第九章 三十三人目
夜明け前の町は、すでに朝の気配を帯び始めていた。
空の端には薄い青が滲み、家々の屋根や電線の輪郭が少しずつ見え始めている。けれど悠真には、それが本当にいつもの町なのか分からなかった。
たった数時間のうちに、自分の名前は神谷蓮から高城悠真へ戻り、隣を走る親友は高城悠真から結城湊へ戻った。雨宮栞だと思っていた少女は水城紗奈になり、母の本当の名前は雨宮香澄、父として記憶していた男は佐伯修一だった。
名前が変わっただけではない。
記憶の意味そのものが変わっていた。
それでも不思議なことに、悠真はまだ自分を自分だと思えていた。
高城悠真という名前を口にした時、それが借り物ではなく、自分の奥深くにずっと残っていたものだという感覚が確かにあった。それは、これまで神谷蓮として生きてきた十七年間を否定するものではなかった。
むしろ今の悠真には、二つの人生が重なって見えていた。
神谷蓮として過ごした時間も自分で、高城悠真として存在していた時間も自分だった。
どちらかを偽物と決めれば、また0組と同じことをする。
だから今は、どちらも自分だったと考えるしかない。
車の中で、誰もほとんど話さなかった。
三上が運転し、その隣には雨宮朔が座っている。後部座席には悠真、湊、紗奈が並び、悠真の手には神谷楓の記憶を保存した古いデジタルカメラが握られていた。
画面には、学校の図書室に座る美月の写真が残っている。
その背後には、これまで司書だと思っていた女性。
名札には、
神谷 楓
と書かれていた。
しかし朔は、あの人物を神谷廉一郎だと言った。
「本当に、あの司書が神谷廉一郎なんですか」
悠真が聞くと、朔はフロントガラスの向こうを見たまま答えた。
「少なくとも、僕が知っている神谷廉一郎と同じ記憶を持っている。今の身体が誰のものなのかまでは分からない」
「身体まで別なのか」
湊が低い声で言った。
「Kシリーズで人格を移せるなら、廉一郎自身も同じことを繰り返してきた可能性がある。僕が最後に本人の姿を見た時には、もう高齢だった。それから何十年も経っているのに、今も意思だけが残っているなら、何度も身体を変えていると考えた方が自然だ」
紗奈が窓の外を見ながら呟く。
「人が死ぬたびに名前が移るんじゃなくて……身体が変わるたびに、同じ人が続いてるってこと?」
「たぶん」
朔は答えた。
「でも、それを本当に“同じ人”って呼べるのかは僕にも分からない」
その言葉に、悠真は無意識に自分の胸元を押さえた。
それは自分にも同じことが言えた。
神谷蓮としての記憶を持ち、高城悠真という本来の名前を取り戻した今の自分は、昨日までの自分と同じなのか。
もし明日、記憶がもう一つ戻れば、その時の自分は今日の自分と同じなのか。
考え始めれば、答えはどこにもない。
だからこそ、悠真は一つだけ決めていた。
美月を助ける。
それだけは、名前が何であっても変わらなかった。
◇
学校へ着いたのは午前五時半を少し過ぎた頃だった。
校門は開いていた。
本来ならまだ誰もいないはずの時間なのに、昇降口には灯りがつき、校舎の中からは人の気配がする。
三上が車を降りながら眉をひそめた。
「誰かいる」
「先生たちじゃないですか」
「この時間には来ない」
悠真たちは昇降口へ向かった。
扉を開けた瞬間、全員が足を止めた。
廊下に人がいる。
一人や二人ではない。
生徒。
教師。
知らない大人。
制服の違う子供。
中には、どう見ても現在のものではない服を着た人間までいる。
昭和の学生服。
古いセーラー服。
昔の教師。
現在の生徒。
年代の違う人々が、同じ校舎の中を静かに歩いていた。
「何だよ……これ」
湊が声を失う。
その中の誰かが悠真の横を通った。
男子生徒。
十七歳ほど。
胸元の名札。
佐伯修一
悠真は思わず振り返った。
「父さん……?」
だが少年は悠真を見なかった。
そのまま階段を上がっていく。
三上も少年を見ていた。
「佐伯……」
声が震える。
しかし次の瞬間、別の少女が二人の間を通った。
名札。
神谷香織
そしてその後ろ。
別の少女。
雨宮栞
さらに。
高城悠真
神谷蓮
同じ名前を持つ人間が、一人ではない。
廊下の奥にも。
階段にも。
教室にも。
何人もいる。
朔が立ち止まり、ゆっくり息を吐いた。
「始まった」
「何が」
悠真が聞く。
「CYCLE 18の最終段階。これまでの循環で使われた人格と記憶を、一度全部この学校に集めてる」
「人間じゃないのか」
「完全な人間とは限らない。記憶が作った再現かもしれないし、過去の個体が一時的に復元されているのかもしれない」
「どっちにしても最悪だな」
湊が呟く。
悠真は周囲を見た。
何十年分もの「神谷蓮」や「雨宮栞」が、同じ校舎に存在している。
今まで一人分の席を奪い合っていた名前たちが、一度に外へ出てきている。
「美月はどこ」
「図書室」
紗奈。
「写真では」
三上が頷いた。
「急ごう」
◇
二階へ上がる途中で、校内放送が鳴った。
『おはようございます』
その声を聞いた瞬間、悠真の足が止まった。
司書の女性の声だった。
優しく穏やかな、何度も図書室で聞いた声。
『本日は特別授業を行います』
廊下にいた人々が、一斉に立ち止まる。
『対象者は全員、二年0組へ移動してください』
同時に。
数十人が動き出した。
方向。
旧体育館。
「0組へ行ってる」
紗奈。
『なお』
放送。
『三十三名の記憶保持者が確定しました』
悠真は息を呑んだ。
『残るのは三十四番のみです』
「美月」
悠真は走った。
◇
図書室の扉が開いている。
「美月!」
中には誰もいない。
椅子。
机。
写真に写っていた場所。
そこには紙が一枚だけ置かれていた。
三十四番は0組へ移動しました
「遅かった」
悠真 紙を握る。
「地下!」
湊「行こう」
全員が図書室を出ようとした時、朔だけが動かなかった。
「待って」
「何」
朔は司書カウンターを見ている。
そこに一冊。
古い出席簿。
悠真が戻る。
「何だ」
「これ」
朔が開く。
表紙。
二年0組
日付。
現在。
名簿。
三十三人。
「三十三人目」
紗奈が呟く。
「誰になってる?」
悠真たちは名簿を見る。
一番。
知らない名前。
二番。
知らない。
三番。
過去の人物。
現在の人物。
役割名。
本名。
混ざっている。
そして三十二番。
水城紗奈
三十三番。
高城悠真
「俺?」
悠真。
三上が名簿を見る。
「お前が三十三人目?」
朔。
「違う」
「何が」
「ここに書かれている三十三人は、普通のクラスの人数じゃない」
「じゃあ」
「神谷楓を復元するために必要な記憶の断片」
悠真。
「俺も材料?」
「今の君には、神谷蓮人格の一部だった記憶が残ってる」
悠真はデジタルカメラを見る。
「全部分解したはずじゃ」
「人格としては分解した。でも経験まで消したわけじゃない。君が神谷蓮として生きた記憶は君のものになってる」
つまり。
消せなかった。
いや。
消さなかった。
悠真は少しだけ安心した。
自分が高城悠真に戻ったからといって、神谷蓮として生きた日々まで嘘になるわけではない。
「でも三十四番は?」
湊。
名簿。
一番下。
別枠。
34 神谷美月
そして備考。
人格固定媒体
悠真の表情が変わった。
「やっぱり美月を器にする気だ」
朔。
「急ごう」
◇
旧体育館。
床下。
B1。
B2。
階段を降りるたび、校舎の様子が変わっていった。
B2へ着いた時、そこは以前の地下校舎ではなかった。
窓の向こう。
昼。
校庭。
しかし空には夕焼け。
廊下の時計。
23時47分。
壁掛けカレンダー。
九月一日。
「時間まで混ざってる」
三上。
「0組が過去の記憶を再構成してる」
朔。
廊下。
教室。
一組。
二組。
三組。
四組。
五組。
そして。
0組。
扉が開いている。
中。
人。
三十三人。
全員座っている。
年代も年齢も違う。
だが不思議と、一つのクラスのように見えた。
前。
黒板。
三十三名 出席
教壇。
司書。
いや。
神谷廉一郎。
その姿は女性のままだった。
「来ましたね」
穏やか。
いつもの司書の声。
悠真は教室へ入る。
「美月は」
「まだ無事です」
「どこ」
廉一郎が教室後方を見る。
壁に向けられた一つの椅子。
そこ。
美月。
座っている。
「美月!」
美月が振り向く。
「お兄ちゃん!」
悠真の胸。
少しだけ緩む。
「大丈夫か」
「うん。でも立てない」
美月の足元。
白い線。
0組の床に描かれた円。
外へ出ようとしても、見えない壁に阻まれているようだった。
「今助ける」
廉一郎が静かに言った。
「それは困ります」
悠真。
「困るのはこっちだ」
「分かっています」
「じゃあ放せ」
「できません」
◇
朔が前へ出る。
「先生」
司書。
その目が朔を見る。
表情。
ほんの少し。
変わる。
「朔」
「もうやめてください」
「何度も言われました」
「僕からも?」
「何度も」
「じゃあ」
「十八回も」
「なぜ続けた」
廉一郎は教室を見渡した。
「この中にいる人々を見なさい」
三十三人。
「全員」
「名前を失った」
「記憶を失った」
「家族を失った」
「僕の研究のせいです」
朔。
「なら終わらせるべきです」
「だから終わらせます」
「何?」
「今日」
廉一郎。
「すべてを一人へ戻します」
◇
悠真。
「楓に?」
「はい」
「みんな消して?」
「消しません」
「死亡記録を五件作っておいて?」
「死亡ではありません」
「社会的死亡なら同じだろ」
「違います」
廉一郎。
「役割から解放するだけです」
「そのために美月を楓にするのか」
「美月さんは最適です」
「人間を器みたいに言うな」
廉一郎。
少し黙る。
「あなたも」
「かつて器でした」
「知ってる」
「だから分かるはずです」
「何が」
「器にも」
一拍。
「新しい人生は生まれます」
◇
悠真の表情が変わる。
廉一郎。
「あなたは神谷蓮でした」
「でも今」
「高城悠真として立っている」
「それでも」
「神谷蓮としての記憶を持っている」
「……」
「なら」
「美月さんへ楓を移しても」
「美月さんが完全に消えるとは限らない」
悠真。
「限らない?」
声。
低くなる。
「分からないのにやるのか」
「必要です」
「何のために」
「楓を戻すため」
「それだけ?」
廉一郎。
黙る。
悠真。
「それだけなんだろ」
「何十年も」
「何百人も」
「名前変えて」
「家族変えて」
「町の記憶まで壊して」
「結局」
一拍.
「娘を取り戻したいだけだろ」
◇
教室。
静かになる。
廉一郎。
表情。
初めて。
苦しそうに見えた。
「そうです」
否定しなかった。
「私は」
「娘を忘れたくなかった」
「最初は」
「それだけでした」
「写真が消えた」
「記録が消えた」
「妻が」
「楓の名前を忘れた」
「学校の先生が」
「そんな生徒はいないと言った」
「最後には」
「私自身も」
声。
少し震える。
「娘の顔が思い出せなくなった」
◇
朔。
「だから僕を使った」
「君だけが覚えていたから」
「僕に何百枚も写真を撮らせた」
「そうです」
「三十三人に同じ記憶を植えつけた」
「そうです」
「その結果」
朔。
「神谷蓮が生まれた」
廉一郎。
「失敗でした」
「違う」
悠真。
廉一郎が見る。
「何が」
「神谷蓮が失敗じゃない」
「俺は」
「そいつとして生きた」
「美月と喧嘩して」
「湊と笑って」
「紗奈に助けられて」
「母さんに怒られて」
「父さんを覚えてた」
悠真。
「それ全部」
一拍.
「失敗じゃない」
◇
廉一郎。
何も言わない。
「架空の人格だったとしても」
「そこから生まれた俺の記憶は」
「本物だ」
「だから」
「楓を戻すために」
「誰かを楓へ変える必要なんてない」
廉一郎。
「楓は」
「もういないと言いたいのですか」
悠真。
「違う」
デジタルカメラ。
掲げる。
「ここにいる」
◇
廉一郎。
目。
写真。
画面。
神谷楓。
笑っている。
「記憶は全部ここに保存した」
「だから」
「誰かの体に入れなくても」
「楓は残ってる」
「それは」
「記録です」
「そうだ」
「人間ではない」
「だから何だよ」
悠真。
「お前が最初にやりたかったのは」
「楓を生き返らせることじゃなかった」
「忘れないことだったんだろ」
◇
廉一郎。
言葉。
出ない。
朔。
「先生」
「……」
「僕も」
「ずっと間違えてた」
廉一郎。
「朔」
「妹を戻したかった」
「何度も」
「今の紗奈を」
「昔の栞だと思おうとした」
「でも」
朔は紗奈を見る。
「違った」
紗奈。
目。
逸らさない。
「違う人だった」
「それでいい」
朔。
「妹を忘れたわけじゃない」
「今の紗奈を妹にしないだけ」
◇
三上。
「俺も」
教室。
三十三人の中。
佐伯修一の姿。
見る。
「十七年前」
「友達を忘れた」
「佐伯修一」
少年。
反応。
三上を見る。
少し。
笑う。
「でも」
「思い出した」
三上。
「全部じゃなくても」
「名前一つだけでも」
「それで十分だった」
◇
廉一郎。
「十分?」
三上。
「人間を」
「全部保存しようとしたから」
「おかしくなったんだ」
「顔」
「声」
「家族」
「性格」
「全部同じにしようとした」
「でも」
「人間の記憶なんて」
「最初から」
一拍.
