四浦のあまやどり〜雨のち晴れ、ときどき青い奇跡〜

「あまなぎ」の閉店後。

夕凪が厨房を片付けていると、蒼が窓の外を眺めながら言った。

「夕凪さん」

「ん?」

「このあと、少しだけ歩きませんか?」

「今から?」

「うん」

蒼が指差した先には、四浦の展望台へ続く道があった。

「あそこ、少し歩いたら展望台がありますよね」

「あるね」

「一緒に行きたいです」

夕凪は少し考えてから、笑った。

「……うん。行こうか」

二人は店を出た。

雨上がりの道は少し湿っていて、足元から草木の匂いがする。

並んで歩きながら、蒼がふと口を開いた。

「夕凪さん」

「なに?」

「僕……夕凪さんと一緒に住みたいです」

夕凪は足を止めた。

蒼も立ち止まる。

「この前、家を見せてもらって……」

「うん」

「三人で住めるって聞いて」

蒼は少し照れながら笑った。

「なんか、ずっと考えてました」

「一緒に住むこと?」

「はい」

夕凪は指輪に触れた。

「……私も、蒼くんと一緒に暮らす未来は考えてるよ」

蒼の表情が明るくなる。

「本当ですか?」

「うん」

「じゃあ……」

「でも」

夕凪は優しく続けた。

「籍を入れる前に、ちゃんとお母さんたちに報告しないとね」

「あ……」

蒼は少し目を丸くした。

「そうですよね」

「そうだよ」

夕凪は笑った。

「私たち二人だけで決めて、『明日から一緒に住みます』じゃなくて」

「うん」

「ちゃんと、それぞれのお母さんに話そう」

「……はい」

蒼は頷いた。

「僕、お母さんに話します」

「私も話す」

「緊張するな……」

「私もだよ」

二人で顔を見合わせて笑った。

そして、また歩き始める。

展望台までは、あと少し。

やがて木々の間から、四浦の海が見えてきた。

展望台に着くと、二人は並んで海を眺めた。

夕方の光を受けた海は、静かに輝いている。

「きれい……」

夕凪が呟く。

蒼は海ではなく、隣にいる夕凪を見ていた。

「夕凪さん」

「ん?」

「これから、もっと一緒にいられますね」

「……うん」

「一緒に暮らして」

「うん」

「一緒にご飯食べて」

「うん」

「仕事から帰ったら、夕凪さんがいて」

夕凪は少し照れながら笑った。

「蒼くんも、帰ってくるんだよ」

「もちろん」

二人は海を見つめる。

まだ、籍を入れたわけではない。

一緒に暮らし始めたわけでもない。

でも。

「お母さんたちに報告してからだね」

「はい」

蒼は夕凪の手をそっと握った。

「僕、ちゃんと伝えます」

「何て?」

「夕凪さんと一緒に生きていきたいって」

夕凪は握られた手を見て、微笑んだ。

「私も伝える」

「……嬉しいです」

「蒼くん」

「はい」

「これからだね」

「うん」

二人の前には、四浦の海。

そしてその先には、まだ見えない未来。

一緒に暮らす家。

いつかの結婚。

そして、いつか三人になる未来。

その一歩を踏み出すために。

まず二人は、それぞれの家族へ報告することを決めた。

帰り道。

蒼は何度も夕凪の手を握り直した。

まるで、これから始まる新しい生活を確かめるように。