第八章 死亡記録
『あなたの母親は 十七年前に死亡しています』
スマートフォンの画面に表示されたその文字を 蓮は何度も読み返した。
意味は変わらない。
母――神谷香織。
十七年前に死亡。
「……嘘だろ」
声に出しても 文字は消えなかった。
「蓮 大丈夫か」
悠真が隣から覗き込む。
「大丈夫なわけないだろ。母さんが十七年前に死んでるって書いてあるんだぞ」
けれど母は今夜も家にいた。
美月を抱きしめていた。
蓮とも話していた。
確かに触れられる生きた人間だった。
「じゃあ 今の母さんは誰なんだよ」
蓮は暗い校舎を見上げた。
校長室の窓には まだ黒いファイルが見えていた。
表紙には一言。
死亡記録
三上がゆっくり息を吐く。
「行こう。あの記録を確認する」
「罠かもしれないよ」
栞が言う。
「それでも今は見るしかない」
蓮は頷いた。
◇
屋上から校舎へ戻る。
深夜の廊下は妙に静かだった。
二年一組。
二年二組。
二年三組。
すべての教室の扉が開いている。
そして黒板には 同じ言葉が書かれていた。
欠席者 一名
「誰のことだ」
悠真が呟く。
栞が自分を指す。
「たぶん私」
だが二年三組だけは違った。
黒板に書かれていたのは
神谷香織
蓮は足を止めた。
「母さん……」
三上が教室の中を見つめる。
「香織はこのクラスだった」
「思い出したんですか」
「ああ。十七年前 俺と同じ二年三組だった」
三上は窓側の席を指した。
「前から三番目。そこが香織の席だった」
しかし今 その場所に机はない。
まるで最初から誰も座っていなかったように。
栞が小さく言った。
「私が消えた時と同じだ」
◇
校長室の扉には鍵がかかっていた。
三上の職員用キーでは開かない。
「これ使ってみるか」
悠真がポケットから B2・0 の鍵を取り出す。
形はまるで違う。
それでも鍵は差し込めた。
ガチャ。
扉が開く。
悠真は顔をしかめた。
「もう鍵っていうより何でも開けるカードじゃん」
三上は真剣な表情で言う。
「たぶん本当にそうなんだ。これは鍵じゃない。0組へアクセスするための許可証なんだ」
校長室には誰もいなかった。
中央の机。
その上に黒いファイル。
その横には一枚の写真が置かれていた。
栞が先に気づく。
「待って」
「何」
「これ……今の私たちだよ」
写真には校長室に立つ蓮 悠真 栞 三上が写っている。
撮影者はいない。
それでも確かに 今この瞬間が撮影されていた。
「また見られてる」
「写真は後だ」
蓮は黒いファイルへ手を伸ばした。
そして開く。
◇
最初のページ。
死亡記録 No.0001
氏名
神谷香織
死亡日
十七年前 九月三日
死亡時刻
23時47分
死亡場所
学校屋上
「本当に……」
栞の声が震えた。
三上がその下を見る。
「死亡確認者 桐島修司」
そしてさらに下。
記録作成者 神谷香織
悠真が目を見開く。
「自分で自分の死亡記録を書いた?」
蓮は作成時刻を見る。
九月四日 00時18分
「00時18分……」
昨日 防犯カメラに映った神谷蓮が学校を出た時刻と同じだった。
23時47分。
00時18分。
何度も出てくる数字。
「まだある」
栞が備考欄を読む。
そこにはこう書かれていた。
死亡は身体状態を示すものではない
続けて
本記録における死亡とは 社会的存在の終了を意味する
悠真が眉をひそめる。
「社会的存在?」
三上が答える。
「誰からも認識されなくなるってことだ」
つまり十七年前 神谷香織は身体的に亡くなったわけではない。
記録から消され
家族から忘れられ
学校から消えた。
社会の中でだけ 死亡した。
蓮は次の行を読む。
肉体状態 生存
「生きてた」
栞が息を吐く。
だがその下。
社会記録 削除
家族記憶 削除
学校記録 削除
本人自己認識 不安定
そして最後。
代替人格移行 承認
悠真が顔をしかめる。
「代替人格って何だ」
移行先には
K-04
と書かれていた。
◇
後ろのページには一覧があった。
K SERIES
K-00
K-01
K-02
K-03
K-04
蓮が K-00 を開く。
写真。
見覚えのある少年。
「原型」
SUBJECT 00。
名前を持たない少年。
K-01 は別の男子。
K-02 は女子。
K-03 は成人男性。
そして K-04。
写真に写っていたのは 若い神谷香織だった。
「母さん……」
説明欄。
Kシリーズ 記憶固定用人格容器
「人格容器……」
悠真が嫌そうに呟く。
さらに読む。
PROJECT 33により生成された共有人格を 実在する被験者へ固定するための実験群
栞が蓮を見る。
「神谷蓮だけじゃなく 他の人格も移してたってこと?」
三上が頷く。
「そう見える」
K-04。
移行人格。
神谷香織
元人格。
削除
蓮の喉が乾いた。
「じゃあ今の母さんは……神谷香織って人格を入れられた別人?」
三上はすぐには答えなかった。
「少なくとも この記録だけを見るならそうなる」
◇
栞がページの隅を指した。
「K-04って移行された時 何歳?」
被験者年齢。
17歳
三上が写真を見た瞬間 顔色を変える。
「この子……知ってる」
「誰ですか」
「同じクラスだった」
「名前は?」
三上が言おうとする。
しかし出ない。
元氏名は黒く消されていた。
ただ名字の最初だけ。
雨
栞の表情が変わる。
「雨宮?」
復元欄を開く。
表示された文字は
雨宮香――
そこで消えていた。
「香……」
蓮が呟く。
三上が突然 額を押さえる。
「違う」
「先生?」
「思い出した。十七年前 雨宮栞には姉がいた」
栞が息を止める。
「私に……姉?」
「今の君じゃない。十七年前の雨宮栞にだ」
「その人が K-04?」
「たぶん」
つまり今の神谷香織の身体は
十七年前の雨宮栞の姉だった可能性がある。
◇
K-04 の経過記録。
移行後 被験者は神谷香織として安定
旧人格に関する記憶はほぼ消失
ただし
額部の傷跡を刺激として 旧人格記憶が再浮上する傾向あり
蓮はすぐに理解した。
「傷だ」
栞も頷く。
「お母さんの額の傷」
傷が現れた時 母は美月を思い出した。
十七年前のことも思い出した。
「じゃあ傷のある母さんと 普段の母さんは別人じゃない」
蓮が言う。
「同じ身体の中で 古い人格が表に出てた」
「たぶんな」
三上が答えた。
次。
人格安定条件
1 神谷香織として認識する家族を形成
2 長期間の生活記憶を蓄積
3 原人格との接触を避ける
そして
家族構成割当
夫
神谷蓮
子
神谷蓮
子
神谷美月
悠真が小さく息を吐く。
「夫も息子も神谷蓮……」
「時期が違うんだ」
蓮。
「父さんが神谷蓮だった。その名前が俺に移った」
その時も母だけは
神谷香織として家族の中心に残った。
◇
美月の項目。
血縁関係 なし
蓮の表情が止まった。
「……なし?」
Kシリーズとの血縁関係なし
そして
出自 M-01
三上が別ページを開く。
M SERIES
正式名称。
Memory Anchor Project
記憶改変の影響を受けにくい観測者を育成する計画。
M-01。
写真。
乳児。
後から与えられた名前。
神谷美月
「美月が……観測者?」
蓮は原型の少年の言葉を思い出す。
この子がいないと全員戻れない
M-01 の目的。
0組による大規模記憶修正時にも 元の記憶を部分的に保持する
だから美月は
母が夜勤だった記憶と 家にいた記憶の違いに気づいた。
蓮が夜中に外へ出たことも覚えていた。
そして最後。