「少しずつ違うものだ」
◇
廉一郎が笑った。
悲しい。
疲れた。
何十年も続けてきた人間の笑い方。
「それを」
「私は」
「認められなかった」
朔。
「先生」
「楓が」
「私の記憶の中と」
「妻の記憶の中で違った」
「私は」
「どちらかが間違っていると思った」
「だから」
「正しい楓を」
「一人」
「作ろうとした」
悠真。
「でも」
「正しい楓なんて」
「最初から一人じゃなかった」
廉一郎。
顔。
上げる。
「どういう意味です」
「楓本人は一人」
「でも」
「覚えてる楓は」
「三十三人分あった」
「全部」
「少しずつ違う」
「それを一つにまとめようとしたから」
「神谷蓮が生まれた」
◇
紗奈。
「記憶の違いは」
「間違いじゃない」
「それぞれが」
「その人を覚えてる形」
三上。
「だから」
「統一しなくていい」
廉一郎。
「……」
悠真。
「三十三人分」
「全部」
「別々に残せばいい」
◇
教室。
黒板。
突然。
文字。
統合処理を開始します
廉一郎。
「時間がありません」
「止めろ!」
悠真。
「私では」
「もう止められない」
「ROOT権限は」
「一部しか残っていません」
「誰が動かしてる」
「0組自身です」
◇
黒板。
三十三名 確認
三十四番 確認
美月。
足元。
円。
光。
「お兄ちゃん!」
「美月!」
悠真。
走る。
見えない壁。
弾かれる。
「くそっ!」
廉一郎。
「カメラを」
「何」
「楓の記憶を」
「システムへ」
「入れる?」
「違います」
「三十三人へ」
◇
悠真。
「三十三人に?」
「楓を一人へ戻すのではなく」
廉一郎。
「三十三人の記憶を」
「三十三人へ戻す」
朔。
顔。
変わる。
「逆同期」
「そうです」
「PROJECT 33の」
「本来の逆処理」
三上。
「できるのか」
「楓の記憶が」
「完全な形で分解保存されているなら」
「可能性はあります」
悠真。
「可能性ばっかだな」
「すみません」
「謝るくらいならやる」
◇
デジタルカメラ。
教卓。
接続口。
廉一郎。
「ここへ」
悠真が差す。
画面。
MEMORY SOURCE DETECTED
神谷楓。
画像。
三十三。
いや。
大量。
細かな断片。
「こんなに」
紗奈。
「一枚の写真じゃなかった?」
朔。
「写真の中に」
「記憶情報そのものが保存されてる」
廉一郎。
「私が作った技術です」
湊。
「今そこ自慢するとこじゃないだろ」
◇
画面。
統合
分散
二択。
悠真。
「分散」
押す。
対象人数 33
開始。
◇
一番。
少女。
昔の同級生。
記憶。
『楓は走るのが速かった』
二番。
教師。
『算数が苦手だった』
三番。
近所の女性。
『雨の日が好きだった』
四番。
父。
『朝はなかなか起きなかった』
五番。
友人。
『笑うと左のえくぼが出た』
それぞれ。
違う。
全部。
楓。
でも。
同じではない。
◇
悠真。
「これでいい」
廉一郎。
画面。
見る。
「……」
「これが」
悠真。
「楓だよ」
「一人の完璧な記録じゃなくて」
一拍.
「みんなの中に少しずつ違って残ってる楓」
◇
廉一郎。
手。
震える。
画面。
少女。
何種類もの笑顔。
何種類もの声。
何種類もの思い出。
「楓」
小さく。
呼ぶ。
◇
黒板。
統合エラー
人格固定対象を確認できません
美月。
足元。
光。
弱くなる。
「美月!」
円。
消える。
美月が立つ。
「お兄ちゃん!」
悠真。
走る。
美月。
抱きつく。
「怖かった」
「ごめん」
「遅い」
「ごめん」
◇
湊。
「成功?」
朔。
「まだ」
黒板。
文字。
三十三人目が不足しています
「は?」
三上。
「三十三人いるだろ」
教室。
数える。
一。
二。
三。
……
三十二。
「三十二?」
紗奈。
「さっき三十三いた」
空席。
一つ。
中央。
「誰が消えた」
◇
誰も。
分からない。
「いた」
悠真。
「ここ」
席。
「誰か」
三上。
「名前」
「思い出せない」
朔。
顔。
青ざめる。
「まずい」
「何」
「三十三人目は」
「楓の記憶を最も強く持っていた人」
廉一郎。
「誰」
朔。
答えない。
「朔」
廉一郎。
「君では?」
「僕はここにいる」
「じゃあ」
朔。
机。
触る。
「最初の」
「記憶保持者」
「……」
悠真。
「誰」
朔。
「楓自身」
◇
全員。
止まる。
「本人?」
「PROJECT 33の最初の三十三人には」
「楓本人の記憶も」
「含まれていた」
三上。
「自分が自分を覚える」
「そう」
朔。
「でも」
「楓本人はいない」
悠真。
「だから三十二で止まる」
「そう」
◇
黒板。
三十三人目を登録してください
次。
候補を検索
悠真。
「誰かを楓にする気か」
廉一郎。
「止めなければ」
候補。
表示。
神谷美月
「また美月!」
悠真。
美月を後ろへ。
次。
水城紗奈
次。
高城悠真
次。
雨宮朔
「候補」
朔。
「全員」
◇
廉一郎。
「一人」
「楓の記憶を」
「自分のものとして」
「持つ必要がある」
悠真。
「それじゃ同じだ」
「違う方法」
「ないのか」
朔。
「自分の記憶」
「何」
「楓が」
「自分自身について」
「残したもの」
「それを」
「三十三人目にすれば」
「人間じゃなくても」
「本人の記憶として」
「登録できるかもしれない」
悠真。
「どこにある」
朔。
古いデジタルカメラ。
「最後の写真」
◇
保存された楓の記憶。
最後。
少女。
カメラを見る。
笑う。
でも。
写真だけ。
音声。
ない。
悠真。
「これが?」
朔。
「裏」
カメラ。
画像情報。
詳細。
隠しデータ。
VOICE MEMO
再生。
少女の声。
『わたしは神谷楓』
廉一郎。
動けない。
『お父さんは忘れっぽいから』
『もし忘れたら』
『この写真見せてね』
少し笑う。
『でも』
『全部覚えてなくてもいいよ』
『わたしも』
『昨日の晩ごはん』
『もう忘れたから』
◇
誰も。
声。
出ない。
『お父さんが』
『わたしのこと』
『全部覚えてなくても』
『わたしのお父さんなら』
『それでいいよ』
廉一郎。
顔。
歪む。
『だから』
一拍.
『忘れても大丈夫』
◇
録音。
終わる。
廉一郎。
何十年も。
娘を忘れないため。
人間を作り。
記憶を壊し。
町を変え。
十八回。
同じ循環を繰り返した。
その娘本人は。
最初から。
言っていた。
忘れても大丈夫。
「楓……」
廉一郎。
膝。
つく。
「私は」
「何を」
「していたんだ」
◇
悠真。
音声。
システムへ。
登録。
三十三人目
名前。
神谷楓
種別。
本人記憶
確定。
◇
黒板。
三十三名 確認
三十四番 不要
美月。
項目。
消える。
「やった」
湊。
でも。
次。
文字。
CYCLE 18 終了処理
朔。
「まだ」
「何が」
旧役割を削除します
一覧。
神谷蓮。
神谷香織。
雨宮栞。
高城悠真。
観測者。
犯人。
「役割だけ」
紗奈。
「消す?」
朔。
「成功すれば」
◇
削除。
一つずつ。
神谷蓮 削除
悠真。
胸。
少し。
空白。
でも。
立っている。
神谷香織 削除
家。
母。
雨宮香澄。
雨宮栞 削除
紗奈。
目を閉じる。
高城悠真 役割データ削除
湊。
「俺は結城湊」
そして。
犯人 削除
教室。
一瞬。
空気。
変わる。
◇
三上。
「何か」
「軽くなった」
朔。
「町の」
「犯人役が」
「なくなった」
悠真。
「じゃあ」
「もう」
「誰かが事件の身代わりになることは」
「ない」
「たぶん」
◇
最後。
観測者
朔。
顔。
止まる。
削除しますか?
YES。
NO。
廉一郎。
朔を見る。
「朔」
「先生」
「君は」
「何十年も」
「楓を」
「そして」
「みんなを」
「覚えていてくれた」
朔。
「それが」
「僕の役割だった」
「でも」
廉一郎。
「役割ではなく」
「君自身は」
「何がしたい」
◇
朔。
初めて。
困った顔。
「分からない」
「ずっと」
「写真を撮ることしか」
「してこなかった」
紗奈。
「じゃあ」
「今から考えればいい」
朔。
見る。
「僕」
「何十年も17歳」
「それも」
「役割のせい?」
廉一郎。
「おそらく」
「観測者を消せば」
「歳を取る?」
「分かりません」
湊。
「何でも分かんねえな」
少し。
笑い。
◇
朔。
YES。
押す。
観測者 削除
一瞬。
朔の姿。
揺れる。
紗奈。
「朔!」
「大丈夫」
朔。
自分の手を見る。
「消えてない」
そして。
カメラ。
床。
落ちる。
今まで。
どこへ行っても。
必ず。
手元に戻ってきたカメラ。
戻らない。
「終わった」
朔。
小さく。
笑う。
◇
黒板。
すべて。
消える。
最後。
一行。
二年0組を閉鎖します
教室。
三十三人。
過去の人々。
一人ずつ。
薄くなる。
三上。
佐伯修一。
見る。
「佐伯」
少年。
三上を見る。
笑う。
「智也」
三上。
息。
止まる。
「覚えてたのか」
「今」
「思い出した」
三上。
涙。
「佐伯修一」
「うん」
「今度は」
「忘れない」
佐伯。
「忘れてもいいよ」
三上。
「……」
「また」
一拍.
「思い出せばいい」
◇
佐伯。
消える。
他。
全員。
消える。
最後。
神谷楓。
少女。
教室。
一人。
廉一郎。
「楓」
少女。
父を見る。
笑う。
声。
聞こえない。
でも。
廉一郎には。
分かったようだった。
「……そうか」
楓。
消える。
◇
0組。
空。
三十三席。
そして。
後ろ。
壁向きの椅子。
一つ。
それも。
消える。
床。
普通の。
地下室。
「終わった?」
美月。
悠真。
「たぶん」
美月。
「また“たぶん”?」
「この数日」
「絶対って言うと」
「だいたい何か起きるから」
「じゃあ」
「たぶんでいい」
◇
廉一郎。
立ち上がる。
司書の姿。
でも。
顔。
少し。
違って見える。
「あなた」
悠真。
「これから」
「どうするんですか」
「分かりません」
「身体」
「本当は誰の」
廉一郎。
少し笑う。
「それも」
「調べなければならない」
「もう」
「誰かを使わないでください」
「約束します」
悠真。
「信用できない」
「当然です」
◇
三上。
「警察」
「町」
「記録」
「全部」
「どうなる」
廉一郎。
「役割を削除したことで」
「過去の記録が」
「本来の状態へ戻るはずです」
「はず」
湊。
「また」
「申し訳ありません」
◇
朔。
「でも」
「一つ」
全員。
見る。
「三十三人目」
「何」
「今回」
「楓本人の記憶を」
「三十三人目にした」
「それで」
「三十四番は不要になった」
「そう」
「なら」
朔。
黒板。
消えた文字。
見る。
「最初の0組で」
一拍.
「三十三人目だったのは誰なんだろう」
◇
全員。
静かになる。
三上。
「楓?」
朔。
「違う」
「何で」
「PROJECT 33より」
「前」
「神谷廉一郎が」
「三十三人に楓の記憶を共有した」
「その最初の三十三人」
「楓本人を入れたら」
「三十四人になる」
廉一郎。
顔。
変わる。
「……」
悠真。
「どういうこと」
朔。
「先生」
「最初」
「何人集めたんですか」
廉一郎。
「三十三」
「楓を含めず?」
「……」
「はい」
朔。
「じゃあ」
「楓を含めたら」
一拍.
「最初から三十四人いた」
◇
十七年前。
三十三人目。
三十四番。
現在。
三十三人目。
三十四番。
ずっと。
一人。
多い。
悠真。
「三十三人目って」
「何なんだ」
朔。
「たぶん」
「三十三人目を作るために」
「一人消してたんじゃない」
「逆」
「何が」
朔。
「最初からいた三十四人目を 隠すために三十三人にしてた」
◇
廉一郎。
顔。
青ざめる。
「そんな」
「先生」
朔。
「最初の実験」
「楓の記憶を共有した三十三人」
「名前」
「残ってますか」
「……」
「あるはずです」
「どこ」
「研究所」
「でも」
廉一郎。
止まる。
「一人」
「思い出せない」
◇
「誰」
悠真。
「三十三人の中に」
廉一郎。
額。
押さえる。
「私が」
「入れていない人が」
「いた」
「何」
「実験の日」
「教室」
「人数を数えた」
「三十三人」
「でも」
「名簿は」
一拍.
