四浦のあまやどり〜雨のち晴れ、ときどき青い奇跡〜

あの日から、四年が過ぎた。

夕凪は変わらず、雨の日になると「あまなぎ」の扉を開けた。

四年前、高校三年生だった蒼は、大学へ進学した。

「卒業したときにも、まだ私のことが好きだったら」

あの日、夕凪がそう言った。

けれど、夕凪は蒼を待つことはしなかった。

蒼にも、

「私を待たなくていいよ。大学でしかできないことを、いっぱいしてきて」

そう伝えていた。

だから夕凪も、自分の時間を大切にすることにした。

あまなぎを切り盛りして。

雨の日に訪れる人たちの話を聞いて。

おいしい料理を作って。

時には、サービスで甘いものを出して。

そうして、一日一日を積み重ねていった。



「コンコン」

ある雨の日。

店の扉が開いた。

「夕凪さーん!」

元気な声が響く。

「いらっしゃい……って、しずくちゃん!」

そこに立っていたのは、しずくだった。

以前は小さな女の子だったしずくも、今ではランドセルを背負っている。

「小学生になったんだよ!」

「うん。知ってるよ」

夕凪は笑った。

「もう一年生?」

「そう!」

しずくは嬉しそうに頷く。

その後ろから、おじいちゃんと、少し背が伸びたお兄ちゃんも入ってきた。

「こんにちは、夕凪さん」

「こんにちは。お兄ちゃんも大きくなったね」

「俺、高校生になりました」

「えっ……もう高校生?」

夕凪は驚いた。

「あのとき中学生だったのに」

「四年ですからね」

お兄ちゃんが笑う。

「そっか……」

四年。

言葉にすると短い。

けれど、その中にはたくさんの時間が詰まっていた。

しずくがランドセルを背負うようになったこと。

お兄ちゃんが制服を着るようになったこと。

おじいちゃんが二人を連れて、こうして「あまなぎ」に遊びに来てくれること。

全部が、四年という時間の証だった。

「今日は何食べる?」

夕凪が聞くと、

「プリン!」

しずくが即答した。

「私はね、学校頑張ったからプリン!」

「理由がかわいいね」

夕凪が笑う。

「じゃあ、プリンにしようか」

「やった!」

お兄ちゃんはメニューを眺める。

「俺、ナポリタンにしようかな」

「いいね。飲み物は?」

「ウーロン茶で」

「おじいちゃんは?」

「いつものコーヒーと、チーズケーキを」

「はい、いつものね」

夕凪は厨房へ向かった。

しずくにはプリン。

お兄ちゃんにはナポリタンとウーロン茶。

おじいちゃんにはコーヒーとチーズケーキ。

そして――。

「しずくちゃんには、サービス」

「え?」

夕凪が小さなお皿を置く。

そこには、かわいらしいミニパフェが乗っていた。

「小学生になったお祝い」

「いいの!?」

「もちろん」

「ありがとう!」

しずくは嬉しそうに笑った。

その笑顔を見ながら、夕凪も微笑む。

四年前には、泣きそうな顔で「あまなぎ」に来ていた子。

今はこうして、笑っている。

それが何より嬉しかった。



食事をしながら、三人はいろいろな話をした。

学校のこと。

友達のこと。

高校生活のこと。

おじいちゃんが二人を育てながら、どんな毎日を送っているのか。

「あまなぎ」は、四年前と変わらない。

雨の日だけ開く小さな喫茶店。

けれど、そこに訪れる人たちは少しずつ変わっていく。

子どもだった子が、大きくなる。

悩んでいた人が、笑顔になる。

一度きりだと思っていたお客さんが、何年か経って戻ってくる。

夕凪は、それが嬉しかった。

「夕凪さん」

おじいちゃんがコーヒーを飲みながら言った。

「この店、続けてくれてありがとう」

「え?」

「ここに来ると、みんな少し落ち着くんです」

お兄ちゃんも頷いた。

「俺もしずくも、ここ好きですよ」

「私も大好き!」

しずくが言う。

夕凪は少し照れながら笑った。

「ありがとう」

外では雨が降っている。

窓ガラスを静かに叩く雨。

その向こうには、四浦の海。

雨雲の隙間から、ほんの少しだけ光が差していた。



閉店後。

夕凪は一人で店内を片付けていた。

テーブルを拭きながら、ふと時計を見る。

四年前。

高校三年生だった蒼は、もう大学を卒業する年齢になっている。

「……四年か」

小さく呟いた。

あの日の約束を思い出す。

――大学を卒業して、そのときにも、まだ私のことが好きだったら。

――そのときは、一緒にいよう。

夕凪は窓の外を見る。

「蒼……元気かな」

待ってはいない。

そう決めていた。

けれど、約束を忘れたわけでもない。

四年という時間の中で、夕凪にもたくさんの出来事があった。

たくさんの人と出会った。

たくさんの悩みを聞いた。

たくさんの「ありがとう」をもらった。

そして今日も、あまなぎを守った。

雨の日に、誰かが安心して帰れる場所を。

夕凪は、これからも続けていく。

四年前に交わした約束のためだけではなく。

ここを必要としてくれる人たちのために。

そして――いつか蒼と再会したとき。

そのときのお互いが、どんな人になっているのか。

それは、まだ誰にも分からない。

雨は静かに降り続いている。

けれど、その雨の向こうには。

きっと、晴れる日がある。

夕凪は「あまなぎ」の灯りを消した。

そして、明日の雨の日を待つように、静かに扉を閉めた。