翌朝。
目を覚ました葵は、しばらく天井を見つめていた。
昨日の悠真との電話を思い出す。
すぐに答えを出さなくていい。
そう決めた。
だからといって、気持ちが軽くなったわけではない。
むしろ。
考える時間ができたことで、今まで見ないようにしていたことまで見えてくるような気がした。
葵はベッドから起き上がり、カーテンを開けた。
朝の光が部屋に差し込む。
スマートフォンを手に取る。
悠真からのメッセージは来ていなかった。
以前なら、少し寂しく感じていたかもしれない。
けれど今日は、スマートフォンを伏せるだけにした。
「……待つって、こういうことなのかな」
答えを待つ。
でも、相手の答えだけを考えて一日を過ごすわけではない。
自分にも、自分の時間がある。
それを最近、少しずつ理解できるようになっていた。
会社では、いつも通り仕事をした。
午前中の打ち合わせを終え、資料をまとめる。
以前なら、昼休みになっても仕事を続けていた。
けれど今日は、パソコンを閉じた。
「高橋さん、今日は休憩するんですか?」
隣の席の同僚に言われて、葵は笑った。
「うん。お腹空いたから」
「珍しいですね」
「私だってお腹は空くよ」
「そういう意味じゃなくて」
同僚が笑う。
葵も笑った。
近くの店で昼食を済ませ、会社へ戻る。
たったそれだけのことだった。
けれど、以前の自分とは少し違う気がした。
仕事をする。
休む。
食事をする。
誰かと話す。
そんな当たり前のことを、以前より丁寧に感じられる。
午後六時。
仕事を終えて会社を出た。
空はまだ少し明るい。
駅へ向かう途中、スマートフォンが震えた。
悠真からだった。
『今日は仕事終わった』
葵は歩きながら返信する。
『お疲れさま。私も今終わったところ』
すぐには返信が来なかった。
けれど、気にならなかった。
電車に乗る。
窓の外を眺める。
しばらくして、スマートフォンが震えた。
『今日は何食べる?』
思わず笑ってしまう。
『まだ決めてない』
『ちゃんと食べてね』
『悠真もね』
それだけのやり取り。
昔なら、物足りないと思ったかもしれない。
もっと話したい。
もっと繋がっていたい。
そんな気持ちになっただろう。
でも今は。
短いやり取りの中にも、悠真らしい優しさがあることが分かる。
それで十分だと思えた。
家に帰り、簡単な夕食を作る。
一人分の食事。
以前なら、寂しさを感じたかもしれない。
けれど今日は、食事をしながらテレビをつけた。
くだらない番組を見て、一人で笑った。
そのあと、ソファに座って本を開く。
静かな夜だった。
ふと、昔のことを思い出した。
付き合い始めた頃。
悠真と毎日のように連絡を取っていた。
今日は何をした。
何を食べた。
明日は何をする。
そんな話を、飽きることなくしていた。
いつからだろう。
連絡が減っていったのは。
忙しいから。
疲れているから。
明日話せばいいから。
そうやって、少しずつ後回しにしていった。
でも。
今思えば、連絡の回数そのものが問題だったわけではない。
相手の話を聞こうとすること。
自分の気持ちを伝えること。
相手が何を感じているのか、想像すること。
そういう小さなことを、二人とも少しずつ忘れていたのだと思う。
葵は本を閉じた。
そして、スマートフォンを手に取った。
悠真に何か送りたい。
そう思った。
けれど、何を書けばいいのか分からない。
少し考えてから、メッセージを入力する。
『今日、昔のことを少し思い出してた』
送信する。
既読がつく。
しばらくして。
『俺も』
と返ってきた。
それだけだった。
けれど、その二文字が妙に嬉しかった。
同じことを考えていた。
その事実だけで、少し心が温かくなる。
さらにメッセージが届く。
『あの河川敷、まだあるかな』
葵は画面を見つめた。
初めて手をつないだ場所。
四年前の二人が、何でもないことで笑っていた場所。
『あると思う』
そう返す。
悠真からの返信は、少し間を置いて届いた。
『今度、行ってみる?』
葵の指が止まった。
今度。
その言葉に、以前ならすぐに飛びついていた。
もちろん行く。
いつにする?
何時に会う?