「三十二人だった」
◇
悠真。
「また」
「同じ」
十七年前。
三十二人のクラス。
三十三人目。
現在。
繰り返し。
「じゃあ」
紗奈。
「神谷蓮より前から」
「三十三人目がいた」
朔。
「そう」
廉一郎。
「私は」
「その人物を」
「覚えていない」
「でも」
「PROJECT 33を始める前から」
一拍.
「誰かが実験に混ざっていた」
◇
校内放送。
突然。
鳴る。
全員。
止まる。
『――出席確認を行います』
悠真。
「0組」
廉一郎。
「違う」
「この声」
古い。
子供。
『一番』
沈黙。
『二番』
沈黙。
『三番』
数字。
続く。
『三十二番』
そして。
長い。
間。
『三十三番』
一人。
返事。
『はい』
声。
聞いたことがない。
でも。
悠真。
背中。
冷える。
『三十四番』
沈黙。
◇
壁。
消えたはずの黒板。
再び。
文字。
三十三人目 出席
次。
三十四人目 未登録
朔。
「違う」
「何が」
「これ」
顔。
強張る。
「終わってない」
◇
教室。
一番後ろ。
さっきまで。
何もなかった。
机。
一つ。
現れる。
椅子。
一人。
座っている。
男子。
高校生。
制服。
でも。
どの時代の制服でもない。
悠真。
「誰」
男子。
顔。
上げる。
見覚え。
ない。
胸。
名札。
空白。
朔。
小さく。
「君」
男子。
朔を見る。
「久しぶり」
◇
「知ってる?」
悠真。
朔。
「知らない」
「でも」
少年。
笑う。
「当然だよ」
「僕は」
一拍.
「忘れられる前提で作られた人間だから」
廉一郎。
立てない。
「お前は」
「先生」
「覚えてないでしょう」
「誰だ」
少年。
教室。
見渡す。
「神谷蓮」
「雨宮栞」
「高城悠真」
「神谷香織」
「全部」
「僕の後」
「何」
「僕を消した後」
一拍.
「代わりに作った役割だよ」
◇
悠真。
「じゃあ」
「神谷蓮より前」
「いた」
「そう」
「名前」
「ない」
「最初から?」
「違う」
少年。
「消された」
「誰に」
少年。
廉一郎を見る。
「この人に」
◇
廉一郎。
「私は」
「覚えていない」
「それが成功した証拠」
「何をした」
「僕を」
「最初の」
一拍.
「三十三人目にした」
◇
朔。
「最初の三十三人目」
「そう」
「そして」
「僕を消したあと」
「先生は」
「空いた場所へ」
「神谷蓮を作った」
悠真。
「神谷蓮は」
「楓を戻すためじゃ」
「それも本当」
「でも」
少年。
「もう一つ」
「目的があった」
「何」
「僕を」
一拍.
「完全に忘れるため」
◇
教室。
空気。
冷える。
「何で」
紗奈。
「あなたを忘れたかったの」
少年。
「僕が」
「覚えてたから」
「何を」
廉一郎。
震える。
「……楓が」
少年。
見る。
「そう」
◇
「楓は」
少年。
「最初から」
「消えたんじゃない」
全員。
止まる。
「何?」
廉一郎。
「娘は」
「記憶から消え始めた」
「違う」
少年。
「先生が」
「そう思い込んだ」
「……」
「本当は」
「楓は」
一拍.
「いなくなった」
◇
悠真。
「失踪?」
「そう」
「誰かに」
「連れていかれた?」
少年。
答えない。
「誰」
廉一郎。
「私の娘に」
「何があった」
少年。
初めて。
笑み。
消える。
「先生」
「あなたは」
「ずっと」
「楓を取り戻すために」
「記憶を研究した」
「でも」
「一番最初の記憶だけ」
一拍.
「自分で消した」
◇
「何を」
「楓が」
「いなくなった夜」
「先生は」
「僕と」
「楓と」
「三人でいた」
廉一郎。
「……」
「場所」
「この学校」
「まだ学校になる前」
「研究所」
「地下」
悠真。
「旧校舎0階」
「もっと下」
全員。
止まる。
「まだ」
「下がある?」
少年。
「ある」
「名前」
「第零保管室」
◇
朔。
「聞いたことない」
「君は入ったことがある」
「僕が?」
「でも」
「その記憶は」
「僕と一緒に消された」
悠真。
「そこに」
「楓の」
少年。
「本当の記録がある」
廉一郎。
「楓は」
「死んだのか」
少年。
長い。
沈黙。
「それを」
一拍.
「僕は見た」
◇
廉一郎。
少年へ。
一歩。
「教えろ」
「嫌だ」
「なぜ」
「また」
「同じことするから」
「私は」
「もう」
「違う?」
少年。
「本当に?」
廉一郎。
答えられない。
◇
少年。
悠真を見る。
「高城悠真」
「何」
「君なら」
「行ける」
「なんで」
「神谷蓮を」
「終わらせたから」
「……」
「役割の外へ」
「初めて」
「出た」
「だから」
「第零保管室の扉が」
「君には見える」
◇
悠真。
「どこ」
少年。
教室。
床。
指差す。
今まで。
何もなかった。
床板。
一本。
線。
ゆっくり。
四角。
形。
「扉」
美月。
「お兄ちゃん」
悠真。
「美月はここにいて」
「嫌」
「危ない」
「だから」
「私」
美月。
まっすぐ見る。
「三十四番でしょ」
「もう解除された」
「でも」
「私だけ」
「覚えられる」
少年。
「連れて行った方がいい」
悠真。
「なんで」
「第零保管室では」
一拍.
「記録が一切使えない」
「じゃあ」
「何で確認する」
少年。
「人の記憶だけ」
◇
美月。
「なら」
「私が必要」
悠真。
「……」
三上。
「俺も行く」
少年。
「無理」
「なぜ」
「第零保管室に入れるのは」
「三人だけ」
「誰」
少年。
一人目。
「役割から外れた人間」
悠真。
二人目。
「記憶アンカー」
美月。
三人目。
少年。
自分を指す。
「最初の三十三人目」
◇
悠真。
「お前の名前」
「思い出せる?」
少年。
「第零保管室へ行けば」
「たぶん」
「じゃあ」
「そこで」
「思い出す」
「うん」
朔。
「僕は」
「ここで待つ」
「いいの」
「僕が行くと」
「記憶が混ざるかもしれない」
紗奈。
「悠真」
「何」
「気をつけて」
「うん」
湊。
「戻って来いよ」
「お前も」
「俺ここにいるけど」
「そういう意味じゃない」
湊。
少し笑う。
「分かってる」
◇
床。
扉。
開く。
下。
真っ暗。
階段。
悠真。
美月。
少年。
三人。
降りる。
扉。
閉じる。
◇
そこから先。
学校ではなかった。
コンクリート。
古い研究施設。
照明。
ない。
美月のスマートフォン。
光。
壁。
数字。
0
廊下。
先。
鉄扉。
プレート。
第零保管室
悠真。
「これが」
少年。
「全部の最初」
◇
扉。
鍵。
ない。
悠真が触れる。
開く。
中。
小さな部屋。
机。
椅子。
ビデオデッキ。
テープ。
一つ。
ラベル。
神谷楓 最終記録
美月。
「これ」
悠真。
テープ。
入れる。
テレビ。
電源。
砂嵐。
そして。
映像。
◇
少女。
神谷楓。
写真と同じ。
でも。
少し。
大きい。
小学校高学年くらい。
隣。
若い神谷廉一郎。
そして。
もう一人。
男子。
今。
隣にいる少年。
「お前」
「うん」
映像。
少年。
楓。
笑っている。
『また撮ってるの?』
『記録だから』
『変なの』
廉一郎。
『楓』
『今日から少し実験をする』
『また?』
『記憶の実験だ』
◇
楓。
『私』
『別に消えてないよ』
悠真。
息。
止まる。
廉一郎。
『でも最近』
『先生も』
『近所の人も』
『君のことを忘れる』
『うん』
『怖くないのか』
『ちょっと』
楓。
笑う。
『でも』
『忘れたら』
『また自己紹介すればいいじゃん』
◇
悠真。
「最初から」
「楓は」
「分かってた」
少年。
「うん」
映像。
廉一郎。
『私は』
『君がいなくなるのが怖い』
『お父さん』
『大丈夫』
『大丈夫じゃない』
声。
強い。
楓。
少し。
悲しそう。
◇
映像。
次。
日付。
数日後。
研究室。
33人。
記憶実験。
楓。
その中心。
少年。
カメラ。
朔。
若い。
映像の外側。
そして。
突然。
停電。
ノイズ。
声。
『楓?』
『お父さん』
『動くな』
画面。
戻る。
楓。
いない。
◇
廉一郎。
『楓!』
全員。
探す。
扉。
開いている。
廊下。
誰も。
いない。
少年。
映像。
カメラ。
持つ。
『先生』
『何』
『楓』
『自分で』
『下へ行った』
廉一郎。
『どこへ』
『第零保管室』
◇
映像。
カメラ。
階段。
ここ。
今。
同じ。
扉。
開く。
中。
楓。
一人。
座っている。
その前。
古い装置。
悠真。
「これ」
現在。
部屋。
見る。
ない。
映像の中には。
ある。
大きな機械。
楓。
『お父さん』
『来ないで』
『何をしてる』
『これ』
『私の記憶』
◇
装置。
表示。
MEMORY RELEASE
悠真。
「緊急記憶解放」
同じ。
楓。
『みんな』
『私のこと忘れ始めてる』
『だから』
『私がいるせいで』
『変になってるんでしょ』
廉一郎。
『違う!』
『お父さん』
『私』
一拍.
『自分で消える』
◇
悠真。
言葉。
ない。
少年。
目。
閉じる。
美月。
「楓ちゃん」
映像。
廉一郎。
『やめろ!』
楓。
『死ぬんじゃないよ』
『何』
『私の記憶を』
『みんなから』
『少しだけ』
『離すだけ』
『そうしたら』
『みんな普通に戻れる』
廉一郎。
『君が忘れられる!』
『うん』
『それでいい』
◇
楓。
笑う。
『だって』
『お父さんが』
『ちょっと覚えててくれたら』
『それでいいから』
少年。
映像の中。
『僕も覚えてる』
楓。
『ありがとう』
◇
廉一郎。
娘。
止めようとする。
少年。
廉一郎を押さえる。
『先生!』
『離せ!』
『楓が決めたんだ!』
『楓!』
楓。
ボタン。
押す。
光。
映像。
白。
そして。
砂嵐。
◇
次。
映像。
少年。
一人。
カメラ。
向ける。
泣いている。
『楓はいなくなった』
『でも死んでない』
『記憶を』
『自分で分けた』
『先生は』
『覚えてる』
『僕も』
『覚えてる』
『それで』
『よかったはずだった』
◇
次。
映像。
数時間後。
廉一郎。
研究室。
狂ったように。
資料。
集める。
『楓を戻す』
少年。
『先生』
『やめて』
『楓を戻す』
『本人が望んでない!』
廉一郎。
『黙れ!』
◇
映像。
少年。
廉一郎へ。
『僕は反対する』
『なら』
廉一郎。
冷たい。
『君には』
一拍.
『忘れてもらう』
◇
悠真。
少年。
見る。
「お前」
少年。
「ここから」
「僕が消された」
映像。
廉一郎。
PROJECT。
新規。
対象。
少年。
三十三人目
『三十三人が』
『君を忘れれば』
『君の証言は』
『存在しなくなる』
少年。
『先生!』
『楓を』
『取り戻す』
廉一郎。
『そのためなら』
一拍.
