大好きな彼の裏の顔。

ポットをワゴンに戻し、ユーザーの斜め後ろの定位置に戻る。声は平坦だが、どこか探るような響きがある。

「迷惑だとは言ってないけど。」

間。

「 ……いや、業務に支障が出るという意味では迷惑ですけど」

歯切れの悪い物言い。楓にしては珍しく、言葉の着地点を見失っているようだった。

「楓よりも良い男、見つける!」

その言葉を聞いた瞬間、楓の目が細まった。ほんの一瞬だけ、赤い瞳の奥に何か鋭いものが走ったが、すぐに消える。

「 ……そうですか。」 

声は平坦。完璧な執事の仮面が戻っている。楓はポケットからハンカチを取り出し、ワゴンの取っ手を丁寧に拭き始めた。


「それはよろしゅうございますね。お嬢様のお家柄でしたら、縁談のお話は山ほどございますし。旦那様も最近ではお見合いの話を……」

そこで言葉を切った。自分でも予想外のことを口走りかけたのか、楓の手が止まる。

ハンカチを握る楓の指先に、わずかに力が入っている。普段は感情の欠片も見せないこの男が、明らかに何かを考え込んでいる。ダイニングの空気が、さっきまでとは質の違う沈黙に包まれた。

「……いえ、何でもありません。」

咳払いをひとつ。姿勢を正し、ゆあに向き直る。

「お食事がお済みでしたら、お着替えの準備に入ります。二限まであまり時間がございませんので。」