三十四番候補として育成
「やっぱり」
栞が呟く。
「私が消えたら 美月が次の三十四番になる」
蓮は拳を握った。
「人を何だと思ってるんだよ」
雨宮栞。
美月。
父。
母。
自分。
全部。
名前ではなく
役割でしか見られていない。
◇
次のページ。
死亡記録 No.0002
氏名。
削除。
年齢 17。
死亡日。
十七年前 九月四日。
「香織の翌日」
三上がページをめくる。
顔写真。
一人の男子。
その瞬間 三上の顔が変わった。
「こいつ……」
「先生?」
「俺の友達だ」
十七年前。
三上と0組へ来た男子。
ずっと名前が思い出せなかった人物。
「名前は?」
「もう少し……」
死亡記録の作成者。
また
神谷香織
蓮が言う。
「母さんが全部の死亡記録を作ってた?」
三上は首を振った。
「正確には 神谷香織という役割を与えられたK-04が記録係だったんだと思う」
記録係。
それもまた役割。
だから香織は十七年前のことを知っていた。
記録した本人だったから。
ただし後からその記憶まで消された。
◇
No.0002。
肉体状態。
生存
人格移行先。
K-05
K-05 を開く。
成人男性。
蓮はすぐに気づいた。
「この人……警察が見せた四十六歳の神谷蓮」
三上も固まる。
「俺の友達が 後の神谷蓮になった?」
蓮が先生を見る。
「つまり父さんは……」
三上の声が震える。
「俺の友達だった」
蓮は言葉を失った。
父。
神谷蓮。
その前は別の名前。
「先生」
「本当の名前 思い出せませんか」
三上は目を閉じる。
教室。
放課後。
笑い声。
屋上。
少年。
「さ……」
以前と同じ。
「佐……」
そして。
「佐伯」
蓮が息を呑む。
三上の目から涙が落ちた。
「佐伯修一」
その瞬間。
死亡記録の黒い部分が消えた。
氏名。
佐伯修一
「戻った」
栞。
「先生が思い出したから 記録が戻った」
◇
同時に警告。
原氏名復元を検知
K-05人格固定率低下
K-05。
神谷蓮。
その下。
佐伯修一
蓮の学生証が床へ落ちる。
神谷蓮
文字が薄くなっていた。
「神谷君」
「大丈夫」
蓮は学生証を拾う。
「佐伯修一が父さんの本当の名前なら 忘れちゃダメだ」
「でもお前が」
三上。
「いいです」
蓮は先生を見る。
「父さんを思い出してくれて ありがとうございます」
三上は何も言えなかった。
◇
記憶保持人数。
佐伯修一 1
三上だけ。
栞が写真を見る。
「佐伯修一」
数字。
2。
悠真。
「俺も覚えた」
3。
蓮。
「佐伯修一」
4。
「三十三人まで増やせば」
栞が言う。
「お父さんを元の名前で戻せるかもしれない」
「私と同じ方法」
「ああ」
蓮は頷いた。
◇
だが死亡記録はまだ続いていた。
十七年前。
7件。
十四年前。
3件。
十二年前。
4件。
九年前。
8件。
そして現在。
死亡予定 5件
「五人?」
現在の予定者。
1 雨宮栞
2 高城悠真
3 神谷蓮
4 神谷美月
5 神谷香織
蓮の顔が強張った。
「母さんまで」
三上が一覧を見る。
「今回 関係者を全部整理する気なんだ」
実行項目。
一括統合処理
承認者。
桐島修司
作成者。
空白。
「誰が死亡記録を作ってる」
蓮。
三上が答える。
「そこが一番重要だ」
◇
黒いファイルの最後。
封筒。
死亡記録作成者へ
中には古い手紙。
香織へ
君がこの手紙を読んでいるなら また死亡記録を書かされている
覚えていないと思うが 君は最初の記録係ではない
続く一文。
神谷香織という名前も役割名だ
蓮の手が止まる。
「母さんの名前まで……」
手紙には役割が整理されていた。
神谷蓮=記憶される存在
神谷香織=記録する存在
雨宮栞=覚えておく存在
高城悠真=分割された記憶を運ぶ存在
三十四番=すべてを外側から観測する存在
そして
もう一つだけ役割がある
犯人
◇
悠真が手紙を見る。
「犯人って……」
続き。
犯人とは事件を起こす者ではない
記憶と記録が矛盾した時 その矛盾を一人で引き受ける役割である
栞。
「身代わり」
「そういうことだ」
三上。
犯人役を一人作れば 他の全員は矛盾を忘れることができる
そのために この町は犯人を必要とする
蓮はゆっくり手紙を握る。
「だから毎回 誰かが犯人にされる」
最後。
ただし 本当の事件を起こしている者は別にいる
その先。
本当の実行者は――
そこだけ破られている。
「またかよ」
悠真。
だが次の文章は残っていた。
その人物は 神谷蓮でも 神谷香織でも 雨宮栞でも 高城悠真でもない
最初から一度も 0組の名簿に載っていない人間
蓮は思い出す。
写真。
防犯カメラ。
記録の外にいる撮影者。
「全部同じ人物だ」
◇
手紙の最後。
その人を探したいなら 死亡記録の時刻を見ろ
死亡時刻。
23時47分。
何度も。
何度も。
同じ。
十七年前。
現在。
さらに古い記録。
PROJECT 33。
実験開始 11時47分
異常発生 23時47分
三上が眉をひそめる。
「十二時間後」
異常内容。
観測者一名が名簿外へ移行
「観測者?」
栞。
さらに下。
三十四番とは別
悠真が呟く。
「じゃあ三十五人目みたいな存在?」
氏名。
空白。
所属。
空白。
年齢。
空白。
写真。
なし。
ただ備考。
以後 全記録写真に同一観測者と思われる像を確認
添付写真。
昭和の研究室。
神谷廉一郎。
原型。
研究員。
そしてガラスの奥。
一人。
カメラを持った少年。
「この人」
蓮。
次。
十七年前の集合写真。
水たまり。
同じ人物。
九年前。
失踪記事の背景。
同じ人物。
昨日の屋上。
写真の端。
同じ人物。
「ずっと」
栞。
「この人が写真を撮ってる」
三上が写真を並べる。
「年齢が変わってない」
高校生くらい。
何十年も。
◇
その時 校長室の固定電話が鳴った。
蓮が受話器を取る。
「もしもし」
『死亡記録を読みましたね』
「桐島」
『はい』
「どこにいる」
『校内です』
「出てこい」
『その前に一つ』
「何」
『記録を信じすぎないでください』
蓮は顔をしかめる。
「死亡記録も嘘なのか」
『一部』
「どこが」
『神谷香織さんについてです』
「母さんは十七年前に社会的に死亡した」
『そこは事実です』
「K-04へ人格を移した」
『それも事実です』
「じゃあ今の母さんは別人の体なんだろ」
沈黙。
『そこが違います』
「何?」
『K-04は別人ではありません』
「資料には」
『資料自体が書き換えられています』
「誰に」
『本当の記録作成者です』
◇
「母さんじゃない?」
『違います』
「じゃあ誰」
桐島はしばらく黙った。
『私はその人物の名前を 一度だけ思い出したことがあります』
「いつ」
『十七年前』
「誰なんだ」
『言えば 私は桐島修司ではなくなる』
蓮は黙る。
「お前も役割なのか」
『はい』
「本当の名前を思い出したら」
『私の役割が外れます』
「お前の役割は」
『記録管理者を監視すること』
「じゃあ本当の記録管理者は」
『私ではありません』
「誰」
『私に桐島修司という名前を与えた人です』
「神谷廉一郎?」
『違います』
「原型?」
『違います』
「じゃあ」
桐島。
『写真を撮っている人物です』
◇
「やっぱりそいつが」
蓮は言いかけて止まった。
犯人。
その言葉を使えば役割が移る。
桐島も察したらしい。
『その呼び方はしない方がいい』
「じゃあ何て呼ぶ」
『観測者』
「それが最初の名前?」
『はい』
「観測者が写真を撮って 死亡記録を書いて 0組を動かしてる?」