そんなふうに。
けれど今は、少しだけ考えた。
そして。
『うん。行きたい』
と送った。
送信したあと、葵はスマートフォンをテーブルに置いた。
胸の奥が、ほんの少しだけ痛む。
懐かしい。
嬉しい。
そして、怖い。
あの場所へ行ったら。
また昔の二人に戻りたくなるのだろうか。
それとも。
今の二人が、何を感じるのか。
まだ分からない。
でも。
それを確かめることから逃げたくはなかった。
しばらくして、悠真からもう一度メッセージが届いた。
『じゃあ、今度の日曜は?』
葵はカレンダーを確認した。
予定はない。
『大丈夫』
送る。
画面に表示された「既読」の文字を見つめながら、葵は小さく息を吐いた。
まだ答えは出ていない。
別れるのか。
このまま続けるのか。
二人の未来がどこへ向かうのかも分からない。
それでも。
答えを待つだけの日々にはしたくなかった。
日曜日に河川敷へ行く。
悠真と会う。
そして、今の自分たちが何を感じるのかを確かめる。
それでいい。
葵は窓の外を見た。
夜の街に、いくつもの明かりが灯っている。
四年前と同じ街。
けれど。
自分はもう、四年前の自分ではない。
悠真もきっと、同じだ。
だからこそ。
昔の答えを探すのではなく。
今の二人の答えを探したい。
葵はスマートフォンを伏せた。
日曜日まで、あと五日。
その五日間もまた、自分の時間を過ごそうと思った。
待つということは。
立ち止まることではないのだから。
目を覚ました葵は、しばらく天井を見つめていた。
昨日の悠真との電話を思い出す。
すぐに答えを出さなくていい。
そう決めた。
だからといって、気持ちが軽くなったわけではない。
むしろ。
考える時間ができたことで、今まで見ないようにしていたことまで見えてくるような気がした。
葵はベッドから起き上がり、カーテンを開けた。
朝の光が部屋に差し込む。
スマートフォンを手に取る。
悠真からのメッセージは来ていなかった。
以前なら、少し寂しく感じていたかもしれない。
けれど今日は、スマートフォンを伏せるだけにした。
「……待つって、こういうことなのかな」
答えを待つ。
でも、相手の答えだけを考えて一日を過ごすわけではない。
自分にも、自分の時間がある。
それを最近、少しずつ理解できるようになっていた。
会社では、いつも通り仕事をした。
午前中の打ち合わせを終え、資料をまとめる。
以前なら、昼休みになっても仕事を続けていた。
けれど今日は、パソコンを閉じた。
「高橋さん、今日は休憩するんですか?」
隣の席の同僚に言われて、葵は笑った。
「うん。お腹空いたから」
「珍しいですね」
「私だってお腹は空くよ」
「そういう意味じゃなくて」
同僚が笑う。
葵も笑った。
近くの店で昼食を済ませ、会社へ戻る。
たったそれだけのことだった。
けれど、以前の自分とは少し違う気がした。
仕事をする。
休む。
食事をする。
誰かと話す。
そんな当たり前のことを、以前より丁寧に感じられる。
午後六時。
仕事を終えて会社を出た。
空はまだ少し明るい。
駅へ向かう途中、スマートフォンが震えた。
悠真からだった。
『今日は仕事終わった』
葵は歩きながら返信する。
『お疲れさま。私も今終わったところ』
すぐには返信が来なかった。
けれど、気にならなかった。
電車に乗る。
窓の外を眺める。
しばらくして、スマートフォンが震えた。
『今日は何食べる?』
思わず笑ってしまう。
『まだ決めてない』
『ちゃんと食べてね』
『悠真もね』
それだけのやり取り。
昔なら、物足りないと思ったかもしれない。
もっと話したい。
もっと繋がっていたい。
そんな気持ちになっただろう。
でも今は。
短いやり取りの中にも、悠真らしい優しさがあることが分かる。
それで十分だと思えた。
家に帰り、簡単な夕食を作る。
一人分の食事。
以前なら、寂しさを感じたかもしれない。
けれど今日は、食事をしながらテレビをつけた。
くだらない番組を見て、一人で笑った。
そのあと、ソファに座って本を開く。
静かな夜だった。
ふと、昔のことを思い出した。
付き合い始めた頃。
悠真と毎日のように連絡を取っていた。
今日は何をした。
何を食べた。
明日は何をする。
そんな話を、飽きることなくしていた。
いつからだろう。
連絡が減っていったのは。
忙しいから。
疲れているから。
明日話せばいいから。
そうやって、少しずつ後回しにしていった。
でも。
今思えば、連絡の回数そのものが問題だったわけではない。
相手の話を聞こうとすること。
自分の気持ちを伝えること。
相手が何を感じているのか、想像すること。
そういう小さなことを、二人とも少しずつ忘れていたのだと思う。
葵は本を閉じた。
そして、スマートフォンを手に取った。
悠真に何か送りたい。
そう思った。
けれど、何を書けばいいのか分からない。
少し考えてから、メッセージを入力する。
『今日、昔のことを少し思い出してた』
送信する。
既読がつく。
しばらくして。
『俺も』
と返ってきた。
それだけだった。
けれど、その二文字が妙に嬉しかった。
同じことを考えていた。
その事実だけで、少し心が温かくなる。
さらにメッセージが届く。
『あの河川敷、まだあるかな』
葵は画面を見つめた。
初めて手をつないだ場所。
四年前の二人が、何でもないことで笑っていた場所。
『あると思う』
そう返す。
悠真からの返信は、少し間を置いて届いた。
『今度、行ってみる?』
葵の指が止まった。
今度。
その言葉に、以前ならすぐに飛びついていた。
もちろん行く。
いつにする?
何時に会う?
そんなふうに。
けれど今は、少しだけ考えた。
そして。
『うん。行きたい』
と送った。
送信したあと、葵はスマートフォンをテーブルに置いた。
胸の奥が、ほんの少しだけ痛む。
懐かしい。
嬉しい。
そして、怖い。
あの場所へ行ったら。
また昔の二人に戻りたくなるのだろうか。
それとも。
今の二人が、何を感じるのか。
まだ分からない。
でも。
それを確かめることから逃げたくはなかった。
しばらくして、悠真からもう一度メッセージが届いた。
『じゃあ、今度の日曜は?』
葵はカレンダーを確認した。
予定はない。
『大丈夫』
送る。
画面に表示された「既読」の文字を見つめながら、葵は小さく息を吐いた。
まだ答えは出ていない。
別れるのか。
このまま続けるのか。
二人の未来がどこへ向かうのかも分からない。
それでも。
答えを待つだけの日々にはしたくなかった。
日曜日に河川敷へ行く。
悠真と会う。
そして、今の自分たちが何を感じるのかを確かめる。
それでいい。
葵は窓の外を見た。
夜の街に、いくつもの明かりが灯っている。
四年前と同じ街。
けれど。
自分はもう、四年前の自分ではない。
悠真もきっと、同じだ。
だからこそ。
昔の答えを探すのではなく。
今の二人の答えを探したい。
葵はスマートフォンを伏せた。
日曜日まで、あと五日。
その五日間もまた、自分の時間を過ごそうと思った。
待つということは。
立ち止まることではないのだから。



