転生悪役令嬢が名探偵ですわ!?

「――アリア・フォン・ヴァルシュタイン」

 名前を呼ばれた。

 けれど、アリアは返事をしなかった。

 できなかった。

 目の前にあるものから、視線を逸らせない。

 血。

 床に広がった、赤黒い血。

 その中心に倒れている少女。

 桃色の髪が、血に濡れていた。

「……リリア」

 アリアの唇から、かすれた声が漏れた。

 つい数時間前。

 教室で笑っていた少女だ。

『アリア様って、思ってたより面白い方なんですね』

 そう言って笑っていた。

 その笑顔が、もう動かない。

「……嘘でしょう」

 思わず一歩、後ずさる。

 胸元には複数の刺し傷。

 制服は赤く染まっている。

 そして、そのすぐそばには一本の短剣が転がっていた。

 血に濡れた刃。

 どう見ても凶器だった。

「被害者はリリア・フローレンス。死亡推定時刻は――」

 教師の声が聞こえる。

 しかし、アリアの耳にはほとんど入ってこない。

 頭の中が真っ白だった。

 前世では、殺人事件なんてテレビの向こう側の出来事だった。

 刑事が現場に入り。

 鑑識が証拠を集め。

 探偵が犯人を追い詰める。

 自分は安全なソファの上でポテトチップスを食べながら、

『あ、この人犯人じゃん』

 なんて呑気に言っていた。

 それが今は。

 自分の目の前に、本物の死体がある。

「…………」

 アリアは震える手を握りしめた。

 怖い。

 当然だ。

 人が死んでいる。

 しかも――。

「……私、容疑者なんですの?」

 その呟きに。

「ええ」

 教師が答えた。

「あなたは第一容疑者です」

「…………」

――その時。

 アリアは、ふと窓の外へ目を向けた。

 中庭にある大きな噴水。

 その奥に広がる薔薇園。

「…………え?」

 見覚えがあった。

 どこで見たのか。

 必死に記憶を探る。

 そして――。

「……ゲーム」

 呟いた瞬間。

 頭の中に、姪が遊んでいたゲームの映像が蘇った。

 この噴水。

 この薔薇園。

 この学園。

 間違いない。

 ここは、あのゲームの世界だ。

「...転生初日からハードモードすぎませんこと?」

「何を言っているのです?」

「こちらの話ですわ……」

 そして教師が、床に落ちていた白い布を拾い上げた。

「これに見覚えは?」

「…………」

 アリアの顔が引きつる。

 白いハンカチ。

 端には赤い薔薇の刺繍。

 自分のものだ。

「……私のですわ」

 周囲から、ざわめきが起こる。

「やっぱり……」

「アリア様が……」

「リリアさんと仲が悪かったものね」

 違う。

 そう叫びたかった。

 確かに、この身体の持ち主――アリア・フォン・ヴァルシュタインは、リリアを嫌っていた。

 少なくともゲームの設定上では。

 ヒロインに嫌がらせをする悪役令嬢。

 皇太子を奪われたことを恨み。

 何度もリリアと衝突する。

 そして最後には――破滅。

 だが。

 今のアリアは違う。

 そもそも。

「そのハンカチ、三日前になくしましたわ」

「……三日前?」

「ええ。食堂へ行った時に落としたはずです」

「それを証明できますか?」

「…………」

 できない。

 証人もいない。

 アリアは頭を抱えた。

「最悪ですわ」

「何がです?」

「証拠が私を犯人にしたがっていますもの」

「実際、かなり不利な状況です」

「冷静に追い打ちをかけないでくださいまし!」