木曜日の朝。
目を覚ました葵は、カーテンを開けた。
昨日までより少しだけ、空が高く見えた。
土曜日まで、あと二日。
そう思ってから、葵は小さく笑う。
まるで遠足を楽しみにしている子どもみたいだった。
けれど、そんな自分が嫌ではなかった。
朝食を済ませ、家を出る。
駅へ向かう途中、スマートフォンが震えた。
悠真からだった。
『土曜日、天気よさそうだよ』
葵は歩きながら返信する。
『本当?』
『うん。晴れるみたい』
『よかった』
それだけのやり取り。
でも、その短い会話が嬉しかった。
以前なら、ここからもっと話を続けようとしていた。
今日の予定は?
仕事はどう?
昨日は何してた?
そんな質問を重ねていた。
今は、相手の言葉をそのまま受け取れる。
会話が途切れても、不安にならない。
それが、以前の自分との大きな違いだった。
会社では、午前中から打ち合わせが続いた。
新しい企画のプレゼンを終えたところで、上司が言った。
「高橋さん、最近ちょっと変わったね」
「またですか?」
葵が笑うと、上司も笑った。
「前は何でも自分で抱えようとしてたけど、最近は人に任せるようになった」
「……そうかもしれません」
「いい変化だと思うよ」
その言葉に、葵は少しだけ考えた。
仕事ができる人になりたかった。
誰からも頼られる人になりたかった。
失敗しない人になりたかった。
そのためなら、いくらでも頑張れると思っていた。
けれど、頑張ることと無理をすることは違う。
そのことに気づくまで、ずいぶん時間がかかった。
昼休み。
葵は一人で近くの公園へ行った。
ベンチに座り、コンビニで買ったサンドイッチを食べる。
木々の間から、青い空が見える。
ふと、悠真のことを思い出した。
四年前。
二人でこの近くを歩いたことがあった。
そのときも、こんな晴れた日だった。
悠真は何でもない話をしていた。
葵は笑っていた。
それだけだった。
でも、そんな時間が今になって大切な思い出になっている。
葵は空を見上げた。
「思い出って、不思議だな」
過去に戻りたいわけではない。
ただ、そこにあった時間を大切だと思える。
それだけで十分なのかもしれない。
仕事を終えた夜。
葵は帰宅すると、土曜日に持っていくものを確認した。
財布。
スマートフォン。
ハンカチ。
飲み物。
日焼け止め。
必要なものを鞄に入れていく。
その途中で、昔の写真が一枚目に入った。
悠真と初めて海へ行ったときの写真だった。
まだ付き合い始めたばかりで、二人とも少し緊張している。
葵は写真を見ながら笑った。
あの頃の自分たちは、ずっと一緒にいると思っていた。
四年後も。
十年後も。
その先も。
けれど、人生は思った通りには進まない。
だからといって、あの頃の約束が嘘だったわけではない。
あのときは、本当にそう思っていた。
それだけでいい。
葵は写真を閉じた。
スマートフォンが震える。
悠真からだった。
『土曜日、駅で待ち合わせでいい?』
『うん』
『十時ね』
『了解』
そこで終わる。
けれど、葵は少し考えてから、もう一度メッセージを送った。
『悠真』
『ん?』
『最近、少し変わったと思わない?』
しばらく返信がなかった。
やがて、
『変わったと思う』
と届いた。
葵は胸の奥が少しだけざわつく。
『悪い意味?』
『違う』
すぐに続きが届いた。
『前より、葵が葵らしくなった気がする』
葵は画面を見つめた。
その言葉が、胸の奥に静かに落ちていく。
自分らしく。
その言葉を、最近何度も考えていた。
仕事ができる自分。
恋人に愛される自分。
誰かに必要とされる自分。
そういうものを全部取り払ったら、自分には何が残るのだろう。
以前は、それが怖かった。
今は少し違う。
何もないところからでも、自分で選んでいけばいい。
そう思える。
『悠真も変わったよ』
葵は返信した。
『そうかな』
『うん。前より、自分のこと話すようになった』
少し間が空いた。
『葵が聞いてくれるようになったからじゃない?』
その言葉を見て、葵は胸が痛んだ。
でも、それは悲しさだけではなかった。
もっと早く聞けばよかった。
もっと早く、悠真の話を聞いていれば。
そう思う。
けれど、過去には戻れない。
だからこそ、今は聞ける。
土曜日に会ったら、ちゃんと話そう。
仕事のこと。
家族のこと。
最近考えていること。
これからのこと。
まだ決まっていない未来のことも。
葵はスマートフォンを伏せた。
窓の外には、静かな夜が広がっている。
土曜日まで、あと一日。
明日を終えれば、海へ行ける。
楽しみだった。
悠真に会えることも。
海を見ることも。
そして何より、
今の自分たちが、どんな話をするのか。
葵はまだ知らない。
けれど、以前とは違う。
もう「昔の二人」に戻りたいとは思わなかった。
ただ、
「今の二人」
として、もう一度向き合ってみたい。
それだけだった。
目を覚ました葵は、カーテンを開けた。
昨日までより少しだけ、空が高く見えた。
土曜日まで、あと二日。
そう思ってから、葵は小さく笑う。
まるで遠足を楽しみにしている子どもみたいだった。
けれど、そんな自分が嫌ではなかった。
朝食を済ませ、家を出る。
駅へ向かう途中、スマートフォンが震えた。
悠真からだった。
『土曜日、天気よさそうだよ』
葵は歩きながら返信する。
『本当?』
『うん。晴れるみたい』
『よかった』
それだけのやり取り。
でも、その短い会話が嬉しかった。
以前なら、ここからもっと話を続けようとしていた。
今日の予定は?