『0組はもう誰にも完全には制御できません』
「なら観測者は何をしてる」
『0組が動く原因を作り続けています』
「何のために」
長い沈黙。
『人を忘れないためです』
栞が顔を上げた。
「逆じゃない? 人を消してる」
『元々 観測者がしたかったことは一つだけ』
桐島の声。
『たった一人を 絶対に忘れないことでした』
◇
「誰を」
『最初の死亡者です』
「神谷香織?」
『違います』
「じゃあ」
『PROJECT 33より前です』
さらに昔。
「その記録は」
『旧校舎0階 第33保管室』
「今入れる?」
『死亡記録を読んだことで条件を満たしました』
電話が切れる。
同時に校長室の本棚がゆっくり横へ動いた。
その奥。
扉。
33
◇
扉の向こうは地下へ続いていた。
降りると旧校舎0階。
以前は壁だった場所に新しい扉。
第33保管室
また B2・0 の鍵。
悠真が差し込む。
「ほんと何でも開くな」
ガチャ。
保管室。
棚。
写真。
テープ。
資料。
中央に一枚の古い写真。
小学生くらいの少女。
笑っている。
裏。
神谷――
下の名前だけ消えている。
資料表紙。
神谷記憶研究 原点記録
研究責任者。
神谷廉一郎。
目的。
事故により失われた娘に関する家族記憶の保存
「娘」
栞。
三上。
「これが全部の始まりか」
◇
神谷廉一郎の娘。
ある時から町の人々の記憶から存在が薄れ始めた。
学校記録。
写真。
家族の記憶。
少しずつ消える。
0組ができるより前。
「研究が原因じゃなかった」
蓮。
「最初から現象があった」
神谷廉一郎は娘を忘れないため
家族。
友人。
教師。
近所。
33人
に娘の情報を繰り返し共有した。
結果。
娘の存在は一時的に安定。
しかし33人の記憶には少しずつ違いがあった。
髪型。
声。
性格。
年齢。
その違いを一つへ統一しようとして
PROJECT 33 が始まった。
◇
次。
観測者
神谷廉一郎の助手。
娘を最も強く覚えていた人物。
氏名。
雨宮朔
栞が固まる。
「雨宮……」
写真。
17歳くらいの少年。
手にはカメラ。
これまで何度も写真の中に写っていた人物だった。
年齢。
17歳
現在年齢。
17歳
「歳を取ってない」
悠真。
記録。
雨宮朔は神谷廉一郎の娘を忘れない唯一の人物だった
長期間の記憶保持実験後 身体的老化の停止を確認
栞が写真を見る。
「私と同じ名字」
関係欄。
雨宮栞――妹
「……妹?」
しかし記録されている雨宮栞は今の栞ではない。
もっと昔。
同じ名前を与えられた別の人間。
三上が言う。
「雨宮栞も 何度も引き継がれてきた役割名なんだ」
◇
雨宮朔。
十七年前 九月三日。
重大事故。
23時47分。
記録。
雨宮朔が妹 雨宮栞の社会的死亡を拒否
0組へ介入
死亡記録を書き換え
代替死亡者 神谷香織
蓮の目が止まる。
「母さんを代わりにした?」
栞。
「十七年前 本来消える予定だったのは雨宮栞」
三上。
「でも朔が妹を守ろうとして 香織を代替にした」
次。
代替処理失敗
雨宮栞の社会的死亡も継続
結果 死亡対象2名
二人とも消えた。
香織。
栞。
そして朔は
妹を救えなかった。
◇
その後。
雨宮朔 記録改変を継続
以後すべての循環で 雨宮栞を復元しようとする
「だから」
今の栞。
「私も作られた」
最新記録。
CYCLE 18
「十八回目」
蓮。
栞は自分の手を見る。
「私は十八人目の雨宮栞?」
最終計画。
CYCLE 18 最終復元
必要条件。
神谷蓮
神谷香織
高城悠真
三上智也
雨宮栞
三十四番
全員を一箇所へ集める。
そして
死亡記録を5件作成
空いた記憶領域を統合
雨宮栞 初期人格を復元
悠真が顔をしかめる。
「今の俺たち五人を消して 最初の雨宮栞を戻す?」
栞。
「私まで消して」
蓮は即答した。
「そんなの絶対にさせない」
◇
カシャ。
シャッター音。
全員が振り返る。
保管室の奥。
一人の少年。
カメラ。
制服。
17歳。
何十年も変わらない顔。
雨宮朔
栞。
「……」
朔は栞を見る。
「栞」
栞は後ろへ下がった。
「私はあなたの妹じゃない」
「分かってる」
全員が止まる。
蓮。
「分かってる?」
「うん」
「じゃあ何で十八回も」
朔は目を伏せた。
「分かってるけど 忘れられない」
◇
「十八回」
朔は言う。
「同じ顔。同じ声。同じ癖。でも毎回違う」
栞。
「それならやめて」
朔。
「十七年前 妹が消えるのを見た」
名前を呼んでも
写真を撮っても
記録を残しても
存在が薄くなっていった。
「だから他人を消してでも戻そうとした?」
蓮。
朔はしばらく黙る。
「最初は」
「今は?」
朔は栞を見る。
「分からない」
「今回だけ違う」
「何が」
「栞が 自分は妹じゃないって言った」
今までの雨宮栞は時間が経つほど
初期人格に近づいていった。
でも今回は違う。
「神谷蓮と出会って 自分の記憶を守った」
蓮。
「俺が?」
「君が栞を役割じゃなく 一人の人間として覚えたから」
◇
栞。
「だったら 今の私を残して」
朔。
長い沈黙。
「同じことを 十七年前にも言われた」
「誰に」
「神谷香織」
蓮が顔を上げる。
『私を消して栞を戻すな』
『それは栞じゃない』
『あなたが作った記憶よ』
朔は小さく笑った。
「香織はそう言った」
蓮。
「なのに母さんを代替にした」
「僕がやった」
「だから香織は僕を止めようとした」
「どうやって」
「死亡記録」
◇
朔は黒いファイルを見る。
「香織は消える直前 僕の名前を死亡記録に残した」
「でも記録にはない」
「0組が消した」
「なぜ」
「僕は名簿外だから」
写真にしか残らない。
だから朔は何度も写真を送り続けた。
「自分の存在を残すため?」
「それもある。でも一番は」
朔。
「今回こそ誰かに 僕を止めてほしかった」
◇
栞。
「じゃあ今やめて」
朔。
「僕が止めても もう0組は止まらない」
三上。
「誰にも制御できない?」
「そう」
蓮。
「何をすればいい」
「五人の死亡記録を完成させない」
「それだけ?」
「一件 もう完成した」
全員。
止まる。
「誰」
黒いファイル。
新しいページ。
死亡記録 No.0181
氏名。
高城悠真
悠真。
「……俺」
死亡日。
九月四日。
時刻。
23時47分。
社会的死亡。
完了
蓮。
「でもお前 ここにいる」
朔。
「今は」
◇
「電話」
朔。
蓮がスマートフォンを開く。
連絡先。
高城悠真。
ない。
メッセージ。
ない。
写真。
幼稚園。
蓮一人。
「嘘だろ」
三上が学校名簿を確認する。
二年三組。
三十二人。
高城悠真。
いない。
栞。
「私たちは覚えてる」
「地下にいる人間と 三十四番だけはまだ覚えられる」
悠真は少し笑った。
「やっぱ俺 消えたんだ」
蓮。
「戻す」
「簡単に言うなよ」
「戻す」
蓮はまっすぐ見る。
「雨宮も 父さんも 母さんも 美月も お前も」
「全部戻す」
朔。
「全部は無理だ」
「決めるのはお前じゃない」
◇
朔は蓮を見る。
「神谷蓮らしい」
蓮。
「その呼び方 そろそろ嫌なんだけど」
「じゃあ本当の名前」
朔の表情が変わる。
蓮。
「知ってる?」
「知ってる」
全員。
静かになる。
「言って」
「今なら言える」
朔が口を開く。
「君の本当の名前は――」
その瞬間。
照明。
消える。
ノイズ。
声がかき消される。
『死亡記録作成を再開します』
赤い非常灯。
黒いファイルのページが勝手にめくれる。
