君の才能ごと、独り占め

私はゆっくりピアノに近づいた。

鍵盤の前に立つだけで、指先が昔を思い出す。
幼いころから何時間も向き合っていた音。
褒められるためじゃない。
最初は、ただ好きで触れていたはずの音。

「弾かなくてもいいから」

後ろから恒一くんの声がする。

「見てるだけでもいい」

私はその言葉に少しだけ笑った。

「見てるだけって」

「星音がここにいるだけで絵になる」

「それ、さらっと言わないで」

「本当だから」

そんなやりとりに少しだけ救われて、私は椅子に座る。

深呼吸をひとつ。
そして、そっと鍵盤に指を置いた。

最初の一音は、思ったよりやわらかく響いた。

音楽室の中に、静かな旋律が広がっていく。
派手な曲じゃない。
でも私が昔から好きだった、澄んだ音の多い曲。