月曜日の朝。
葵は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。
週末が終わった。
いつもの一週間が始まる。
そう思いながらカーテンを開ける。
空は薄い雲に覆われていた。
土曜日の海とは違う空だった。
けれど、葵の中にはまだ、あの日の青さが残っていた。
洗面所へ向かいながら、ふと思う。
昨日まで、海にいた。
悠真と一緒に。
そして今日は、いつもの仕事。
それが不思議だった。
昔なら、週末と平日の境目がもっと曖昧だった。
休みの日でも仕事のことを考えていた。
仕事の日でも、悠真との予定を気にしていた。
どちらかにいるのに、もう一方のことを考えている。
そんな日が多かった。
今は違う。
今日は仕事の日。
だから、仕事をする。
それでいいと思えた。
会社に着く。
デスクに座ると、週末の間に届いたメールを確認する。
急ぎのものを処理し、必要なものだけをメモする。
以前なら、すべてをその日のうちに終わらせようとしていた。
けれど今は違う。
優先順位を決める。
人に頼る。
明日に回す。
そうやって、一つずつ仕事を片づけていく。
「高橋さん」
後輩に呼ばれて振り返る。
「この企画、ちょっと相談してもいいですか?」
「もちろん」
葵は画面を見ながら話を聞いた。
以前なら、すぐに答えを出していた。
今は、相手が何を考えているのかを聞くようになった。
「どうしたいと思ってる?」
「私は、こっちの案がいいと思うんですけど……」
「じゃあ、一回その方向で考えてみよう」
後輩が笑う。
「ありがとうございます」
その顔を見ながら、葵も笑った。
自分が全部やらなくても、仕事は回る。
そのことを、少しずつ実感していた。
昼休み。
葵はスマートフォンを確認した。
悠真からメッセージが届いていた。
『今日も仕事?』
『うん』
『頑張って』
葵は少し笑って、
『悠真もね』
と返した。
それだけ。
以前なら、ここから会話を続けようとしただろう。
けれど今は、無理に言葉を探さない。
連絡が少ないから、気持ちが薄いわけではない。
それが少し分かってきた。
午後。
会議が長引いた。
予定していた仕事が終わらず、時計を見ると六時半を過ぎている。
葵は一度、パソコンの画面を閉じた。
まだ終わっていない。
でも、今日やらなければならない仕事ではない。
明日の朝に回しても問題ない。
以前なら、そのまま残業していただろう。
けれど今日は、帰ることにした。
「お先に失礼します」
会社を出る。
外はすっかり暗くなっていた。
駅へ向かう途中、ふと土曜日の海を思い出す。
波の音。
潮の匂い。
隣で笑っていた悠真。
葵は歩きながら、小さく笑った。
楽しかった。
本当に、それだけだった。
でも、その「それだけ」が大切なのだと思う。
未来を約束しなくても。
何か特別なことが起きなくても。
ただ一緒にいて、楽しかった。
それだけで、その時間には意味がある。
一方、悠真は実家の夕食を終えたあと、自分の部屋でスマートフォンを眺めていた。
葵とのメッセージ。
土曜日の海。
写真はほとんど撮っていない。
けれど、記憶には残っている。
葵が海を見ていた横顔。
砂浜を歩く姿。
笑った顔。
そして──。
「楽しかったな」
悠真も小さく呟いた。
けれど、そのあとに別の思いが浮かんだ。
このままでいいのだろうか。
葵は変わった。
自分も変わった。
以前より、お互いに自分の時間を持てるようになった。
それは良いことのはずだった。
なのに。
なぜか、二人の間には以前とは違う静けさがある。
悠真はその理由を考えようとして、やめた。
今はまだ、答えを出す必要はない。
ただ、ひとつだけ分かっている。
葵を嫌いになったわけではない。
むしろ、今でも大切だ。
だからこそ。
自分が何を望んでいるのかを、いつか葵に話さなければならない。
悠真はスマートフォンを伏せた。
その夜。
葵はベッドに入り、土曜日の海を思い出していた。
そして、悠真の言葉を思い出す。
『俺も、変わったと思う』
あのときの表情。
あの言葉の続き。
聞かなかった。
聞けなかった。
でも、いつかは聞かなければならないのだろう。
葵は天井を見つめる。
以前の自分なら、怖くて聞けなかった。
聞いてしまえば、何かが変わる気がしたから。
今は違う。
変わることを、少しだけ受け入れられるようになった。
大切なものは、同じ形のまま残るとは限らない。
それでも、大切だったという事実は消えない。
葵は目を閉じた。
土曜日は楽しかった。
それでいい。
今は、それだけで十分だった。
けれど──。
その「十分」が、二人にとって同じ意味なのか。
その答えだけは、まだ分からなかった。