死亡記録 No.0182
雨宮栞
次。
No.0183
神谷香織
次。
No.0184
神谷美月
そして。
No.0185
氏名。
空白。
文字が現れる。
神谷――
消える。
高城――
消える。
佐伯――
消える。
「名前が決まらない」
栞。
朔。
「神谷君の元の名前が戻ろうとしてる」
◇
新しい文字。
雨宮――
朔の顔が変わる。
「違う」
雨宮朔
全員。
凍りつく。
蓮。
「俺が雨宮朔?」
「違う。それは僕だ!」
だがファイルには
蓮の顔写真。
氏名。
雨宮朔
そして朔の顔写真。
氏名。
神谷蓮
栞。
「二人が入れ替わってる」
スピーカー。
『観測者の登録を確認』
『役割移行を開始します』
朔。
「やめろ!」
蓮の横。
壁。
文字。
雨宮朔
その下。
新規対象 神谷蓮(17)
「俺が観測者になる?」
朔。
「違う」
「でも名前が」
「これは0組じゃない」
「何で分かる」
朔は奥を見る。
「最初の処理だ」
「誰の」
「神谷廉一郎」
◇
古い端末。
勝手に起動。
ADMIN ROOT
KAMIYA RENICHIRO
三上。
「桐島より上の権限」
自動ログイン。
CYCLE 18を終了します
朔。
「まずい」
画面。
全役割を初期化します
神谷蓮
神谷香織
雨宮栞
高城悠真
観測者
すべて。
削除
蓮。
「全員消す気か」
朔。
「違う。もっと悪い」
「何」
「全員を 別の人間にする」
◇
ROOT KEY。
場所。
屋上。
時刻。
23時47分。
「また屋上」
「PROJECT 33の最初の記憶装置がある」
蓮。
「止めればいい」
「壊したら何が起きるか分からない」
「それでも行く」
その時 栞が死亡記録を見る。
No.0185。
氏名。
雨宮朔
顔。
蓮。
死亡予定。
九月五日 00時00分
時計。
23時56分。
「あと四分」
悠真。
「走れ」
◇
階段。
廊下。
屋上。
23時58分。
給水塔の下。
古い金属箱。
PROJECT 33
悠真が B2・0 の鍵を差し込む。
開く。
中。
古い機械。
テープ。
写真。
そして一枚の生徒証。
氏名。
神谷蓮
発行日。
四十年以上前。
栞。
「最初の神谷蓮?」
朔。
「違う。神谷蓮は架空の人格だ」
裏。
この名前を最初に使った人へ
あなたは存在しない
◇
23時59分。
装置が起動する。
古い録音。
『神谷蓮』
『はい』
子供の声。
『お母さんの名前は?』
『神谷香織』
『妹は?』
『神谷美月』
『親友は?』
『高城悠真』
『あなたを覚えておく人は?』
『雨宮栞』
全員。
言葉を失う。
四十年以上前から
今の関係性が完成していた。
最後。
『あなたを観測する人は?』
ノイズ。
聞こえない。
大人の声。
神谷廉一郎。
『成功だ』
『これで死んだ娘を 別の形で残せる』
◇
「娘?」
録音。
『この人格には 娘が持っていたすべての人間関係を与えた』
『母』
『妹』
『友人』
『観測者』
『そして娘自身の人格を分割して組み込んだ』
栞。
「神谷蓮の中に 娘の人格が入ってる?」
最後。
神谷廉一郎。
『神谷蓮は 私の娘を男の子として再構成した人格である』
蓮。
「だから本物はいない」
三上。
「最初から神谷蓮は 失った娘を別の形で作り直した存在だった」
録音。
『娘の本名は――』
ノイズ。
また消える。
「何でそこだけ!」
時計。
23時59分59秒。
00時00分。
装置。
INITIALIZE
◇
蓮の学生証から名前が消える。
三上が蓮を見る。
「君は……誰だ」
「先生!」
初期化。
始まった。
中央。
赤いボタン。
EMERGENCY MEMORY RELEASE
朔。
「押すな!」
「何が起きる」
「何十年分の消された記憶が 町全体に一気に戻る」
「じゃあ初期化を待てって?」
「それも危険だ」
どちらを選んでも。
誰かが壊れる。
◇
蓮は装置を見る。
そして気づく。
「第三の方法」
悠真。
「また?」
「ある」
死亡記録。
佐伯修一。
三上が名前を思い出した瞬間
記録も戻った。
「0組は記憶に合わせて記録を書き換える」
栞。
「なら全員の本当の名前を思い出せば」
「役割を一人ずつ終わらせられる」
朔。
「理論上は」
「やる」
◇
最初。
悠真。
蓮は目を閉じる。
九年前。
公園。
幼い二人。
名前。
親友。
遠い声。
『――き!』
『ゆう――』
違う。
高城ではない。
朔。
「幼稚園写真」
写真の裏。
蓮の位置。
高城悠真
しかし端に薄い文字。
旧名 結城――
蓮の頭に記憶が戻る。
「結城」
悠真。
「俺?」
蓮。
「違う」
思い出す。
走る少年。
呼ぶ声。
「結城湊!」
悠真の目が見開かれる。
「……湊」
記憶。
戻る。
「俺」
「結城湊」
装置。
旧氏名復元
高城悠真役割解除
学生証。
結城湊
蓮。
「湊」
「呼び慣れねえな」
「俺もだよ」
◇
次。
栞。
「私の本当の名前」
朔。
「知ってる」
「教えて」
朔は長く栞を見る。
「君は」
「水城紗奈」
栞。
いや。
紗奈。
目を閉じる。
家。
両親。
転校。
そして0組。
雨宮栞という名前。
「思い出した」
装置。
雨宮栞役割解除
水城紗奈 復元
蓮。
「紗奈」
「神谷君に言われると変な感じ」
「それはこっちも」
◇
三上。
原氏名一致
役割解除。
次。
神谷香織。
K-04。
元氏名。
雨宮香――。
朔。
「雨宮香澄」
蓮。
「香澄」
「今のお母さんの元の名前」
装置。
神谷香織役割解除可能
ただし。
本人確認が必要
家にいる。
後回し。
◇
美月。
M-01。
朔。
「美月は最初から神谷美月」
「役割名じゃない?」
「違う。美月だけは自分の名前だ」
蓮。
「だから改変に強い」
「そう」
そして最後。
蓮。
神谷蓮
旧氏名。
空白。
朔。
「さっき言おうとした」
「俺の名前」
「君は」
一拍。
「高城悠真」
◇
蓮。
止まる。
幼稚園写真。
自分の場所に書かれていた名前。
高城悠真。
「本当に」
「そう」
「高城悠真は元々君の本名だった」
「そして君が神谷蓮になった時 空いた名前を別の人に与えた」
湊。
「それが俺」
蓮は目を閉じる。
記憶。
戻る。
神谷香織と呼ぶ前の母。
佐伯修一。
美月。
そして。
自分。
高城悠真
装置。
旧氏名一致
神谷蓮役割解除――
停止。
ERROR
「何で」
朔。
「神谷蓮は他の役割と違う。人格そのものが深く入り込んでる」
◇
解除条件。
神谷蓮人格の帰属先が必要
「誰かに押しつけないと消せない?」
「そう」
「嫌だ」
「原型へ返す方法はある」
「それじゃ原型が神谷蓮になるだけだ」
誰かがまた役割を背負う。
それでは何も変わらない。
朔。
「もう一つある」
「何」
「完全削除」
「どうなる」
「神谷蓮として形成された記憶も消える可能性が高い」
母。
美月。
湊。
紗奈。
学校。
すべて。
「高城悠真に戻ったら 今までの俺を忘れる?」
「可能性は高い」
蓮は力なく笑う。
「最悪だな」
◇
装置。
初期化がまた進み始める。
蓮は神谷廉一郎の録音を思い出した。
娘。
人格を分割して組み込んだ。
「神谷蓮って 一つの人格じゃない」
朔。
「何」
「いろんな記憶を組み合わせて作ったんだろ」
「そう」
「なら分解できる」
三上。
「元の所有者へ記憶を返す」
「そうすれば誰も神谷蓮にならなくていい」
朔。
「理論上は可能だ」
「やる」
◇
端末。
PERSONALITY DECOMPOSITION
パスワード。
朔。
