四浦のあまやどり〜雨のち晴れ、ときどき青い奇跡〜

十か月後。

その日は、朝から雨が降っていた。

あまなぎの窓を打つ雨音を聞きながら、夕凪は静かにお腹を撫でていた。

すると――

「……蒼くん」

「ん? どうしたの?」

「……たぶん、始まった」

「え?」

蒼が振り返る。

夕凪は少し緊張した顔で、お腹に手を当てていた。

「陣痛……来たみたい」

「えっ……!」

蒼の顔が一気に青ざめる。

「病院……行こう。荷物……!」

慌てて入院バッグを手に取り、病院へ向かう準備をする。

雨の中、二人は急いで病院へ向かった。



病院に到着すると、蒼が受付へ駆け寄った。

「すみません! 妻の陣痛が始まって……!」

「大丈夫ですよ。こちらへどうぞ」

夕凪は看護師に付き添われ、診察室へ向かう。

蒼も隣について歩いた。

ベッドに横になると、看護師が優しく声をかける。

「夕凪さん、確認しますね」

「はい……」

「初めてのお産で間違いないですか?」

「はい」

「今、陣痛はどのくらいの間隔で来ていますか?」

夕凪が答えると、看護師は状態を確認していく。

そして少し驚いたように、

「……かなり進んでいますね」

蒼が目を見開く。

「え……?」

看護師は落ち着いた声で続けた。

「初めてのお産ですが、思っていたより早く進んでいるようです。もうすぐ生まれる可能性があります」

「もう……?」

蒼は夕凪の手をぎゅっと握った。

「夕凪さん、大丈夫?」

「うん……蒼くんがいるから、大丈夫」

「僕、ここにいるから」

その言葉に、夕凪は小さく頷いた。



それからしばらくして。

雨音が静かに響く病室に、赤ちゃんの泣き声が響いた。

「おめでとうございます。男の子ですよ」

蒼の目から、涙がこぼれた。

小さな小さな手。

その手が、蒼の指をぎゅっと握る。

「……僕、お父さんになったんだ」

夕凪も涙を浮かべながら、赤ちゃんを見つめる。

「私たちの赤ちゃん……」

「うん」

蒼は震える声で笑った。

「本当に……三人になったんだ」

小さな命を二人で見つめる。

蒼は赤ちゃんの手をそっと包みながら、

「僕たちのところに来てくれて、ありがとう」

そして夕凪を見る。

「これから、三人で暮らそうね」

夕凪は微笑んだ。

「うん。三人で」

窓の外では、まだ雨が降っていた。

けれどその雨は、どこか優しかった。

雨の日にだけ開く「あまなぎ」で始まった物語。

たくさんの人の心を結んできた場所で、

今度は、夕凪自身が新しい家族との縁を結んだ。

小さな男の子の泣き声が、病室いっぱいに響いていた。

その声を聞きながら、夕凪と蒼は何度も顔を見合わせた。

――三人になった。

雨の日に見えた未来は、

今日から、三人で歩いていく未来になった。