葵は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。
週末が終わった。
いつもの一週間が始まる。
そう思いながらカーテンを開ける。
空は薄い雲に覆われていた。
土曜日の海とは違う空だった。
けれど、葵の中にはまだ、あの日の青さが残っていた。
洗面所へ向かいながら、ふと思う。
昨日まで、海にいた。
悠真と一緒に。
そして今日は、いつもの仕事。
それが不思議だった。
昔なら、週末と平日の境目がもっと曖昧だった。
休みの日でも仕事のことを考えていた。
仕事の日でも、悠真との予定を気にしていた。
どちらかにいるのに、もう一方のことを考えている。
そんな日が多かった。
今は違う。
今日は仕事の日。
だから、仕事をする。
それでいいと思えた。
会社に着く。
デスクに座ると、週末の間に届いたメールを確認する。
急ぎのものを処理し、必要なものだけをメモする。
以前なら、すべてをその日のうちに終わらせようとしていた。
けれど今は違う。
優先順位を決める。
人に頼る。
明日に回す。
そうやって、一つずつ仕事を片づけていく。
「高橋さん」
後輩に呼ばれて振り返る。
「この企画、ちょっと相談してもいいですか?」
「もちろん」
葵は画面を見ながら話を聞いた。
以前なら、すぐに答えを出していた。
今は、相手が何を考えているのかを聞くようになった。
「どうしたいと思ってる?」
「私は、こっちの案がいいと思うんですけど……」
「じゃあ、一回その方向で考えてみよう」
後輩が笑う。
「ありがとうございます」
その顔を見ながら、葵も笑った。
自分が全部やらなくても、仕事は回る。
そのことを、少しずつ実感していた。
昼休み。
葵はスマートフォンを確認した。
悠真からメッセージが届いていた。
『今日も仕事?』
『うん』
『頑張って』
葵は少し笑って、
『悠真もね』
と返した。
それだけ。
以前なら、ここから会話を続けようとしただろう。
けれど今は、無理に言葉を探さない。
連絡が少ないから、気持ちが薄いわけではない。
それが少し分かってきた。
午後。
会議が長引いた。
予定していた仕事が終わらず、時計を見ると六時半を過ぎている。
葵は一度、パソコンの画面を閉じた。
まだ終わっていない。
でも、今日やらなければならない仕事ではない。
明日の朝に回しても問題ない。
以前なら、そのまま残業していただろう。
けれど今日は、帰ることにした。
「お先に失礼します」
会社を出る。
外はすっかり暗くなっていた。
駅へ向かう途中、ふと土曜日の海を思い出す。
波の音。
潮の匂い。
隣で笑っていた悠真。
葵は歩きながら、小さく笑った。
楽しかった。
本当に、それだけだった。
でも、その「それだけ」が大切なのだと思う。
未来を約束しなくても。
何か特別なことが起きなくても。
ただ一緒にいて、楽しかった。
それだけで、その時間には意味がある。
一方、悠真は実家の夕食を終えたあと、自分の部屋でスマートフォンを眺めていた。
葵とのメッセージ。
土曜日の海。
写真はほとんど撮っていない。
けれど、記憶には残っている。
葵が海を見ていた横顔。
砂浜を歩く姿。
笑った顔。
そして──。
「楽しかったな」
悠真も小さく呟いた。
けれど、そのあとに別の思いが浮かんだ。
このままでいいのだろうか。
葵は変わった。
自分も変わった。
以前より、お互いに自分の時間を持てるようになった。
それは良いことのはずだった。
なのに。
なぜか、二人の間には以前とは違う静けさがある。
悠真はその理由を考えようとして、やめた。
今はまだ、答えを出す必要はない。
ただ、ひとつだけ分かっている。
葵を嫌いになったわけではない。
むしろ、今でも大切だ。
だからこそ。
自分が何を望んでいるのかを、いつか葵に話さなければならない。
悠真はスマートフォンを伏せた。
その夜。
葵はベッドに入り、土曜日の海を思い出していた。
そして、悠真の言葉を思い出す。
『俺も、変わったと思う』
あのときの表情。
あの言葉の続き。
聞かなかった。
聞けなかった。
でも、いつかは聞かなければならないのだろう。
葵は天井を見つめる。
以前の自分なら、怖くて聞けなかった。
聞いてしまえば、何かが変わる気がしたから。
今は違う。
変わることを、少しだけ受け入れられるようになった。
大切なものは、同じ形のまま残るとは限らない。
それでも、大切だったという事実は消えない。
葵は目を閉じた。
土曜日は楽しかった。
それでいい。
今は、それだけで十分だった。
けれど──。
その「十分」が、二人にとって同じ意味なのか。
その答えだけは、まだ分からなかった。