「ROOTパスワードが必要」
栞。
いや。
紗奈。
「娘の名前」
全員。
止まる。
写真。
神谷廉一郎の娘。
下の名前だけ消えている。
朔は目を閉じた。
「先生は」
「いつも娘を」
「……」
「かえ」
「かえで」
目を開く。
「神谷楓」
パスワード。
KAMIYA KAEDE
認証成功。
◇
分解開始。
神谷蓮人格を構成する記憶を 元の所有者へ返却します
母。
妹。
友人。
学校。
過去。
顔。
声。
性格。
名前。
一つずつ。
蓮の中から剥がれていく。
でも消えるのではない。
その奥にあった記憶が戻る。
母。
神谷香織。
その奥。
「……香澄さん」
父。
神谷蓮。
その奥。
佐伯修一。
『悠真』
蓮の目から涙が落ちる。
「父さん」
友人。
高城悠真。
その奥。
結城湊。
雨宮栞。
その奥。
水城紗奈。
そして。
神谷蓮という名前。
その下。
高城悠真
装置。
人格分解率 92%
あと少し。
◇
停止。
8%の記憶に所有者が存在しません
朔。
「神谷楓の記憶だ」
「返す相手がいない」
「楓はもういないから」
選択。
削除
新規保存
紗奈。
「保存」
「写真に」
蓮。
古いデジタルカメラを見る。
「人に入れない」
「記録として残す」
朔。
「できる」
◇
接続。
残り8%。
写真へ。
少女。
神谷楓。
父。
神谷廉一郎。
家。
笑顔。
普通の家族。
最後。
楓がカメラを見る。
笑っている。
100%
装置。
停止。
神谷蓮人格 分解完了
登録抹消
蓮の学生証。
高城悠真
湊。
結城湊
紗奈。
水城紗奈
三上。
そのまま。
「終わった?」
湊。
悠真。
いや。
高城悠真。
「たぶん」
朔。
「まだだ」
◇
死亡記録。
残っている。
高城悠真。
しかし対象者が一致しない。
対象不明
雨宮栞。
対象不明
神谷蓮。
対象消失
神谷美月。
そのまま。
神谷香織。
そのまま。
「美月と母さん」
悠真。
「まだ危ない」
「家へ戻ろう」
◇
その時。
カシャ。
古いカメラ。
新しい写真。
家。
美月。
香澄。
その後ろ。
一人の年配の男。
悠真。
「誰」
三上。
顔色が変わる。
「桐島……じゃない」
朔。
写真を見て震える。
「神谷廉一郎」
「生きてる?」
「本来なら百歳を超えてる」
紗奈。
「社会的死亡と人格移行を繰り返したなら」
朔。
「神谷廉一郎も役割を移して生きてきた」
◇
写真の裏。
『神谷蓮を消してくれてありがとう』
次。
『これで楓を戻せます』
朔。
「嘘……」
楓の記憶は写真に保存した。
完全な形で。
次。
『記憶があれば 人は作れる』
『それを君たちは証明してくれた』
悠真。
「俺たちが」
「楓を戻すための材料を作った」
最後。
写真の中。
神谷廉一郎は美月の肩に手を置いている。
『三十四番を使います』
「美月!」
◇
全員。
走る。
電話。
美月。
出ない。
香澄。
出ない。
新しい写真。
リビング。
誰もいない。
テーブル。
紙。
美月を返してほしければ 神谷楓の記憶を持って学校へ来なさい
朔。
「楓の記憶」
カメラ。
三上。
「美月に楓の人格を入れる気か」
朔。
「三十四番は記憶改変に強い」
「だから楓を固定する器として最適」
悠真は拳を握る。
「絶対にさせない」
◇
ふと。
写真。
神谷廉一郎。
その顔。
見覚え。
悠真。
「……先生」
「何」
「この人 どこかで見た」
「昔?」
「違う。最近」
学校。
入学式。
廊下。
職員室。
図書室。
そして。
「嘘だろ」
三上も気づく。
紗奈。
「誰?」
悠真。
「司書の人だ」
第一章。
雨宮栞を知らないと言った女性。
写真を見て反応した。
地下を知っていた。
十七年前の事件を知っていた。
そして言った。
「その子を探すのはやめた方がいい」
朔。
「人格も外見も移せる」
三上。
「神谷廉一郎は 今 司書として学校にいる」
◇
悠真のスマートフォン。
新しいメッセージ。
差出人。
図書室
本文。
『第九章を始めましょう』
その下。
写真。
学校の図書室。
椅子に座る美月。
無事。
その後ろ。
司書。
穏やかに笑っている。
胸元。
名札。
神谷 楓
悠真。
「楓?」
朔。
「違う。その人は廉一郎だ」
紗奈。
「じゃあ今 誰が誰の人格を持ってるの」
誰にも答えられなかった。
写真の裏。
最後。
『三十三人目は揃いました』
『残るのは 三十四人目だけです』
悠真は写真の中の美月を見る。
十七年前。
三十三人。
三十四番。
現在。
三十三人目まで揃った。
最後は美月。
彼女が0組へ入れば
何かが完成する。
楓の復元か。
町全体の初期化か。
それとも別の何かか。
まだ分からない。
ただ一つ。
悠真には分かった。
自分たちはずっと
誰が犯人なのかを探していた。
けれど本当に探すべきだったのは
誰が最初に この物語を記録し始めたのか
それだった。
――第九章「三十三人目」へ続く。
『あなたの母親は 十七年前に死亡しています』
スマートフォンの画面に表示されたその文字を 蓮は何度も読み返した。
意味は変わらない。
母――神谷香織。
十七年前に死亡。
「……嘘だろ」
声に出しても 文字は消えなかった。
「蓮 大丈夫か」
悠真が隣から覗き込む。
「大丈夫なわけないだろ。母さんが十七年前に死んでるって書いてあるんだぞ」
けれど母は今夜も家にいた。
美月を抱きしめていた。
蓮とも話していた。
確かに触れられる生きた人間だった。
「じゃあ 今の母さんは誰なんだよ」
蓮は暗い校舎を見上げた。
校長室の窓には まだ黒いファイルが見えていた。
表紙には一言。
死亡記録
三上がゆっくり息を吐く。
「行こう。あの記録を確認する」
「罠かもしれないよ」
栞が言う。
「それでも今は見るしかない」
蓮は頷いた。
◇
屋上から校舎へ戻る。
深夜の廊下は妙に静かだった。
二年一組。
二年二組。
二年三組。
すべての教室の扉が開いている。
そして黒板には 同じ言葉が書かれていた。
欠席者 一名
「誰のことだ」
悠真が呟く。
栞が自分を指す。
「たぶん私」
だが二年三組だけは違った。
黒板に書かれていたのは
神谷香織
蓮は足を止めた。
「母さん……」
三上が教室の中を見つめる。
「香織はこのクラスだった」
「思い出したんですか」
「ああ。十七年前 俺と同じ二年三組だった」
三上は窓側の席を指した。
「前から三番目。そこが香織の席だった」
しかし今 その場所に机はない。
まるで最初から誰も座っていなかったように。
栞が小さく言った。
「私が消えた時と同じだ」
◇
校長室の扉には鍵がかかっていた。
三上の職員用キーでは開かない。
「これ使ってみるか」
悠真がポケットから B2・0 の鍵を取り出す。
形はまるで違う。
それでも鍵は差し込めた。
ガチャ。
扉が開く。
悠真は顔をしかめた。
「もう鍵っていうより何でも開けるカードじゃん」
三上は真剣な表情で言う。
「たぶん本当にそうなんだ。これは鍵じゃない。0組へアクセスするための許可証なんだ」
校長室には誰もいなかった。
中央の机。
その上に黒いファイル。
その横には一枚の写真が置かれていた。
栞が先に気づく。
「待って」
「何」
「これ……今の私たちだよ」
写真には校長室に立つ蓮 悠真 栞 三上が写っている。
撮影者はいない。
それでも確かに 今この瞬間が撮影されていた。
「また見られてる」
「写真は後だ」
蓮は黒いファイルへ手を伸ばした。
そして開く。
◇
最初のページ。
死亡記録 No.0001
