四浦のあまやどり〜雨のち晴れ、ときどき青い奇跡〜

次の日の朝。

「あまなぎ」の奥にある家には、柔らかな朝の光が差し込んでいた。

夕凪は、いつもより少し早く起きていた。

昨日、二人で津久見市役所へ行った。

そして、家族になるための届けを出した。

その翌朝。

夕凪はテーブルの上に、一枚の写真をそっと置いた。

小さな、小さなエコー写真。

そこには、赤ちゃんの記録が写っている。

――三週間。

夕凪は、その写真を見つめながら、そっと笑った。

「……蒼くん、びっくりするかな」

昨日までとは違う朝。

二人だけの家に。

もう一つ、小さな命がやってきている。

夕凪は写真の隣に、短いメモを置いた。

そして、蒼が起きてくるのを待った。

しばらくして。

「……ん」

寝室から物音がする。

蒼が起きてきた。

「夕凪さん、おはよう……」

まだ少し眠そうな蒼が、リビングへ入ってくる。

「おはよう、蒼くん」

「おはようございます」

蒼はいつものようにテーブルへ向かった。

そして。

ふと、足を止める。

「……?」

テーブルの上に置かれた一枚の写真。

蒼は、それを手に取った。

「これ……」

しばらく写真を見つめる。

その下に書かれた文字。

三週。

蒼の目が大きくなった。

「……夕凪さん?」

夕凪は少し緊張しながら振り返った。

「うん」

「これ……赤ちゃん?」

「うん」

蒼は写真をもう一度見る。

そして、夕凪を見る。

「……本当に?」

「うん」

「僕たちの……?」

夕凪は頷いた。

「蒼くんと私の赤ちゃん」

その瞬間。

蒼の顔が、ぱっと明るくなった。

「……嬉しい」

声が少し震えていた。

「すごく嬉しいです」

蒼はエコー写真を大切そうに両手で持つ。

「昨日、家族になったばっかりなのに……」

「うん」

「もう、三人になるんですね」

夕凪は微笑んだ。

「まだ小さいけどね」

「小さいんですね」

「うん。三週間だって」

蒼は写真を見ながら、何度も頷く。

「……すごいな」

そして、少し照れたように笑った。

「僕、お父さんになるんだ」

「そうだね」

「夕凪さんがお母さんで」

「うん」

「僕がお父さん」

「うん」

蒼はエコー写真を胸元に抱えるようにして、嬉しそうに笑った。

「昨日、市役所に婚姻届を出して」

「うん」

「今日、こんな写真がテーブルに置いてあるなんて……」

「びっくりした?」

「びっくりしました」

蒼は笑った。

「でも……嬉しいです」

夕凪も笑う。

「朝から驚かせちゃったね」

「最高のサプライズです」

蒼はそっと夕凪の手を握った。

「ありがとう」

「こちらこそ」

二人はテーブルの上の小さな写真を見つめる。

まだ何も分からないほど小さな存在。

それでも。

二人にとっては、もう大切な家族だった。

蒼は写真を見ながら、小さく呟いた。

「早く会いたいな」

夕凪は笑った。

「気が早いよ」

「だって、僕のお腹の中じゃないけど……」

「ふふ」

「もう大好きです」

「まだ顔も見えないのに?」

「関係ないです」

蒼は嬉しそうに笑った。

「僕たちの赤ちゃんだから」

窓の外には、朝の四浦の海。

昨日まで二人だった家に。

今日からは、三人の未来が始まっていた。

テーブルの上に置かれた、一枚の小さな写真。

それは二人にとって。

何より嬉しい、朝の贈り物だった。