『私は何人でも忘れる』
◇
映像。
終わる。
部屋。
静か。
美月。
「ひどい」
悠真。
「でも」
少年を見る。
「名前」
映像。
名札。
途中。
見えた。
「戻して」
テープ。
巻き戻す。
映像。
少年。
胸。
名札。
ぼやけている。
でも。
文字。
「……」
悠真。
読む。
最初。
桐
少年。
息。
止まる。
次。
桐島
そして。
下。
修司
◇
「……」
悠真。
「お前」
少年。
自分。
見る。
記憶。
戻る。
「僕」
頭。
押さえる。
「僕は」
「桐島修司」
◇
すべて。
繋がる。
桐島修司。
役割。
何代目か分からない。
現在の校長。
でも。
最初の桐島修司は。
ここにいる少年。
神谷廉一郎に。
忘れられた。
三十三人目。
「じゃあ」
悠真。
「今の校長は」
「僕の」
少年。
「名前を」
「役割として」
「引き継いだ人」
「何度も」
「桐島修司が」
「作られた」
◇
美月。
「じゃあ」
「最初の犯人は」
悠真。
「その言葉は使わない」
「……」
「でも」
見る。
映像。
神谷廉一郎。
「最初に」
「誰かを」
「意図的に忘れさせた人」
少年。
桐島修司。
「神谷廉一郎」
◇
でも。
悠真。
違和感。
「待って」
「何」
「タイトル」
美月。
「何?」
「昨日」
自分。
神谷蓮。
死んだ。
「昨日」
「俺を殺したのは」
「誰」
廉一郎。
ではない。
昨日。
神谷蓮人格を。
消した。
自分。
でも。
それも。
正しくない。
「昨日」
悠真。
「神谷蓮を」
「消そうと決めたの」
「誰」
少年。
「君」
「……」
「昨日の君」
◇
「俺が」
「うん」
「なぜ」
「それを」
少年。
「思い出さないと」
「最終的な答えにはならない」
悠真。
「記録」
「ある?」
「ここ」
少年。
部屋。
奥。
小さな箱。
見る。
「昨日」
「君が」
「第零保管室に」
「来た」
悠真。
「俺が?」
「神谷蓮として」
「一人で」
「何した」
少年。
「ビデオ」
もう一本。
箱。
ラベル。
2026年9月1日
悠真。
息。
止まる。
◇
テープ。
入れる。
映像。
昨日。
神谷蓮。
つまり。
悠真。
一人。
第零保管室。
カメラ。
自分で設置。
座る。
『もし』
『これを』
『明日の俺が見てるなら』
悠真。
画面。
見つめる。
『たぶん』
『全部忘れてる』
◇
映像の自分。
疲れている。
泣いた後。
『俺は』
『今日』
『神谷蓮が』
『人の名前じゃないって知った』
『それから』
『父さんのことも』
『母さんのことも』
『悠真のことも』
『全部』
『役割だったって知った』
悠真。
隣の美月。
見る。
『でも』
『役割だったからって』
『偽物じゃない』
『だから』
『神谷蓮を』
一拍.
『誰にも渡さない』
◇
「何」
悠真。
映像。
『原型にも』
『父さんにも』
『新しい俺にも』
『誰にも』
『神谷蓮を戻さない』
『この名前は』
『ここで終わらせる』
◇
悠真。
「俺」
昨日。
すでに。
決めていた。
『でも』
『俺が覚えていたら』
『神谷蓮は残る』
『俺自身が』
『一番強い記憶保持者だから』
だから。
『記憶を消す』
◇
悠真。
息。
止まる。
『桐島に頼んで』
『今日のことを』
『全部』
『忘れる』
『そして』
『明日の俺には』
『神谷蓮を』
『疑わせる』
最初の写真。
君は昨日、ここで死んだ。
『そうすれば』
『俺は』
『神谷蓮を』
一拍.
『自分で殺せる』
◇
悠真。
目。
見開く。
「俺が」
少年。
静か。
「そう」
「昨日」
「神谷蓮を」
「殺したのは」
「君」
◇
でも。
映像。
まだ続く。
『ただし』
『明日の俺へ』
『一つだけ』
『絶対に忘れるな』
悠真。
画面。
『神谷蓮を殺したのは』
『俺だけじゃない』
◇
悠真。
「……」
『神谷蓮を』
『作った人』
『神谷蓮を』
『覚えた人』
『神谷蓮を』
『必要とした町』
『そして』
『神谷蓮として』
『生きようとした俺』
『全員が』
『少しずつ』
一拍.
『神谷蓮を殺した』
◇
映像。
最後。
『だから』
『もし』
『明日の俺が』
『誰が犯人か』
『探してるなら』
『こう言ってやりたい』
悠真。
過去の自分。
カメラ。
見る。
少し。
笑う。
『犯人は一人じゃない』
『でも』
『最後に』
『神谷蓮を終わらせると決めたのは』
一拍.
『俺だ』
映像。
終わる。
◇
悠真。
何も。
言えない。
美月。
隣。
手。
握る。
「お兄ちゃん」
「……」
「大丈夫」
悠真。
笑う。
「今の俺」
「高城悠真」
「うん」
「神谷蓮じゃない」
「うん」
「でも」
悠真。
画面。
見る。
「神谷蓮だった俺も」
「俺」
「そうだよ」
◇
少年。
桐島修司。
「これで」
「答えの半分は」
「出た」
悠真。
「半分?」
「昨日」
「神谷蓮を」
「社会的に殺したのは」
「君」
「でも」
「最初に」
「神谷蓮を」
「作らなければならない世界を」
「作ったのは」
「神谷廉一郎」
「そして」
少年。
扉。
見る。
「まだ」
「一つだけ」
「分かってない」
「何」
少年。
「なぜ楓は 最初に人々から忘れられ始めたのか」
◇
悠真。
止まる。
すべての始まり。
神谷楓。
記憶から消え始めた。
それを。
廉一郎は。
異常現象だと思った。
でも。
原因。
まだ。
分かっていない。
「0組より前」
「PROJECT 33より前」
「何が」
「楓に」
少年。
「それを知ってる人が」
「一人だけいる」
「誰」
少年。
美月を見る。
「美月」
◇
「私?」
美月。
「なんで」
少年。
「Memory Anchor Project」
「M-01」
「君は」
「過去の改変を」
「受けにくい」
「でも」
「それだけじゃない」
「君の記憶には」
「PROJECT 33以前の」
一拍.
「最初の記憶が一つだけ入ってる」
◇
悠真。
「美月の中に」
「楓の」
「違う」
「じゃあ」
少年。
「神谷廉一郎が」
「最初に」
「消した記憶」
美月。
顔。
変わる。
「私」
「……」
「夢」
「ある」
「どんな」
「ずっと」
「小さい頃から」
「同じ夢」
◇
白い部屋。
少女。
神谷楓。
もう一人。
誰か。
言い争う声。
そして。
楓。
『私を忘れて』
男。
『できない』
楓。
『違う』
『そうじゃなくて』
一拍.
『私を忘れないと あの子が消える』
◇
悠真。
「誰」
美月。
頭。
押さえる。
「分かんない」
「顔」
「見えない」
「名前」
「……」
「一文字だけ」
「何」
美月。
ゆっくり。
口にする。
「三」
◇
三。
三十三。
三十四。
三上。
でも。
少年。
表情。
変わる。
「三上じゃない」
「何で」
「もっと古い」
「じゃあ」
美月。
「三……」
「何」
「三崎?」
少年。
息。
止まる。
◇
「知ってる?」
「……」
「朔が」
「最初に」
「僕へ」
「教えようとした名前」
「何」
「楓が」
「忘れられ始めた頃」
「いつも一緒にいた」
一人の少年。
「名前」
少年。
小さく。
「三崎透」
◇
悠真。
「そいつが」
「何」
「神谷楓が」
「自分より」
「守ろうとした人」
「そして」
少年。
顔。
青ざめる。
「PROJECT 33の名簿から 最初に消えた人」
◇
悠真。
「三十三人目」
「違う」
少年。
「三崎透は」
一拍.
「三十四人目だった」
◇
すべて。
また。
反転する。
三十四人目。
雨宮栞。
美月。
観測者。
外側の人間。
でも。
最初の三十四人目。
三崎透。
「じゃあ」
「楓が忘れられ始めたのは」
少年。
「三崎透を残すために 楓自身が自分の記憶を周囲から減らしていた可能性がある」
◇
悠真。
「自分で?」
「うん」
「なぜ」
「それを」
少年。
「最終章で」
言いかけて。
止まる。
「何」
「いや」
「第零保管室の」
「もう一つの記録を」
「見れば分かる」
◇
壁。
奥。
小さな金庫。
今まで。
なかった。
美月。
「これ」
近づく。
金庫。
数字。
33
その下。
34
悠真。
「開けられる?」
美月。
触れる。
カチ。
開く。
中。
一枚。
写真。
神谷楓。
少年。
三崎透。
二人。
並んでいる。
裏。
楓の字。
『もし私が消えても 透だけは忘れないで』
次。
『全部の始まりは 私じゃない』
そして。
最後。
『最初に消えたのは 三崎透』
◇
悠真。
写真。
見る。
「じゃあ」
「楓が」
「最初じゃない」
少年。
「そう」
「三崎透が」
「最初」
美月。
「でも」
「写真にいる」
「まだ」
「完全に消えてなかった時」
悠真。
「じゃあ」
「三崎透が」
「なぜ消えた」
写真。
裏。
さらに。
薄い文字。
『透を消したのは――』
続き。
傷。
読めない。
「また」
悠真。
少年。
「でも」
「今度は」
「名前じゃない」
「写真」
◇
表。
楓。
三崎透。
その後ろ。
鏡。
反射。
撮影者。
一人。
悠真。
拡大。
顔。
今まで。
何度も。
見た。
雨宮朔。
違う。
廉一郎。
違う。
桐島。
違う。
「……」
少年。
息。
止まる。
「あり得ない」
「誰」
美月。
「知ってる人?」
悠真。
写真。
見つめる。
撮影者。
高校生。
顔。
自分。
高城悠真。
いや。
神谷蓮として生きていた。
自分と。
同じ顔。
◇
写真。
何十年前。
悠真。
生まれていない。
でも。
そこにいる。
少年。
呟く。
「原型でもない」
「神谷蓮でもない」
「じゃあ」
悠真。
写真の人物。
胸元。
名札。
見えない。
でも。
裏。
楓の文字。
最後。
『透を消したのは 私たちの未来から来た人』
◇
悠真。
「未来?」
美月。
「時間?」
少年。
「0組」
「記憶だけじゃ」
「なかった」
悠真。
「どういう」
少年。
「未来の記憶が」
「過去へ」
「流れた」
「だから」
「写真」
「未来の写真」
何度も。
一分先。
翌日。
存在しない過去。
「時間を移動したんじゃない」
悠真。
「記憶が」
「過去に」
少年。
「そう」
「そして」
「その記憶から」
一拍.
「過去に人間が作られた」
◇
悠真。
写真の。
自分。
「じゃあ」
「最初の三崎透を消したのは」
少年。
「未来から流れた」
「神谷蓮の記憶」
◇
世界。
全部。
輪。
神谷蓮が生まれたのは。
楓を戻すため。
でも。
楓が忘れられ始めた原因に。
未来の神谷蓮が。
関わっている。
「原因と結果が」
悠真。
「逆」
少年。
「だから」
一拍.
「0組は終われなかった」
◇
始まりが。
終わりから。
作られている。
神谷蓮が存在するから。
神谷蓮を作る事件が起きる。
そして。
その事件が。
また神谷蓮を作る。
輪。
「なら」
美月。
「どうやって終わらせるの」
悠真。
写真。
見る。
未来の自分。
「これ」
「まだ」
「起きてない」
少年。
「たぶん」
「じゃあ」
悠真。
「この写真の俺が」
「過去へ記憶を送らなければ」
「三崎透は消えない」
「楓も」
「記憶を減らす必要がない」
「PROJECT 33も」
「始まらない?」
少年。
「理論上は」
◇
でも。
美月。
「それやったら」
「今の私たち」
悠真。
止まる。
PROJECT 33が。
始まらない。
神谷蓮。
生まれない。
高城悠真。
今の自分。
どうなる。
湊。
紗奈。
母。
父。
全部。
違う。
「今の世界」
「消える?」
少年。
「分からない」
悠真。
笑う。
「またそれ」
◇
少年。
「でも」
「一つだけ」
「何」
「今の君が」
「神谷蓮を終わらせたことで」
「未来の記憶が」
「過去へ送られる理由は」
「もう」
「弱くなってる」
「完全に止めるには」
「何する」
少年。
写真。
裏。
最後。
新しい文字。
いつの間に。
浮かぶ。
『九月五日 23時47分 屋上』
「明日」
悠真。
次。
『ここで最後の神谷蓮が生まれる』
◇
「最後の」
少年。
「そこへ行けば」
「未来から過去へ」
「記憶が送られる瞬間を」
「止められる」
悠真。
「止めたら」
「ループが」
「終わる」
「たぶん」
美月。
「またたぶん」
少年。
「ごめん」
◇
悠真。
写真。
握る。
九月五日。
23時47分。
屋上。
最後の神谷蓮。
そして。
今夜。
あと。
一日。
「戻ろう」
「うん」
「みんなに」
「話す」
◇
第零保管室。
出る前。
悠真。
振り返る。
テレビ。
消えている。
でも。
画面。
一瞬。
映る。
昨日の自分。
神谷蓮。
カメラ。
見る。
そして。
声。
『明日の俺へ』
「……」
『最後に一つ』
悠真。
立ち止まる。
『もし』
『全部思い出して』
『それでも』
『神谷蓮だった自分を』
『嫌いにならなかったら』
一拍.
『それで十分だ』
◇
映像。
消える。
悠真。
少し。
笑う。
「嫌いじゃないよ」
小さく。
「結構」
一拍.