氏名
神谷香織
死亡日
十七年前 九月三日
死亡時刻
23時47分
死亡場所
学校屋上
「本当に……」
栞の声が震えた。
三上がその下を見る。
「死亡確認者 桐島修司」
そしてさらに下。
記録作成者 神谷香織
悠真が目を見開く。
「自分で自分の死亡記録を書いた?」
蓮は作成時刻を見る。
九月四日 00時18分
「00時18分……」
昨日 防犯カメラに映った神谷蓮が学校を出た時刻と同じだった。
23時47分。
00時18分。
何度も出てくる数字。
「まだある」
栞が備考欄を読む。
そこにはこう書かれていた。
死亡は身体状態を示すものではない
続けて
本記録における死亡とは 社会的存在の終了を意味する
悠真が眉をひそめる。
「社会的存在?」
三上が答える。
「誰からも認識されなくなるってことだ」
つまり十七年前 神谷香織は身体的に亡くなったわけではない。
記録から消され
家族から忘れられ
学校から消えた。
社会の中でだけ 死亡した。
蓮は次の行を読む。
肉体状態 生存
「生きてた」
栞が息を吐く。
だがその下。
社会記録 削除
家族記憶 削除
学校記録 削除
本人自己認識 不安定
そして最後。
代替人格移行 承認
悠真が顔をしかめる。
「代替人格って何だ」
移行先には
K-04
と書かれていた。
◇
後ろのページには一覧があった。
K SERIES
K-00
K-01
K-02
K-03
K-04
蓮が K-00 を開く。
写真。
見覚えのある少年。
「原型」
SUBJECT 00。
名前を持たない少年。
K-01 は別の男子。
K-02 は女子。
K-03 は成人男性。
そして K-04。
写真に写っていたのは 若い神谷香織だった。
「母さん……」
説明欄。
Kシリーズ 記憶固定用人格容器
「人格容器……」
悠真が嫌そうに呟く。
さらに読む。
PROJECT 33により生成された共有人格を 実在する被験者へ固定するための実験群
栞が蓮を見る。
「神谷蓮だけじゃなく 他の人格も移してたってこと?」
三上が頷く。
「そう見える」
K-04。
移行人格。
神谷香織
元人格。
削除
蓮の喉が乾いた。
「じゃあ今の母さんは……神谷香織って人格を入れられた別人?」
三上はすぐには答えなかった。
「少なくとも この記録だけを見るならそうなる」
◇
栞がページの隅を指した。
「K-04って移行された時 何歳?」
被験者年齢。
17歳
三上が写真を見た瞬間 顔色を変える。
「この子……知ってる」
「誰ですか」
「同じクラスだった」
「名前は?」
三上が言おうとする。
しかし出ない。
元氏名は黒く消されていた。
ただ名字の最初だけ。
雨
栞の表情が変わる。
「雨宮?」
復元欄を開く。
表示された文字は
雨宮香――
そこで消えていた。
「香……」
蓮が呟く。
三上が突然 額を押さえる。
「違う」
「先生?」
「思い出した。十七年前 雨宮栞には姉がいた」
栞が息を止める。
「私に……姉?」
「今の君じゃない。十七年前の雨宮栞にだ」
「その人が K-04?」
「たぶん」
つまり今の神谷香織の身体は
十七年前の雨宮栞の姉だった可能性がある。
◇
K-04 の経過記録。
移行後 被験者は神谷香織として安定
旧人格に関する記憶はほぼ消失
ただし
額部の傷跡を刺激として 旧人格記憶が再浮上する傾向あり
蓮はすぐに理解した。
「傷だ」
栞も頷く。
「お母さんの額の傷」
傷が現れた時 母は美月を思い出した。
十七年前のことも思い出した。
「じゃあ傷のある母さんと 普段の母さんは別人じゃない」
蓮が言う。
「同じ身体の中で 古い人格が表に出てた」
「たぶんな」
三上が答えた。
次。
人格安定条件
1 神谷香織として認識する家族を形成
2 長期間の生活記憶を蓄積
3 原人格との接触を避ける
そして
家族構成割当
夫
神谷蓮
子
神谷蓮
子
神谷美月
悠真が小さく息を吐く。
「夫も息子も神谷蓮……」
「時期が違うんだ」
蓮。
「父さんが神谷蓮だった。その名前が俺に移った」
その時も母だけは
神谷香織として家族の中心に残った。
◇
美月の項目。
血縁関係 なし
蓮の表情が止まった。
「……なし?」
Kシリーズとの血縁関係なし
そして
出自 M-01
三上が別ページを開く。
M SERIES
正式名称。
Memory Anchor Project
記憶改変の影響を受けにくい観測者を育成する計画。
M-01。
写真。
乳児。
後から与えられた名前。
神谷美月
「美月が……観測者?」
蓮は原型の少年の言葉を思い出す。
この子がいないと全員戻れない
M-01 の目的。
0組による大規模記憶修正時にも 元の記憶を部分的に保持する
だから美月は
母が夜勤だった記憶と 家にいた記憶の違いに気づいた。
蓮が夜中に外へ出たことも覚えていた。
そして最後。
三十四番候補として育成
「やっぱり」
栞が呟く。
「私が消えたら 美月が次の三十四番になる」
蓮は拳を握った。
「人を何だと思ってるんだよ」
雨宮栞。
美月。
父。
母。
自分。
全部。
名前ではなく
役割でしか見られていない。
◇
次のページ。
死亡記録 No.0002
氏名。
削除。
年齢 17。
死亡日。
十七年前 九月四日。
「香織の翌日」
三上がページをめくる。
顔写真。
一人の男子。
その瞬間 三上の顔が変わった。
「こいつ……」
「先生?」
「俺の友達だ」
十七年前。
三上と0組へ来た男子。
ずっと名前が思い出せなかった人物。
「名前は?」
「もう少し……」
死亡記録の作成者。
また
神谷香織
蓮が言う。
「母さんが全部の死亡記録を作ってた?」
三上は首を振った。
「正確には 神谷香織という役割を与えられたK-04が記録係だったんだと思う」
記録係。
それもまた役割。
だから香織は十七年前のことを知っていた。
記録した本人だったから。
ただし後からその記憶まで消された。
◇
No.0002。
肉体状態。
生存
人格移行先。
K-05
K-05 を開く。
成人男性。
蓮はすぐに気づいた。
「この人……警察が見せた四十六歳の神谷蓮」
三上も固まる。
「俺の友達が 後の神谷蓮になった?」
蓮が先生を見る。
「つまり父さんは……」
三上の声が震える。
「俺の友達だった」
蓮は言葉を失った。
父。
神谷蓮。
その前は別の名前。
「先生」
「本当の名前 思い出せませんか」
三上は目を閉じる。
教室。
放課後。
笑い声。
屋上。
少年。
「さ……」
以前と同じ。
「佐……」
そして。
「佐伯」
蓮が息を呑む。
三上の目から涙が落ちた。
「佐伯修一」
その瞬間。
死亡記録の黒い部分が消えた。
氏名。
佐伯修一
「戻った」
栞。
「先生が思い出したから 記録が戻った」
◇
同時に警告。
原氏名復元を検知
K-05人格固定率低下
K-05。
神谷蓮。
その下。
佐伯修一
蓮の学生証が床へ落ちる。
神谷蓮
文字が薄くなっていた。
「神谷君」
「大丈夫」
蓮は学生証を拾う。
「佐伯修一が父さんの本当の名前なら 忘れちゃダメだ」
「でもお前が」
三上。
「いいです」
蓮は先生を見る。
「父さんを思い出してくれて ありがとうございます」
三上は何も言えなかった。
◇
記憶保持人数。
佐伯修一 1
三上だけ。
栞が写真を見る。
「佐伯修一」
数字。
2。
悠真。
「俺も覚えた」
3。
蓮。
「佐伯修一」
4。
「三十三人まで増やせば」
栞が言う。
「お父さんを元の名前で戻せるかもしれない」
