだった。

 でも今日は、自分から友達と向き合って、ちゃんと話すことができた。

 悩みがなくなったわけじゃない。

 これからも、不安になる日があるかもしれない。

 それでも。

 自分の気持ちを誰かに伝えることで、心の中の雨が晴れることもある。

 夕凪は、空になったカップとお皿を片付けた。

 そして、残ったクッキーを見つめて微笑む。

「また、誰かの心が晴れますように」

 窓の外では、四浦の海が光を受けてきらきらと輝いていた。

 「あまなぎ」。

 雨が訪れた心が、ここで少しでも凪いてくれますように。

 今日もまた、小さな喫茶店に、ひとつの笑顔が増えていた。