「頑張ってたじゃん 俺」
美月。
「誰と話してるの」
「昨日の俺」
「変なの」
「うるさい」
◇
階段。
上。
0組。
戻る。
仲間。
待っている。
そして。
明日。
九月五日。
23時47分。
すべての始まりと。
すべての終わりが。
同じ屋上で。
つながる。
そこで。
悠真は。
最後の問いに答える。
昨日 神谷蓮を殺したのは誰なのか。
そして。
神谷蓮という存在は 本当に消えるべきだったのか。
答えを出した時。
十七年前どころか。
何十年も続いた0組の循環は。
ようやく。
終わる。
――最終章「昨日、僕を殺したのは誰ですか」へ続く。
夜明け前の町は、すでに朝の気配を帯び始めていた。
空の端には薄い青が滲み、家々の屋根や電線の輪郭が少しずつ見え始めている。けれど悠真には、それが本当にいつもの町なのか分からなかった。
たった数時間のうちに、自分の名前は神谷蓮から高城悠真へ戻り、隣を走る親友は高城悠真から結城湊へ戻った。雨宮栞だと思っていた少女は水城紗奈になり、母の本当の名前は雨宮香澄、父として記憶していた男は佐伯修一だった。
名前が変わっただけではない。
記憶の意味そのものが変わっていた。
それでも不思議なことに、悠真はまだ自分を自分だと思えていた。
高城悠真という名前を口にした時、それが借り物ではなく、自分の奥深くにずっと残っていたものだという感覚が確かにあった。それは、これまで神谷蓮として生きてきた十七年間を否定するものではなかった。
むしろ今の悠真には、二つの人生が重なって見えていた。
神谷蓮として過ごした時間も自分で、高城悠真として存在していた時間も自分だった。
どちらかを偽物と決めれば、また0組と同じことをする。
だから今は、どちらも自分だったと考えるしかない。
車の中で、誰もほとんど話さなかった。
三上が運転し、その隣には雨宮朔が座っている。後部座席には悠真、湊、紗奈が並び、悠真の手には神谷楓の記憶を保存した古いデジタルカメラが握られていた。
画面には、学校の図書室に座る美月の写真が残っている。
その背後には、これまで司書だと思っていた女性。
名札には、
神谷 楓
と書かれていた。
しかし朔は、あの人物を神谷廉一郎だと言った。
「本当に、あの司書が神谷廉一郎なんですか」
悠真が聞くと、朔はフロントガラスの向こうを見たまま答えた。
「少なくとも、僕が知っている神谷廉一郎と同じ記憶を持っている。今の身体が誰のものなのかまでは分からない」
「身体まで別なのか」
湊が低い声で言った。
「Kシリーズで人格を移せるなら、廉一郎自身も同じことを繰り返してきた可能性がある。僕が最後に本人の姿を見た時には、もう高齢だった。それから何十年も経っているのに、今も意思だけが残っているなら、何度も身体を変えていると考えた方が自然だ」
紗奈が窓の外を見ながら呟く。
「人が死ぬたびに名前が移るんじゃなくて……身体が変わるたびに、同じ人が続いてるってこと?」
「たぶん」
朔は答えた。
「でも、それを本当に“同じ人”って呼べるのかは僕にも分からない」
その言葉に、悠真は無意識に自分の胸元を押さえた。
それは自分にも同じことが言えた。
神谷蓮としての記憶を持ち、高城悠真という本来の名前を取り戻した今の自分は、昨日までの自分と同じなのか。
もし明日、記憶がもう一つ戻れば、その時の自分は今日の自分と同じなのか。
考え始めれば、答えはどこにもない。
だからこそ、悠真は一つだけ決めていた。
美月を助ける。
それだけは、名前が何であっても変わらなかった。
◇
学校へ着いたのは午前五時半を少し過ぎた頃だった。
校門は開いていた。
本来ならまだ誰もいないはずの時間なのに、昇降口には灯りがつき、校舎の中からは人の気配がする。
三上が車を降りながら眉をひそめた。
「誰かいる」
「先生たちじゃないですか」
「この時間には来ない」
悠真たちは昇降口へ向かった。
扉を開けた瞬間、全員が足を止めた。
廊下に人がいる。
一人や二人ではない。
生徒。
教師。
知らない大人。
制服の違う子供。
中には、どう見ても現在のものではない服を着た人間までいる。
昭和の学生服。
古いセーラー服。
昔の教師。
現在の生徒。
年代の違う人々が、同じ校舎の中を静かに歩いていた。
「何だよ……これ」
湊が声を失う。
その中の誰かが悠真の横を通った。
男子生徒。
十七歳ほど。
胸元の名札。
佐伯修一
悠真は思わず振り返った。
「父さん……?」
だが少年は悠真を見なかった。
そのまま階段を上がっていく。
三上も少年を見ていた。
「佐伯……」
声が震える。
しかし次の瞬間、別の少女が二人の間を通った。
名札。
神谷香織
そしてその後ろ。
別の少女。
雨宮栞
さらに。
高城悠真
神谷蓮
同じ名前を持つ人間が、一人ではない。
廊下の奥にも。
階段にも。
教室にも。
何人もいる。
朔が立ち止まり、ゆっくり息を吐いた。
「始まった」
「何が」
悠真が聞く。
「CYCLE 18の最終段階。これまでの循環で使われた人格と記憶を、一度全部この学校に集めてる」
「人間じゃないのか」
「完全な人間とは限らない。記憶が作った再現かもしれないし、過去の個体が一時的に復元されているのかもしれない」
「どっちにしても最悪だな」
湊が呟く。
悠真は周囲を見た。
何十年分もの「神谷蓮」や「雨宮栞」が、同じ校舎に存在している。
今まで一人分の席を奪い合っていた名前たちが、一度に外へ出てきている。
「美月はどこ」
「図書室」
紗奈。
「写真では」
三上が頷いた。
「急ごう」
◇
二階へ上がる途中で、校内放送が鳴った。
『おはようございます』
その声を聞いた瞬間、悠真の足が止まった。
司書の女性の声だった。
優しく穏やかな、何度も図書室で聞いた声。
『本日は特別授業を行います』
廊下にいた人々が、一斉に立ち止まる。
『対象者は全員、二年0組へ移動してください』
同時に。
数十人が動き出した。
方向。
旧体育館。
「0組へ行ってる」
紗奈。
『なお』
放送。
『三十三名の記憶保持者が確定しました』
悠真は息を呑んだ。
『残るのは三十四番のみです』
「美月」
悠真は走った。
◇
図書室の扉が開いている。
「美月!」
中には誰もいない。
椅子。
机。
写真に写っていた場所。
そこには紙が一枚だけ置かれていた。
三十四番は0組へ移動しました
「遅かった」
悠真 紙を握る。
「地下!」
湊「行こう」
全員が図書室を出ようとした時、朔だけが動かなかった。
「待って」
「何」
朔は司書カウンターを見ている。
そこに一冊。
古い出席簿。
悠真が戻る。
「何だ」
「これ」
朔が開く。
表紙。
二年0組
日付。
現在。
名簿。
三十三人。
「三十三人目」
紗奈が呟く。
「誰になってる?」
悠真たちは名簿を見る。
一番。
知らない名前。
二番。
知らない。
三番。
過去の人物。
現在の人物。
役割名。
本名。
混ざっている。
そして三十二番。
水城紗奈
三十三番。
高城悠真
「俺?」
悠真。
三上が名簿を見る。
「お前が三十三人目?」
朔。
「違う」
「何が」
「ここに書かれている三十三人は、普通のクラスの人数じゃない」
「じゃあ」
「神谷楓を復元するために必要な記憶の断片」
悠真。
「俺も材料?」
「今の君には、神谷蓮人格の一部だった記憶が残ってる」
悠真はデジタルカメラを見る。
「全部分解したはずじゃ」
「人格としては分解した。でも経験まで消したわけじゃない。君が神谷蓮として生きた記憶は君のものになってる」
つまり。
消せなかった。
いや。
消さなかった。
悠真は少しだけ安心した。
自分が高城悠真に戻ったからといって、神谷蓮として生きた日々まで嘘になるわけではない。
「でも三十四番は?」
湊。
名簿。
一番下。
別枠。
34 神谷美月
そして備考。
人格固定媒体
悠真の表情が変わった。
「やっぱり美月を器にする気だ」
朔。
「急ごう」
◇
旧体育館。
床下。
B1。
B2。
階段を降りるたび、校舎の様子が変わっていった。
B2へ着いた時、そこは以前の地下校舎ではなかった。
窓の向こう。
昼。
校庭。
しかし空には夕焼け。
廊下の時計。
23時47分。
壁掛けカレンダー。
九月一日。
「時間まで混ざってる」
三上。
「0組が過去の記憶を再構成してる」
朔。
廊下。
教室。
一組。
二組。
三組。
四組。
五組。
そして。
0組。
扉が開いている。
中。
人。
三十三人。
全員座っている。
年代も年齢も違う。
だが不思議と、一つのクラスのように見えた。
前。
黒板。
三十三名 出席
教壇。
司書。
いや。
神谷廉一郎。
その姿は女性のままだった。
「来ましたね」
穏やか。
いつもの司書の声。
悠真は教室へ入る。
「美月は」
「まだ無事です」
「どこ」
廉一郎が教室後方を見る。
壁に向けられた一つの椅子。
そこ。
美月。
座っている。
「美月!」
美月が振り向く。
「お兄ちゃん!」
悠真の胸。
少しだけ緩む。
「大丈夫か」
「うん。でも立てない」
美月の足元。
白い線。
0組の床に描かれた円。
外へ出ようとしても、見えない壁に阻まれているようだった。
「今助ける」
廉一郎が静かに言った。
「それは困ります」
悠真。
「困るのはこっちだ」
「分かっています」
「じゃあ放せ」
「できません」
◇
朔が前へ出る。
「先生」
司書。
その目が朔を見る。
表情。
ほんの少し。
変わる。
「朔」
「もうやめてください」
「何度も言われました」
「僕からも?」
「何度も」
「じゃあ」
「十八回も」
「なぜ続けた」
廉一郎は教室を見渡した。
「この中にいる人々を見なさい」
三十三人。
「全員」
「名前を失った」
「記憶を失った」
「家族を失った」
「僕の研究のせいです」
朔。
「なら終わらせるべきです」
「だから終わらせます」
「何?」
「今日」
廉一郎。
「すべてを一人へ戻します」
◇
悠真。
「楓に?」
「はい」
「みんな消して?」
「消しません」
「死亡記録を五件作っておいて?」
「死亡ではありません」
「社会的死亡なら同じだろ」
「違います」
廉一郎。
「役割から解放するだけです」
「そのために美月を楓にするのか」
「美月さんは最適です」
「人間を器みたいに言うな」
廉一郎。
少し黙る。
「あなたも」
「かつて器でした」
「知ってる」
「だから分かるはずです」
「何が」
「器にも」
一拍。
「新しい人生は生まれます」
◇
悠真の表情が変わる。
廉一郎。
「あなたは神谷蓮でした」
「でも今」
「高城悠真として立っている」
「それでも」
「神谷蓮としての記憶を持っている」
「……」
「なら」
「美月さんへ楓を移しても」
「美月さんが完全に消えるとは限らない」
悠真。
「限らない?」
声。
低くなる。
「分からないのにやるのか」
「必要です」
「何のために」
「楓を戻すため」
「それだけ?」
廉一郎。
黙る。
悠真。
「それだけなんだろ」
「何十年も」
「何百人も」
「名前変えて」
「家族変えて」
「町の記憶まで壊して」
「結局」
一拍.
「娘を取り戻したいだけだろ」
◇
教室。
静かになる。
廉一郎。
表情。
初めて。
苦しそうに見えた。
「そうです」
否定しなかった。
「私は」
「娘を忘れたくなかった」
「最初は」
「それだけでした」
「写真が消えた」
「記録が消えた」
「妻が」
「楓の名前を忘れた」
「学校の先生が」
「そんな生徒はいないと言った」
「最後には」
「私自身も」
声。
少し震える。
「娘の顔が思い出せなくなった」
◇
朔。
「だから僕を使った」
「君だけが覚えていたから」
「僕に何百枚も写真を撮らせた」
「そうです」
「三十三人に同じ記憶を植えつけた」
「そうです」
「その結果」
朔。
「神谷蓮が生まれた」
廉一郎。
「失敗でした」
「違う」
悠真。
廉一郎が見る。
「何が」
「神谷蓮が失敗じゃない」
「俺は」
「そいつとして生きた」
「美月と喧嘩して」
「湊と笑って」
「紗奈に助けられて」
「母さんに怒られて」
「父さんを覚えてた」
悠真。
「それ全部」
一拍.
「失敗じゃない」
◇
廉一郎。
何も言わない。
「架空の人格だったとしても」
「そこから生まれた俺の記憶は」
「本物だ」
「だから」
「楓を戻すために」
「誰かを楓へ変える必要なんてない」
廉一郎。
「楓は」
「もういないと言いたいのですか」
悠真。
「違う」
デジタルカメラ。
掲げる。
「ここにいる」
◇
廉一郎。
目。
写真。
画面。
神谷楓。
笑っている。
「記憶は全部ここに保存した」
「だから」
「誰かの体に入れなくても」
「楓は残ってる」
「それは」
「記録です」
「そうだ」
「人間ではない」
「だから何だよ」
悠真。
「お前が最初にやりたかったのは」
「楓を生き返らせることじゃなかった」
「忘れないことだったんだろ」
◇
廉一郎。
言葉。
出ない。
朔。
「先生」
「……」
「僕も」
「ずっと間違えてた」
廉一郎。
「朔」
「妹を戻したかった」
「何度も」
「今の紗奈を」
「昔の栞だと思おうとした」
「でも」
朔は紗奈を見る。
「違った」
紗奈。
目。
逸らさない。
「違う人だった」
「それでいい」
朔。
「妹を忘れたわけじゃない」
「今の紗奈を妹にしないだけ」
◇
三上。
「俺も」
教室。
三十三人の中。
佐伯修一の姿。
見る。
「十七年前」
「友達を忘れた」
「佐伯修一」
少年。
反応。
三上を見る。
少し。
笑う。
「でも」
「思い出した」
三上。
「全部じゃなくても」
「名前一つだけでも」
「それで十分だった」
◇
廉一郎。
「十分?」
三上。
「人間を」
「全部保存しようとしたから」
「おかしくなったんだ」
「顔」
「声」
「家族」
「性格」
「全部同じにしようとした」
「でも」
「人間の記憶なんて」
「最初から」
一拍.