「私と同じ方法」
「ああ」
蓮は頷いた。
◇
だが死亡記録はまだ続いていた。
十七年前。
7件。
十四年前。
3件。
十二年前。
4件。
九年前。
8件。
そして現在。
死亡予定 5件
「五人?」
現在の予定者。
1 雨宮栞
2 高城悠真
3 神谷蓮
4 神谷美月
5 神谷香織
蓮の顔が強張った。
「母さんまで」
三上が一覧を見る。
「今回 関係者を全部整理する気なんだ」
実行項目。
一括統合処理
承認者。
桐島修司
作成者。
空白。
「誰が死亡記録を作ってる」
蓮。
三上が答える。
「そこが一番重要だ」
◇
黒いファイルの最後。
封筒。
死亡記録作成者へ
中には古い手紙。
香織へ
君がこの手紙を読んでいるなら また死亡記録を書かされている
覚えていないと思うが 君は最初の記録係ではない
続く一文。
神谷香織という名前も役割名だ
蓮の手が止まる。
「母さんの名前まで……」
手紙には役割が整理されていた。
神谷蓮=記憶される存在
神谷香織=記録する存在
雨宮栞=覚えておく存在
高城悠真=分割された記憶を運ぶ存在
三十四番=すべてを外側から観測する存在
そして
もう一つだけ役割がある
犯人
◇
悠真が手紙を見る。
「犯人って……」
続き。
犯人とは事件を起こす者ではない
記憶と記録が矛盾した時 その矛盾を一人で引き受ける役割である
栞。
「身代わり」
「そういうことだ」
三上。
犯人役を一人作れば 他の全員は矛盾を忘れることができる
そのために この町は犯人を必要とする
蓮はゆっくり手紙を握る。
「だから毎回 誰かが犯人にされる」
最後。
ただし 本当の事件を起こしている者は別にいる
その先。
本当の実行者は――
そこだけ破られている。
「またかよ」
悠真。
だが次の文章は残っていた。
その人物は 神谷蓮でも 神谷香織でも 雨宮栞でも 高城悠真でもない
最初から一度も 0組の名簿に載っていない人間
蓮は思い出す。
写真。
防犯カメラ。
記録の外にいる撮影者。
「全部同じ人物だ」
◇
手紙の最後。
その人を探したいなら 死亡記録の時刻を見ろ
死亡時刻。
23時47分。
何度も。
何度も。
同じ。
十七年前。
現在。
さらに古い記録。
PROJECT 33。
実験開始 11時47分
異常発生 23時47分
三上が眉をひそめる。
「十二時間後」
異常内容。
観測者一名が名簿外へ移行
「観測者?」
栞。
さらに下。
三十四番とは別
悠真が呟く。
「じゃあ三十五人目みたいな存在?」
氏名。
空白。
所属。
空白。
年齢。
空白。
写真。
なし。
ただ備考。
以後 全記録写真に同一観測者と思われる像を確認
添付写真。
昭和の研究室。
神谷廉一郎。
原型。
研究員。
そしてガラスの奥。
一人。
カメラを持った少年。
「この人」
蓮。
次。
十七年前の集合写真。
水たまり。
同じ人物。
九年前。
失踪記事の背景。
同じ人物。
昨日の屋上。
写真の端。
同じ人物。
「ずっと」
栞。
「この人が写真を撮ってる」
三上が写真を並べる。
「年齢が変わってない」
高校生くらい。
何十年も。
◇
その時 校長室の固定電話が鳴った。
蓮が受話器を取る。
「もしもし」
『死亡記録を読みましたね』
「桐島」
『はい』
「どこにいる」
『校内です』
「出てこい」
『その前に一つ』
「何」
『記録を信じすぎないでください』
蓮は顔をしかめる。
「死亡記録も嘘なのか」
『一部』
「どこが」
『神谷香織さんについてです』
「母さんは十七年前に社会的に死亡した」
『そこは事実です』
「K-04へ人格を移した」
『それも事実です』
「じゃあ今の母さんは別人の体なんだろ」
沈黙。
『そこが違います』
「何?」
『K-04は別人ではありません』
「資料には」
『資料自体が書き換えられています』
「誰に」
『本当の記録作成者です』
◇
「母さんじゃない?」
『違います』
「じゃあ誰」
桐島はしばらく黙った。
『私はその人物の名前を 一度だけ思い出したことがあります』
「いつ」
『十七年前』
「誰なんだ」
『言えば 私は桐島修司ではなくなる』
蓮は黙る。
「お前も役割なのか」
『はい』
「本当の名前を思い出したら」
『私の役割が外れます』
「お前の役割は」
『記録管理者を監視すること』
「じゃあ本当の記録管理者は」
『私ではありません』
「誰」
『私に桐島修司という名前を与えた人です』
「神谷廉一郎?」
『違います』
「原型?」
『違います』
「じゃあ」
桐島。
『写真を撮っている人物です』
◇
「やっぱりそいつが」
蓮は言いかけて止まった。
犯人。
その言葉を使えば役割が移る。
桐島も察したらしい。
『その呼び方はしない方がいい』
「じゃあ何て呼ぶ」
『観測者』
「それが最初の名前?」
『はい』
「観測者が写真を撮って 死亡記録を書いて 0組を動かしてる?」
『0組はもう誰にも完全には制御できません』
「なら観測者は何をしてる」
『0組が動く原因を作り続けています』
「何のために」
長い沈黙。
『人を忘れないためです』
栞が顔を上げた。
「逆じゃない? 人を消してる」
『元々 観測者がしたかったことは一つだけ』
桐島の声。
『たった一人を 絶対に忘れないことでした』
◇
「誰を」
『最初の死亡者です』
「神谷香織?」
『違います』
「じゃあ」
『PROJECT 33より前です』
さらに昔。
「その記録は」
『旧校舎0階 第33保管室』
「今入れる?」
『死亡記録を読んだことで条件を満たしました』
電話が切れる。
同時に校長室の本棚がゆっくり横へ動いた。
その奥。
扉。
33
◇
扉の向こうは地下へ続いていた。
降りると旧校舎0階。
以前は壁だった場所に新しい扉。
第33保管室
また B2・0 の鍵。
悠真が差し込む。
「ほんと何でも開くな」
ガチャ。
保管室。
棚。
写真。
テープ。
資料。
中央に一枚の古い写真。
小学生くらいの少女。
笑っている。
裏。
神谷――
下の名前だけ消えている。
資料表紙。
神谷記憶研究 原点記録
研究責任者。
神谷廉一郎。
目的。
事故により失われた娘に関する家族記憶の保存
「娘」
栞。
三上。
「これが全部の始まりか」
◇
神谷廉一郎の娘。
ある時から町の人々の記憶から存在が薄れ始めた。
学校記録。
写真。
家族の記憶。
少しずつ消える。
0組ができるより前。
「研究が原因じゃなかった」
蓮。
「最初から現象があった」
神谷廉一郎は娘を忘れないため
家族。
友人。
教師。
近所。
33人
に娘の情報を繰り返し共有した。
結果。
娘の存在は一時的に安定。
しかし33人の記憶には少しずつ違いがあった。
髪型。
声。
性格。
年齢。
その違いを一つへ統一しようとして
PROJECT 33 が始まった。
◇
次。
観測者
神谷廉一郎の助手。
娘を最も強く覚えていた人物。
氏名。
雨宮朔
栞が固まる。
「雨宮……」
写真。
17歳くらいの少年。
手にはカメラ。
これまで何度も写真の中に写っていた人物だった。
年齢。
17歳
現在年齢。
17歳
「歳を取ってない」
悠真。
記録。
雨宮朔は神谷廉一郎の娘を忘れない唯一の人物だった
長期間の記憶保持実験後 身体的老化の停止を確認
栞が写真を見る。
「私と同じ名字」
関係欄。
雨宮栞――妹
「……妹?」
しかし記録されている雨宮栞は今の栞ではない。
もっと昔。
同じ名前を与えられた別の人間。
三上が言う。
