君の才能ごと、独り占め

「好きかどうか、苦しいかどうか、ゆっくり確かめればいい」

ああ、この人はほんとうに急がせないんだ。
そう思ったら、また少しだけ泣きそうになる。

「恒一くん」

「なに」

「……ありがとう」

「ん」

「すごいって言われるより、今のほうがうれしい」

彼の腕が、少しだけ強くなる。

「ならよかった」

静かな音楽室。
夕方の光。
泣いたあとの少し重たいまぶた。

それなのに胸の奥には、前より少しだけやわらかいものが残っていた。

甘いだけじゃない。
苦しいことも、怖いことも、ちゃんとある。
でもそれを知ったうえで隣にいてくれる人がいる。

それだけで、また少しだけ前を向ける気がした。

帰る前、私はもう一度だけピアノを見た。
まだ怖い。
でもさっきまでとは少しだけ違う。

恒一くんが隣で静かに言う。

「次、弾きたくなったらまた聞かせて」

私は彼を見上げる。

「上手く弾けなくても?」

「星音なら何でも聞く」

その返事に、胸があたたかくなった。

「……じゃあ、またいつか」

「うん。いつか」

焦らなくていい約束。
それが今の私には、いちばんやさしかった。