「少しずつ違うものだ」
◇
廉一郎が笑った。
悲しい。
疲れた。
何十年も続けてきた人間の笑い方。
「それを」
「私は」
「認められなかった」
朔。
「先生」
「楓が」
「私の記憶の中と」
「妻の記憶の中で違った」
「私は」
「どちらかが間違っていると思った」
「だから」
「正しい楓を」
「一人」
「作ろうとした」
悠真。
「でも」
「正しい楓なんて」
「最初から一人じゃなかった」
廉一郎。
顔。
上げる。
「どういう意味です」
「楓本人は一人」
「でも」
「覚えてる楓は」
「三十三人分あった」
「全部」
「少しずつ違う」
「それを一つにまとめようとしたから」
「神谷蓮が生まれた」
◇
紗奈。
「記憶の違いは」
「間違いじゃない」
「それぞれが」
「その人を覚えてる形」
三上。
「だから」
「統一しなくていい」
廉一郎。
「……」
悠真。
「三十三人分」
「全部」
「別々に残せばいい」
◇
教室。
黒板。
突然。
文字。
統合処理を開始します
廉一郎。
「時間がありません」
「止めろ!」
悠真。
「私では」
「もう止められない」
「ROOT権限は」
「一部しか残っていません」
「誰が動かしてる」
「0組自身です」
◇
黒板。
三十三名 確認
三十四番 確認
美月。
足元。
円。
光。
「お兄ちゃん!」
「美月!」
悠真。
走る。
見えない壁。
弾かれる。
「くそっ!」
廉一郎。
「カメラを」
「何」
「楓の記憶を」
「システムへ」
「入れる?」
「違います」
「三十三人へ」
◇
悠真。
「三十三人に?」
「楓を一人へ戻すのではなく」
廉一郎。
「三十三人の記憶を」
「三十三人へ戻す」
朔。
顔。
変わる。
「逆同期」
「そうです」
「PROJECT 33の」
「本来の逆処理」
三上。
「できるのか」
「楓の記憶が」
「完全な形で分解保存されているなら」
「可能性はあります」
悠真。
「可能性ばっかだな」
「すみません」
「謝るくらいならやる」
◇
デジタルカメラ。
教卓。
接続口。
廉一郎。
「ここへ」
悠真が差す。
画面。
MEMORY SOURCE DETECTED
神谷楓。
画像。
三十三。
いや。
大量。
細かな断片。
「こんなに」
紗奈。
「一枚の写真じゃなかった?」
朔。
「写真の中に」
「記憶情報そのものが保存されてる」
廉一郎。
「私が作った技術です」
湊。
「今そこ自慢するとこじゃないだろ」
◇
画面。
統合
分散
二択。
悠真。
「分散」
押す。
対象人数 33
開始。
◇
一番。
少女。
昔の同級生。
記憶。
『楓は走るのが速かった』
二番。
教師。
『算数が苦手だった』
三番。
近所の女性。
『雨の日が好きだった』
四番。
父。
『朝はなかなか起きなかった』
五番。
友人。
『笑うと左のえくぼが出た』
それぞれ。
違う。
全部。
楓。
でも。
同じではない。
◇
悠真。
「これでいい」
廉一郎。
画面。
見る。
「……」
「これが」
悠真。
「楓だよ」
「一人の完璧な記録じゃなくて」
一拍.
「みんなの中に少しずつ違って残ってる楓」
◇
廉一郎。
手。
震える。
画面。
少女。
何種類もの笑顔。
何種類もの声。
何種類もの思い出。
「楓」
小さく。
呼ぶ。
◇
黒板。
統合エラー
人格固定対象を確認できません
美月。
足元。
光。
弱くなる。
「美月!」
円。
消える。
美月が立つ。
「お兄ちゃん!」
悠真。
走る。
美月。
抱きつく。
「怖かった」
「ごめん」
「遅い」
「ごめん」
◇
湊。
「成功?」
朔。
「まだ」
黒板。
文字。
三十三人目が不足しています
「は?」
三上。
「三十三人いるだろ」
教室。
数える。
一。
二。
三。
……
三十二。
「三十二?」
紗奈。
「さっき三十三いた」
空席。
一つ。
中央。
「誰が消えた」
◇
誰も。
分からない。
「いた」
悠真。
「ここ」
席。
「誰か」
三上。
「名前」
「思い出せない」
朔。
顔。
青ざめる。
「まずい」
「何」
「三十三人目は」
「楓の記憶を最も強く持っていた人」
廉一郎。
「誰」
朔。
答えない。
「朔」
廉一郎。
「君では?」
「僕はここにいる」
「じゃあ」
朔。
机。
触る。
「最初の」
「記憶保持者」
「……」
悠真。
「誰」
朔。
「楓自身」
◇
全員。
止まる。
「本人?」
「PROJECT 33の最初の三十三人には」
「楓本人の記憶も」
「含まれていた」
三上。
「自分が自分を覚える」
「そう」
朔。
「でも」
「楓本人はいない」
悠真。
「だから三十二で止まる」
「そう」
◇
黒板。
三十三人目を登録してください
次。
候補を検索
悠真。
「誰かを楓にする気か」
廉一郎。
「止めなければ」
候補。
表示。
神谷美月
「また美月!」
悠真。
美月を後ろへ。
次。
水城紗奈
次。
高城悠真
次。
雨宮朔
「候補」
朔。
「全員」
◇
廉一郎。
「一人」
「楓の記憶を」
「自分のものとして」
「持つ必要がある」
悠真。
「それじゃ同じだ」
「違う方法」
「ないのか」
朔。
「自分の記憶」
「何」
「楓が」
「自分自身について」
「残したもの」
「それを」
「三十三人目にすれば」
「人間じゃなくても」
「本人の記憶として」
「登録できるかもしれない」
悠真。
「どこにある」
朔。
古いデジタルカメラ。
「最後の写真」
◇
保存された楓の記憶。
最後。
少女。
カメラを見る。
笑う。
でも。
写真だけ。
音声。
ない。
悠真。
「これが?」
朔。
「裏」
カメラ。
画像情報。
詳細。
隠しデータ。
VOICE MEMO
再生。
少女の声。
『わたしは神谷楓』
廉一郎。
動けない。
『お父さんは忘れっぽいから』
『もし忘れたら』
『この写真見せてね』
少し笑う。
『でも』
『全部覚えてなくてもいいよ』
『わたしも』
『昨日の晩ごはん』
『もう忘れたから』
◇
誰も。
声。
出ない。
『お父さんが』
『わたしのこと』
『全部覚えてなくても』
『わたしのお父さんなら』
『それでいいよ』
廉一郎。
顔。
歪む。
『だから』
一拍.
『忘れても大丈夫』
◇
録音。
終わる。
廉一郎。
何十年も。
娘を忘れないため。
人間を作り。
記憶を壊し。
町を変え。
十八回。
同じ循環を繰り返した。
その娘本人は。
最初から。
言っていた。
忘れても大丈夫。
「楓……」
廉一郎。
膝。
つく。
「私は」
「何を」
「していたんだ」
◇
悠真。
音声。
システムへ。
登録。
三十三人目
名前。
神谷楓
種別。
本人記憶
確定。
◇
黒板。
三十三名 確認
三十四番 不要
美月。
項目。
消える。
「やった」
湊。
でも。
次。
文字。
CYCLE 18 終了処理
朔。
「まだ」
「何が」
旧役割を削除します
一覧。
神谷蓮。
神谷香織。
雨宮栞。
高城悠真。
観測者。
犯人。
「役割だけ」
紗奈。
「消す?」
朔。
「成功すれば」
◇
削除。
一つずつ。
神谷蓮 削除
悠真。
胸。
少し。
空白。
でも。
立っている。
神谷香織 削除
家。
母。
雨宮香澄。
雨宮栞 削除
紗奈。
目を閉じる。
高城悠真 役割データ削除
湊。
「俺は結城湊」
そして。
犯人 削除
教室。
一瞬。
空気。
変わる。
◇
三上。
「何か」
「軽くなった」
朔。
「町の」
「犯人役が」
「なくなった」
悠真。
「じゃあ」
「もう」
「誰かが事件の身代わりになることは」
「ない」
「たぶん」
◇
最後。
観測者
朔。
顔。
止まる。
削除しますか?
YES。
NO。
廉一郎。
朔を見る。
「朔」
「先生」
「君は」
「何十年も」
「楓を」
「そして」
「みんなを」
「覚えていてくれた」
朔。
「それが」
「僕の役割だった」
「でも」
廉一郎。
「役割ではなく」
「君自身は」
「何がしたい」
◇
朔。
初めて。
困った顔。
「分からない」
「ずっと」
「写真を撮ることしか」
「してこなかった」
紗奈。
「じゃあ」
「今から考えればいい」
朔。
見る。
「僕」
「何十年も17歳」
「それも」
「役割のせい?」
廉一郎。
「おそらく」
「観測者を消せば」
「歳を取る?」
「分かりません」
湊。
「何でも分かんねえな」
少し。
笑い。
◇
朔。
YES。
押す。
観測者 削除
一瞬。
朔の姿。
揺れる。
紗奈。
「朔!」
「大丈夫」
朔。
自分の手を見る。
「消えてない」
そして。
カメラ。
床。
落ちる。
今まで。
どこへ行っても。
必ず。
手元に戻ってきたカメラ。
戻らない。
「終わった」
朔。
小さく。
笑う。
◇
黒板。
すべて。
消える。
最後。
一行。
二年0組を閉鎖します
教室。
三十三人。
過去の人々。
一人ずつ。
薄くなる。
三上。
佐伯修一。
見る。
「佐伯」
少年。
三上を見る。
笑う。
「智也」
三上。
息。
止まる。
「覚えてたのか」
「今」
「思い出した」
三上。
涙。
「佐伯修一」
「うん」
「今度は」
「忘れない」
佐伯。
「忘れてもいいよ」
三上。
「……」
「また」
一拍.
「思い出せばいい」
◇
佐伯。
消える。
他。
全員。
消える。
最後。
神谷楓。
少女。
教室。
一人。
廉一郎。
「楓」
少女。
父を見る。
笑う。
声。
聞こえない。
でも。
廉一郎には。
分かったようだった。
「……そうか」
楓。
消える。
◇
0組。
空。
三十三席。
そして。
後ろ。
壁向きの椅子。
一つ。
それも。
消える。
床。
普通の。
地下室。
「終わった?」
美月。
悠真。
「たぶん」
美月。
「また“たぶん”?」
「この数日」
「絶対って言うと」
「だいたい何か起きるから」
「じゃあ」
「たぶんでいい」
◇
廉一郎。
立ち上がる。
司書の姿。
でも。
顔。
少し。
違って見える。
「あなた」
悠真。
「これから」
「どうするんですか」
「分かりません」
「身体」
「本当は誰の」
廉一郎。
少し笑う。
「それも」
「調べなければならない」
「もう」
「誰かを使わないでください」
「約束します」
悠真。
「信用できない」
「当然です」
◇
三上。
「警察」
「町」
「記録」
「全部」
「どうなる」
廉一郎。
「役割を削除したことで」
「過去の記録が」
「本来の状態へ戻るはずです」
「はず」
湊。
「また」
「申し訳ありません」
◇
朔。
「でも」
「一つ」
全員。
見る。
「三十三人目」
「何」
「今回」
「楓本人の記憶を」
「三十三人目にした」
「それで」
「三十四番は不要になった」
「そう」
「なら」
朔。
黒板。
消えた文字。
見る。
「最初の0組で」
一拍.
「三十三人目だったのは誰なんだろう」
◇
全員。
静かになる。
三上。
「楓?」
朔。
「違う」
「何で」
「PROJECT 33より」
「前」
「神谷廉一郎が」
「三十三人に楓の記憶を共有した」
「その最初の三十三人」
「楓本人を入れたら」
「三十四人になる」
廉一郎。
顔。
変わる。
「……」
悠真。
「どういうこと」
朔。
「先生」
「最初」
「何人集めたんですか」
廉一郎。
「三十三」
「楓を含めず?」
「……」
「はい」
朔。
「じゃあ」
「楓を含めたら」
一拍.
「最初から三十四人いた」
◇
十七年前。
三十三人目。
三十四番。
現在。
三十三人目。
三十四番。
ずっと。
一人。
多い。
悠真。
「三十三人目って」
「何なんだ」
朔。
「たぶん」
「三十三人目を作るために」
「一人消してたんじゃない」
「逆」
「何が」
朔。
「最初からいた三十四人目を 隠すために三十三人にしてた」
◇
廉一郎。
顔。
青ざめる。
「そんな」
「先生」
朔。
「最初の実験」
「楓の記憶を共有した三十三人」
「名前」
「残ってますか」
「……」
「あるはずです」
「どこ」
「研究所」
「でも」
廉一郎。
止まる。
「一人」
「思い出せない」
◇
「誰」
悠真。
「三十三人の中に」
廉一郎。
額。
押さえる。
「私が」
「入れていない人が」
「いた」
「何」
「実験の日」
「教室」
「人数を数えた」
「三十三人」
「でも」
「名簿は」
一拍.