仕事はどう?
昨日は何してた?
そんな質問を重ねていた。
今は、相手の言葉をそのまま受け取れる。
会話が途切れても、不安にならない。
それが、以前の自分との大きな違いだった。
会社では、午前中から打ち合わせが続いた。
新しい企画のプレゼンを終えたところで、上司が言った。
「高橋さん、最近ちょっと変わったね」
「またですか?」
葵が笑うと、上司も笑った。
「前は何でも自分で抱えようとしてたけど、最近は人に任せるようになった」
「……そうかもしれません」
「いい変化だと思うよ」
その言葉に、葵は少しだけ考えた。
仕事ができる人になりたかった。
誰からも頼られる人になりたかった。
失敗しない人になりたかった。
そのためなら、いくらでも頑張れると思っていた。
けれど、頑張ることと無理をすることは違う。
そのことに気づくまで、ずいぶん時間がかかった。
昼休み。
葵は一人で近くの公園へ行った。
ベンチに座り、コンビニで買ったサンドイッチを食べる。
木々の間から、青い空が見える。
ふと、悠真のことを思い出した。
四年前。
二人でこの近くを歩いたことがあった。
そのときも、こんな晴れた日だった。
悠真は何でもない話をしていた。
葵は笑っていた。
それだけだった。
でも、そんな時間が今になって大切な思い出になっている。
葵は空を見上げた。
「思い出って、不思議だな」
過去に戻りたいわけではない。
ただ、そこにあった時間を大切だと思える。
それだけで十分なのかもしれない。
仕事を終えた夜。
葵は帰宅すると、土曜日に持っていくものを確認した。
財布。
スマートフォン。
ハンカチ。
飲み物。
日焼け止め。
必要なものを鞄に入れていく。
その途中で、昔の写真が一枚目に入った。
悠真と初めて海へ行ったときの写真だった。
まだ付き合い始めたばかりで、二人とも少し緊張している。
葵は写真を見ながら笑った。
あの頃の自分たちは、ずっと一緒にいると思っていた。
四年後も。
十年後も。
その先も。
けれど、人生は思った通りには進まない。
だからといって、あの頃の約束が嘘だったわけではない。
あのときは、本当にそう思っていた。
それだけでいい。
葵は写真を閉じた。
スマートフォンが震える。
悠真からだった。
『土曜日、駅で待ち合わせでいい?』
『うん』
『十時ね』
『了解』
そこで終わる。
けれど、葵は少し考えてから、もう一度メッセージを送った。
『悠真』
『ん?』
『最近、少し変わったと思わない?』
しばらく返信がなかった。
やがて、
『変わったと思う』
と届いた。
葵は胸の奥が少しだけざわつく。
『悪い意味?』
『違う』
すぐに続きが届いた。
『前より、葵が葵らしくなった気がする』
葵は画面を見つめた。
その言葉が、胸の奥に静かに落ちていく。
自分らしく。
その言葉を、最近何度も考えていた。
仕事ができる自分。
恋人に愛される自分。
誰かに必要とされる自分。
そういうものを全部取り払ったら、自分には何が残るのだろう。
以前は、それが怖かった。
今は少し違う。
何もないところからでも、自分で選んでいけばいい。
そう思える。
『悠真も変わったよ』
葵は返信した。
『そうかな』
『うん。前より、自分のこと話すようになった』
少し間が空いた。
『葵が聞いてくれるようになったからじゃない?』
その言葉を見て、葵は胸が痛んだ。
でも、それは悲しさだけではなかった。
もっと早く聞けばよかった。
もっと早く、悠真の話を聞いていれば。
そう思う。
けれど、過去には戻れない。
だからこそ、今は聞ける。
土曜日に会ったら、ちゃんと話そう。
仕事のこと。
家族のこと。
最近考えていること。
これからのこと。
まだ決まっていない未来のことも。
葵はスマートフォンを伏せた。
窓の外には、静かな夜が広がっている。
土曜日まで、あと一日。
明日を終えれば、海へ行ける。
楽しみだった。
悠真に会えることも。
海を見ることも。
そして何より、
今の自分たちが、どんな話をするのか。
葵はまだ知らない。
けれど、以前とは違う。
もう「昔の二人」に戻りたいとは思わなかった。
ただ、
「今の二人」
として、もう一度向き合ってみたい。
それだけだった。