「三十二人だった」
◇
悠真。
「また」
「同じ」
十七年前。
三十二人のクラス。
三十三人目。
現在。
繰り返し。
「じゃあ」
紗奈。
「神谷蓮より前から」
「三十三人目がいた」
朔。
「そう」
廉一郎。
「私は」
「その人物を」
「覚えていない」
「でも」
「PROJECT 33を始める前から」
一拍.
「誰かが実験に混ざっていた」
◇
校内放送。
突然。
鳴る。
全員。
止まる。
『――出席確認を行います』
悠真。
「0組」
廉一郎。
「違う」
「この声」
古い。
子供。
『一番』
沈黙。
『二番』
沈黙。
『三番』
数字。
続く。
『三十二番』
そして。
長い。
間。
『三十三番』
一人。
返事。
『はい』
声。
聞いたことがない。
でも。
悠真。
背中。
冷える。
『三十四番』
沈黙。
◇
壁。
消えたはずの黒板。
再び。
文字。
三十三人目 出席
次。
三十四人目 未登録
朔。
「違う」
「何が」
「これ」
顔。
強張る。
「終わってない」
◇
教室。
一番後ろ。
さっきまで。
何もなかった。
机。
一つ。
現れる。
椅子。
一人。
座っている。
男子。
高校生。
制服。
でも。
どの時代の制服でもない。
悠真。
「誰」
男子。
顔。
上げる。
見覚え。
ない。
胸。
名札。
空白。
朔。
小さく。
「君」
男子。
朔を見る。
「久しぶり」
◇
「知ってる?」
悠真。
朔。
「知らない」
「でも」
少年。
笑う。
「当然だよ」
「僕は」
一拍.
「忘れられる前提で作られた人間だから」
廉一郎。
立てない。
「お前は」
「先生」
「覚えてないでしょう」
「誰だ」
少年。
教室。
見渡す。
「神谷蓮」
「雨宮栞」
「高城悠真」
「神谷香織」
「全部」
「僕の後」
「何」
「僕を消した後」
一拍.
「代わりに作った役割だよ」
◇
悠真。
「じゃあ」
「神谷蓮より前」
「いた」
「そう」
「名前」
「ない」
「最初から?」
「違う」
少年。
「消された」
「誰に」
少年。
廉一郎を見る。
「この人に」
◇
廉一郎。
「私は」
「覚えていない」
「それが成功した証拠」
「何をした」
「僕を」
「最初の」
一拍.
「三十三人目にした」
◇
朔。
「最初の三十三人目」
「そう」
「そして」
「僕を消したあと」
「先生は」
「空いた場所へ」
「神谷蓮を作った」
悠真。
「神谷蓮は」
「楓を戻すためじゃ」
「それも本当」
「でも」
少年。
「もう一つ」
「目的があった」
「何」
「僕を」
一拍.
「完全に忘れるため」
◇
教室。
空気。
冷える。
「何で」
紗奈。
「あなたを忘れたかったの」
少年。
「僕が」
「覚えてたから」
「何を」
廉一郎。
震える。
「……楓が」
少年。
見る。
「そう」
◇
「楓は」
少年。
「最初から」
「消えたんじゃない」
全員。
止まる。
「何?」
廉一郎。
「娘は」
「記憶から消え始めた」
「違う」
少年。
「先生が」
「そう思い込んだ」
「……」
「本当は」
「楓は」
一拍.
「いなくなった」
◇
悠真。
「失踪?」
「そう」
「誰かに」
「連れていかれた?」
少年。
答えない。
「誰」
廉一郎。
「私の娘に」
「何があった」
少年。
初めて。
笑み。
消える。
「先生」
「あなたは」
「ずっと」
「楓を取り戻すために」
「記憶を研究した」
「でも」
「一番最初の記憶だけ」
一拍.
「自分で消した」
◇
「何を」
「楓が」
「いなくなった夜」
「先生は」
「僕と」
「楓と」
「三人でいた」
廉一郎。
「……」
「場所」
「この学校」
「まだ学校になる前」
「研究所」
「地下」
悠真。
「旧校舎0階」
「もっと下」
全員。
止まる。
「まだ」
「下がある?」
少年。
「ある」
「名前」
「第零保管室」
◇
朔。
「聞いたことない」
「君は入ったことがある」
「僕が?」
「でも」
「その記憶は」
「僕と一緒に消された」
悠真。
「そこに」
「楓の」
少年。
「本当の記録がある」
廉一郎。
「楓は」
「死んだのか」
少年。
長い。
沈黙。
「それを」
一拍.
「僕は見た」
◇
廉一郎。
少年へ。
一歩。
「教えろ」
「嫌だ」
「なぜ」
「また」
「同じことするから」
「私は」
「もう」
「違う?」
少年。
「本当に?」
廉一郎。
答えられない。
◇
少年。
悠真を見る。
「高城悠真」
「何」
「君なら」
「行ける」
「なんで」
「神谷蓮を」
「終わらせたから」
「……」
「役割の外へ」
「初めて」
「出た」
「だから」
「第零保管室の扉が」
「君には見える」
◇
悠真。
「どこ」
少年。
教室。
床。
指差す。
今まで。
何もなかった。
床板。
一本。
線。
ゆっくり。
四角。
形。
「扉」
美月。
「お兄ちゃん」
悠真。
「美月はここにいて」
「嫌」
「危ない」
「だから」
「私」
美月。
まっすぐ見る。
「三十四番でしょ」
「もう解除された」
「でも」
「私だけ」
「覚えられる」
少年。
「連れて行った方がいい」
悠真。
「なんで」
「第零保管室では」
一拍.
「記録が一切使えない」
「じゃあ」
「何で確認する」
少年。
「人の記憶だけ」
◇
美月。
「なら」
「私が必要」
悠真。
「……」
三上。
「俺も行く」
少年。
「無理」
「なぜ」
「第零保管室に入れるのは」
「三人だけ」
「誰」
少年。
一人目。
「役割から外れた人間」
悠真。
二人目。
「記憶アンカー」
美月。
三人目。
少年。
自分を指す。
「最初の三十三人目」
◇
悠真。
「お前の名前」
「思い出せる?」
少年。
「第零保管室へ行けば」
「たぶん」
「じゃあ」
「そこで」
「思い出す」
「うん」
朔。
「僕は」
「ここで待つ」
「いいの」
「僕が行くと」
「記憶が混ざるかもしれない」
紗奈。
「悠真」
「何」
「気をつけて」
「うん」
湊。
「戻って来いよ」
「お前も」
「俺ここにいるけど」
「そういう意味じゃない」
湊。
少し笑う。
「分かってる」
◇
床。
扉。
開く。
下。
真っ暗。
階段。
悠真。
美月。
少年。
三人。
降りる。
扉。
閉じる。
◇
そこから先。
学校ではなかった。
コンクリート。
古い研究施設。
照明。
ない。
美月のスマートフォン。
光。
壁。
数字。
0
廊下。
先。
鉄扉。
プレート。
第零保管室
悠真。
「これが」
少年。
「全部の最初」
◇
扉。
鍵。
ない。
悠真が触れる。
開く。
中。
小さな部屋。
机。
椅子。
ビデオデッキ。
テープ。
一つ。
ラベル。
神谷楓 最終記録
美月。
「これ」
悠真。
テープ。
入れる。
テレビ。
電源。
砂嵐。
そして。
映像。
◇
少女。
神谷楓。
写真と同じ。
でも。
少し。
大きい。
小学校高学年くらい。
隣。
若い神谷廉一郎。
そして。
もう一人。
男子。
今。
隣にいる少年。
「お前」
「うん」
映像。
少年。
楓。
笑っている。
『また撮ってるの?』
『記録だから』
『変なの』
廉一郎。
『楓』
『今日から少し実験をする』
『また?』
『記憶の実験だ』
◇
楓。
『私』
『別に消えてないよ』
悠真。
息。
止まる。
廉一郎。
『でも最近』
『先生も』
『近所の人も』
『君のことを忘れる』
『うん』
『怖くないのか』
『ちょっと』
楓。
笑う。
『でも』
『忘れたら』
『また自己紹介すればいいじゃん』
◇
悠真。
「最初から」
「楓は」
「分かってた」
少年。
「うん」
映像。
廉一郎。
『私は』
『君がいなくなるのが怖い』
『お父さん』
『大丈夫』
『大丈夫じゃない』
声。
強い。
楓。
少し。
悲しそう。
◇
映像。
次。
日付。
数日後。
研究室。
33人。
記憶実験。
楓。
その中心。
少年。
カメラ。
朔。
若い。
映像の外側。
そして。
突然。
停電。
ノイズ。
声。
『楓?』
『お父さん』
『動くな』
画面。
戻る。
楓。
いない。
◇
廉一郎。
『楓!』
全員。
探す。
扉。
開いている。
廊下。
誰も。
いない。
少年。
映像。
カメラ。
持つ。
『先生』
『何』
『楓』
『自分で』
『下へ行った』
廉一郎。
『どこへ』
『第零保管室』
◇
映像。
カメラ。
階段。
ここ。
今。
同じ。
扉。
開く。
中。
楓。
一人。
座っている。
その前。
古い装置。
悠真。
「これ」
現在。
部屋。
見る。
ない。
映像の中には。
ある。
大きな機械。
楓。
『お父さん』
『来ないで』
『何をしてる』
『これ』
『私の記憶』
◇
装置。
表示。
MEMORY RELEASE
悠真。
「緊急記憶解放」
同じ。
楓。
『みんな』
『私のこと忘れ始めてる』
『だから』
『私がいるせいで』
『変になってるんでしょ』
廉一郎。
『違う!』
『お父さん』
『私』
一拍.
『自分で消える』
◇
悠真。
言葉。
ない。
少年。
目。
閉じる。
美月。
「楓ちゃん」
映像。
廉一郎。
『やめろ!』
楓。
『死ぬんじゃないよ』
『何』
『私の記憶を』
『みんなから』
『少しだけ』
『離すだけ』
『そうしたら』
『みんな普通に戻れる』
廉一郎。
『君が忘れられる!』
『うん』
『それでいい』
◇
楓。
笑う。
『だって』
『お父さんが』
『ちょっと覚えててくれたら』
『それでいいから』
少年。
映像の中。
『僕も覚えてる』
楓。
『ありがとう』
◇
廉一郎。
娘。
止めようとする。
少年。
廉一郎を押さえる。
『先生!』
『離せ!』
『楓が決めたんだ!』
『楓!』
楓。
ボタン。
押す。
光。
映像。
白。
そして。
砂嵐。
◇
次。
映像。
少年。
一人。
カメラ。
向ける。
泣いている。
『楓はいなくなった』
『でも死んでない』
『記憶を』
『自分で分けた』
『先生は』
『覚えてる』
『僕も』
『覚えてる』
『それで』
『よかったはずだった』
◇
次。
映像。
数時間後。
廉一郎。
研究室。
狂ったように。
資料。
集める。
『楓を戻す』
少年。
『先生』
『やめて』
『楓を戻す』
『本人が望んでない!』
廉一郎。
『黙れ!』
◇
映像。
少年。
廉一郎へ。
『僕は反対する』
『なら』
廉一郎。
冷たい。
『君には』
一拍.
『忘れてもらう』
◇
悠真。
少年。
見る。
「お前」
少年。
「ここから」
「僕が消された」
映像。
廉一郎。
PROJECT。
新規。
対象。
少年。
三十三人目
『三十三人が』
『君を忘れれば』
『君の証言は』
『存在しなくなる』
少年。
『先生!』
『楓を』
『取り戻す』
廉一郎。
『そのためなら』
一拍.
『私は何人でも忘れる』
◇
映像。
終わる。
部屋。
静か。
美月。
「ひどい」
悠真。
「でも」
少年を見る。
「名前」
映像。
名札。
途中。
見えた。
「戻して」
テープ。
巻き戻す。
映像。
少年。
胸。
名札。
ぼやけている。
でも。
文字。
「……」
悠真。
読む。
最初。
桐
少年。
息。
止まる。
次。
桐島
そして。
下。
修司
◇
「……」
悠真。
「お前」
少年。
自分。
見る。
記憶。
戻る。
「僕」
頭。
押さえる。
「僕は」
「桐島修司」
◇
すべて。
繋がる。
桐島修司。
役割。
何代目か分からない。
現在の校長。
でも。
最初の桐島修司は。
ここにいる少年。
神谷廉一郎に。
忘れられた。
三十三人目。
「じゃあ」
悠真。
「今の校長は」
「僕の」
少年。
「名前を」
「役割として」
「引き継いだ人」
「何度も」
「桐島修司が」
「作られた」
◇
美月。
「じゃあ」
「最初の犯人は」
悠真。
「その言葉は使わない」
「……」
「でも」
見る。
映像。
神谷廉一郎。
「最初に」
「誰かを」
「意図的に忘れさせた人」
少年。
桐島修司。
「神谷廉一郎」
◇
でも。
悠真。
違和感。
「待って」
「何」
「タイトル」
美月。
「何?」
「昨日」
自分。
神谷蓮。
死んだ。
「昨日」
「俺を殺したのは」
「誰」
廉一郎。
ではない。
昨日。
神谷蓮人格を。
消した。
自分。
でも。
それも。
正しくない。
「昨日」
悠真。
「神谷蓮を」
「消そうと決めたの」
「誰」
少年。
「君」
「……」
「昨日の君」
◇
「俺が」
「うん」
「なぜ」
「それを」
少年。
「思い出さないと」
「最終的な答えにはならない」
悠真。
「記録」
「ある?」
「ここ」
少年。
部屋。
奥。
小さな箱。
見る。
「昨日」
「君が」
「第零保管室に」
「来た」
悠真。
「俺が?」
「神谷蓮として」
「一人で」
「何した」
少年。
「ビデオ」
もう一本。
箱。
ラベル。
2026年9月1日
悠真。
息。
止まる。
◇
テープ。
入れる。
映像。
昨日。
神谷蓮。
つまり。
悠真。
一人。
第零保管室。
カメラ。
自分で設置。
座る。
『もし』
『これを』
『明日の俺が見てるなら』
悠真。
画面。
見つめる。
『たぶん』
『全部忘れてる』
◇
映像の自分。
疲れている。
泣いた後。
『俺は』
『今日』
『神谷蓮が』
『人の名前じゃないって知った』
『それから』
『父さんのことも』
『母さんのことも』
『悠真のことも』
『全部』
『役割だったって知った』
悠真。
隣の美月。
見る。
『でも』
『役割だったからって』
『偽物じゃない』
『だから』
『神谷蓮を』
一拍.
『誰にも渡さない』
◇
「何」
悠真。
映像。
『原型にも』
『父さんにも』
『新しい俺にも』
『誰にも』
『神谷蓮を戻さない』
『この名前は』
『ここで終わらせる』
◇
悠真。
「俺」
昨日。
すでに。
決めていた。
『でも』
『俺が覚えていたら』
『神谷蓮は残る』
『俺自身が』
『一番強い記憶保持者だから』
だから。
『記憶を消す』
◇
悠真。
息。
止まる。
『桐島に頼んで』
『今日のことを』
『全部』
『忘れる』
『そして』
『明日の俺には』
『神谷蓮を』
『疑わせる』
最初の写真。
君は昨日、ここで死んだ。
『そうすれば』
『俺は』
『神谷蓮を』
一拍.
『自分で殺せる』
◇
悠真。
目。
見開く。
「俺が」
少年。
静か。
「そう」
「昨日」
「神谷蓮を」
「殺したのは」
「君」
◇
でも。
映像。
まだ続く。
『ただし』
『明日の俺へ』
『一つだけ』
『絶対に忘れるな』
悠真。
画面。
『神谷蓮を殺したのは』
『俺だけじゃない』
◇
悠真。
「……」
『神谷蓮を』
『作った人』
『神谷蓮を』
『覚えた人』
『神谷蓮を』
『必要とした町』
『そして』
『神谷蓮として』
『生きようとした俺』
『全員が』
『少しずつ』
一拍.
『神谷蓮を殺した』
◇
映像。
最後。
『だから』
『もし』
『明日の俺が』
『誰が犯人か』
『探してるなら』
『こう言ってやりたい』
悠真。
過去の自分。
カメラ。
見る。
少し。
笑う。
『犯人は一人じゃない』
『でも』
『最後に』
『神谷蓮を終わらせると決めたのは』
一拍.
『俺だ』
映像。
終わる。
◇
悠真。
何も。
言えない。
美月。
隣。
手。
握る。
「お兄ちゃん」
「……」
「大丈夫」
悠真。
笑う。
「今の俺」
「高城悠真」
「うん」
「神谷蓮じゃない」
「うん」
「でも」
悠真。
画面。
見る。
「神谷蓮だった俺も」
「俺」
「そうだよ」
◇
少年。
桐島修司。
「これで」
「答えの半分は」
「出た」
悠真。
「半分?」
「昨日」
「神谷蓮を」
「社会的に殺したのは」
「君」
「でも」
「最初に」
「神谷蓮を」
「作らなければならない世界を」
「作ったのは」
「神谷廉一郎」
「そして」
少年。
扉。
見る。
「まだ」
「一つだけ」
「分かってない」
「何」
少年。
「なぜ楓は 最初に人々から忘れられ始めたのか」
◇
悠真。
止まる。
すべての始まり。
神谷楓。
記憶から消え始めた。
それを。
廉一郎は。
異常現象だと思った。
でも。
原因。
まだ。
分かっていない。
「0組より前」
「PROJECT 33より前」
「何が」
「楓に」
少年。
「それを知ってる人が」
「一人だけいる」
「誰」
少年。
美月を見る。
「美月」
◇
「私?」
美月。
「なんで」
少年。
「Memory Anchor Project」
「M-01」
「君は」
「過去の改変を」
「受けにくい」
「でも」
「それだけじゃない」
「君の記憶には」
「PROJECT 33以前の」
一拍.
「最初の記憶が一つだけ入ってる」
◇
悠真。
「美月の中に」
「楓の」
「違う」
「じゃあ」
少年。
「神谷廉一郎が」
「最初に」
「消した記憶」
美月。
顔。
変わる。
「私」
「……」
「夢」
「ある」
「どんな」
「ずっと」
「小さい頃から」
「同じ夢」
◇
白い部屋。
少女。
神谷楓。
もう一人。
誰か。
言い争う声。
そして。
楓。
『私を忘れて』
男。
『できない』
楓。
『違う』
『そうじゃなくて』
一拍.
『私を忘れないと あの子が消える』
◇
悠真。
「誰」
美月。
頭。
押さえる。
「分かんない」
「顔」
「見えない」
「名前」
「……」
「一文字だけ」
「何」
美月。
ゆっくり。
口にする。
「三」
◇
三。
三十三。
三十四。
三上。
でも。
少年。
表情。
変わる。
「三上じゃない」
「何で」
「もっと古い」
「じゃあ」
美月。
「三……」
「何」
「三崎?」
少年。
息。
止まる。
◇
「知ってる?」
「……」
「朔が」
「最初に」
「僕へ」
「教えようとした名前」
「何」
「楓が」
「忘れられ始めた頃」
「いつも一緒にいた」
一人の少年。
「名前」
少年。
小さく。
「三崎透」
◇
悠真。
「そいつが」
「何」
「神谷楓が」
「自分より」
「守ろうとした人」
「そして」
少年。
顔。
青ざめる。
「PROJECT 33の名簿から 最初に消えた人」
◇
悠真。
「三十三人目」
「違う」
少年。
「三崎透は」
一拍.
「三十四人目だった」
◇
すべて。
また。
反転する。
三十四人目。
雨宮栞。
美月。
観測者。
外側の人間。
でも。
最初の三十四人目。
三崎透。
「じゃあ」
「楓が忘れられ始めたのは」
少年。
「三崎透を残すために 楓自身が自分の記憶を周囲から減らしていた可能性がある」
◇
悠真。
「自分で?」
「うん」
「なぜ」
「それを」
少年。
「最終章で」
言いかけて。
止まる。
「何」
「いや」
「第零保管室の」
「もう一つの記録を」
「見れば分かる」
◇
壁。
奥。
小さな金庫。
今まで。
なかった。
美月。
「これ」
近づく。
金庫。
数字。
33
その下。
34
悠真。
「開けられる?」
美月。
触れる。
カチ。
開く。
中。
一枚。
写真。
神谷楓。
少年。
三崎透。
二人。
並んでいる。
裏。
楓の字。
『もし私が消えても 透だけは忘れないで』
次。
『全部の始まりは 私じゃない』
そして。
最後。
『最初に消えたのは 三崎透』
◇
悠真。
写真。
見る。
「じゃあ」
「楓が」
「最初じゃない」
少年。
「そう」
「三崎透が」
「最初」
美月。
「でも」
「写真にいる」
「まだ」
「完全に消えてなかった時」
悠真。
「じゃあ」
「三崎透が」
「なぜ消えた」
写真。
裏。
さらに。
薄い文字。
『透を消したのは――』
続き。
傷。
読めない。
「また」
悠真。
少年。
「でも」
「今度は」
「名前じゃない」
「写真」
◇
表。
楓。
三崎透。
その後ろ。
鏡。
反射。
撮影者。
一人。
悠真。
拡大。
顔。
今まで。
何度も。
見た。
雨宮朔。
違う。
廉一郎。
違う。
桐島。
違う。
「……」
少年。
息。
止まる。
「あり得ない」
「誰」
美月。
「知ってる人?」
悠真。
写真。
見つめる。
撮影者。
高校生。
顔。
自分。
高城悠真。
いや。
神谷蓮として生きていた。
自分と。
同じ顔。
◇
写真。
何十年前。
悠真。
生まれていない。
でも。
そこにいる。
少年。
呟く。
「原型でもない」
「神谷蓮でもない」
「じゃあ」
悠真。
写真の人物。
胸元。
名札。
見えない。
でも。
裏。
楓の文字。
最後。
『透を消したのは 私たちの未来から来た人』
◇
悠真。
「未来?」
美月。
「時間?」
少年。
「0組」
「記憶だけじゃ」
「なかった」
悠真。
「どういう」
少年。
「未来の記憶が」
「過去へ」
「流れた」
「だから」
「写真」
「未来の写真」
何度も。
一分先。
翌日。
存在しない過去。
「時間を移動したんじゃない」
悠真。
「記憶が」
「過去に」
少年。
「そう」
「そして」
「その記憶から」
一拍.
「過去に人間が作られた」
◇
悠真。
写真の。
自分。
「じゃあ」
「最初の三崎透を消したのは」
少年。
「未来から流れた」
「神谷蓮の記憶」
◇
世界。
全部。
輪。
神谷蓮が生まれたのは。
楓を戻すため。
でも。
楓が忘れられ始めた原因に。
未来の神谷蓮が。
関わっている。
「原因と結果が」
悠真。
「逆」
少年。
「だから」
一拍.
「0組は終われなかった」
◇
始まりが。
終わりから。
作られている。
神谷蓮が存在するから。
神谷蓮を作る事件が起きる。
そして。
その事件が。
また神谷蓮を作る。
輪。
「なら」
美月。
「どうやって終わらせるの」
悠真。
写真。
見る。
未来の自分。
「これ」
「まだ」
「起きてない」
少年。
「たぶん」
「じゃあ」
悠真。
「この写真の俺が」
「過去へ記憶を送らなければ」
「三崎透は消えない」
「楓も」
「記憶を減らす必要がない」
「PROJECT 33も」
「始まらない?」
少年。
「理論上は」
◇
でも。
美月。
「それやったら」
「今の私たち」
悠真。
止まる。
PROJECT 33が。
始まらない。
神谷蓮。
生まれない。
高城悠真。
今の自分。
どうなる。
湊。
紗奈。
母。
父。
全部。
違う。
「今の世界」
「消える?」
少年。
「分からない」
悠真。
笑う。
「またそれ」
◇
少年。
「でも」
「一つだけ」
「何」
「今の君が」
「神谷蓮を終わらせたことで」
「未来の記憶が」
「過去へ送られる理由は」
「もう」
「弱くなってる」
「完全に止めるには」
「何する」
少年。
写真。
裏。
最後。
新しい文字。
いつの間に。
浮かぶ。
『九月五日 23時47分 屋上』
「明日」
悠真。
次。
『ここで最後の神谷蓮が生まれる』
◇
「最後の」
少年。
「そこへ行けば」
「未来から過去へ」
「記憶が送られる瞬間を」
「止められる」
悠真。
「止めたら」
「ループが」
「終わる」
「たぶん」
美月。
「またたぶん」
少年。
「ごめん」
◇
悠真。
写真。
握る。
九月五日。
23時47分。
屋上。
最後の神谷蓮。
そして。
今夜。
あと。
一日。
「戻ろう」
「うん」
「みんなに」
「話す」
◇
第零保管室。
出る前。
悠真。
振り返る。
テレビ。
消えている。
でも。
画面。
一瞬。
映る。
昨日の自分。
神谷蓮。
カメラ。
見る。
そして。
声。
『明日の俺へ』
「……」
『最後に一つ』
悠真。
立ち止まる。
『もし』
『全部思い出して』
『それでも』
『神谷蓮だった自分を』
『嫌いにならなかったら』
一拍.
『それで十分だ』
◇
映像。
消える。
悠真。
少し。
笑う。
「嫌いじゃないよ」
小さく。
「結構」
一拍.
「頑張ってたじゃん 俺」
美月。
「誰と話してるの」
「昨日の俺」
「変なの」
「うるさい」
◇
階段。
上。
0組。
戻る。
仲間。
待っている。
そして。
明日。
九月五日。
23時47分。
すべての始まりと。
すべての終わりが。
同じ屋上で。
つながる。
そこで。
悠真は。
最後の問いに答える。
昨日 神谷蓮を殺したのは誰なのか。
そして。
神谷蓮という存在は 本当に消えるべきだったのか。
答えを出した時。
十七年前どころか。
何十年も続いた0組の循環は。
ようやく。
終わる。
――最終章「昨日、僕を殺したのは誰ですか」へ続く。