「雨宮栞も 何度も引き継がれてきた役割名なんだ」
◇
雨宮朔。
十七年前 九月三日。
重大事故。
23時47分。
記録。
雨宮朔が妹 雨宮栞の社会的死亡を拒否
0組へ介入
死亡記録を書き換え
代替死亡者 神谷香織
蓮の目が止まる。
「母さんを代わりにした?」
栞。
「十七年前 本来消える予定だったのは雨宮栞」
三上。
「でも朔が妹を守ろうとして 香織を代替にした」
次。
代替処理失敗
雨宮栞の社会的死亡も継続
結果 死亡対象2名
二人とも消えた。
香織。
栞。
そして朔は
妹を救えなかった。
◇
その後。
雨宮朔 記録改変を継続
以後すべての循環で 雨宮栞を復元しようとする
「だから」
今の栞。
「私も作られた」
最新記録。
CYCLE 18
「十八回目」
蓮。
栞は自分の手を見る。
「私は十八人目の雨宮栞?」
最終計画。
CYCLE 18 最終復元
必要条件。
神谷蓮
神谷香織
高城悠真
三上智也
雨宮栞
三十四番
全員を一箇所へ集める。
そして
死亡記録を5件作成
空いた記憶領域を統合
雨宮栞 初期人格を復元
悠真が顔をしかめる。
「今の俺たち五人を消して 最初の雨宮栞を戻す?」
栞。
「私まで消して」
蓮は即答した。
「そんなの絶対にさせない」
◇
カシャ。
シャッター音。
全員が振り返る。
保管室の奥。
一人の少年。
カメラ。
制服。
17歳。
何十年も変わらない顔。
雨宮朔
栞。
「……」
朔は栞を見る。
「栞」
栞は後ろへ下がった。
「私はあなたの妹じゃない」
「分かってる」
全員が止まる。
蓮。
「分かってる?」
「うん」
「じゃあ何で十八回も」
朔は目を伏せた。
「分かってるけど 忘れられない」
◇
「十八回」
朔は言う。
「同じ顔。同じ声。同じ癖。でも毎回違う」
栞。
「それならやめて」
朔。
「十七年前 妹が消えるのを見た」
名前を呼んでも
写真を撮っても
記録を残しても
存在が薄くなっていった。
「だから他人を消してでも戻そうとした?」
蓮。
朔はしばらく黙る。
「最初は」
「今は?」
朔は栞を見る。
「分からない」
「今回だけ違う」
「何が」
「栞が 自分は妹じゃないって言った」
今までの雨宮栞は時間が経つほど
初期人格に近づいていった。
でも今回は違う。
「神谷蓮と出会って 自分の記憶を守った」
蓮。
「俺が?」
「君が栞を役割じゃなく 一人の人間として覚えたから」
◇
栞。
「だったら 今の私を残して」
朔。
長い沈黙。
「同じことを 十七年前にも言われた」
「誰に」
「神谷香織」
蓮が顔を上げる。
『私を消して栞を戻すな』
『それは栞じゃない』
『あなたが作った記憶よ』
朔は小さく笑った。
「香織はそう言った」
蓮。
「なのに母さんを代替にした」
「僕がやった」
「だから香織は僕を止めようとした」
「どうやって」
「死亡記録」
◇
朔は黒いファイルを見る。
「香織は消える直前 僕の名前を死亡記録に残した」
「でも記録にはない」
「0組が消した」
「なぜ」
「僕は名簿外だから」
写真にしか残らない。
だから朔は何度も写真を送り続けた。
「自分の存在を残すため?」
「それもある。でも一番は」
朔。
「今回こそ誰かに 僕を止めてほしかった」
◇
栞。
「じゃあ今やめて」
朔。
「僕が止めても もう0組は止まらない」
三上。
「誰にも制御できない?」
「そう」
蓮。
「何をすればいい」
「五人の死亡記録を完成させない」
「それだけ?」
「一件 もう完成した」
全員。
止まる。
「誰」
黒いファイル。
新しいページ。
死亡記録 No.0181
氏名。
高城悠真
悠真。
「……俺」
死亡日。
九月四日。
時刻。
23時47分。
社会的死亡。
完了
蓮。
「でもお前 ここにいる」
朔。
「今は」
◇
「電話」
朔。
蓮がスマートフォンを開く。
連絡先。
高城悠真。
ない。
メッセージ。
ない。
写真。
幼稚園。
蓮一人。
「嘘だろ」
三上が学校名簿を確認する。
二年三組。
三十二人。
高城悠真。
いない。
栞。
「私たちは覚えてる」
「地下にいる人間と 三十四番だけはまだ覚えられる」
悠真は少し笑った。
「やっぱ俺 消えたんだ」
蓮。
「戻す」
「簡単に言うなよ」
「戻す」
蓮はまっすぐ見る。
「雨宮も 父さんも 母さんも 美月も お前も」
「全部戻す」
朔。
「全部は無理だ」
「決めるのはお前じゃない」
◇
朔は蓮を見る。
「神谷蓮らしい」
蓮。
「その呼び方 そろそろ嫌なんだけど」
「じゃあ本当の名前」
朔の表情が変わる。
蓮。
「知ってる?」
「知ってる」
全員。
静かになる。
「言って」
「今なら言える」
朔が口を開く。
「君の本当の名前は――」
その瞬間。
照明。
消える。
ノイズ。
声がかき消される。
『死亡記録作成を再開します』
赤い非常灯。
黒いファイルのページが勝手にめくれる。
死亡記録 No.0182
雨宮栞
次。
No.0183
神谷香織
次。
No.0184
神谷美月
そして。
No.0185
氏名。
空白。
文字が現れる。
神谷――
消える。
高城――
消える。
佐伯――
消える。
「名前が決まらない」
栞。
朔。
「神谷君の元の名前が戻ろうとしてる」
◇
新しい文字。
雨宮――
朔の顔が変わる。
「違う」
雨宮朔
全員。
凍りつく。
蓮。
「俺が雨宮朔?」
「違う。それは僕だ!」
だがファイルには
蓮の顔写真。
氏名。
雨宮朔
そして朔の顔写真。
氏名。
神谷蓮
栞。
「二人が入れ替わってる」
スピーカー。
『観測者の登録を確認』
『役割移行を開始します』
朔。
「やめろ!」
蓮の横。
壁。
文字。
雨宮朔
その下。
新規対象 神谷蓮(17)
「俺が観測者になる?」
朔。
「違う」
「でも名前が」
「これは0組じゃない」
「何で分かる」
朔は奥を見る。
「最初の処理だ」
「誰の」
「神谷廉一郎」
◇
古い端末。
勝手に起動。
ADMIN ROOT
KAMIYA RENICHIRO
三上。
「桐島より上の権限」
自動ログイン。
CYCLE 18を終了します
朔。
「まずい」
画面。
全役割を初期化します
神谷蓮
神谷香織
雨宮栞
高城悠真
観測者
すべて。
削除
蓮。
「全員消す気か」
朔。
「違う。もっと悪い」
「何」
「全員を 別の人間にする」
◇
ROOT KEY。
場所。
屋上。
時刻。
23時47分。
「また屋上」
「PROJECT 33の最初の記憶装置がある」
蓮。
「止めればいい」
「壊したら何が起きるか分からない」
「それでも行く」
その時 栞が死亡記録を見る。
No.0185。
氏名。
雨宮朔
顔。
蓮。
死亡予定。
九月五日 00時00分
時計。
23時56分。
「あと四分」
悠真。
「走れ」
◇
階段。
廊下。
屋上。
23時58分。
給水塔の下。
古い金属箱。
PROJECT 33
悠真が B2・0 の鍵を差し込む。
開く。
中。
古い機械。
テープ。
写真。
そして一枚の生徒証。
氏名。
神谷蓮
発行日。
四十年以上前。
栞。
「最初の神谷蓮?」
朔。
「違う。神谷蓮は架空の人格だ」
裏。
この名前を最初に使った人へ
あなたは存在しない
◇
23時59分。
装置が起動する。
古い録音。
『神谷蓮』
『はい』
子供の声。
『お母さんの名前は?』
『神谷香織』
『妹は?』
『神谷美月』
『親友は?』
『高城悠真』
『あなたを覚えておく人は?』
『雨宮栞』
全員。
言葉を失う。
四十年以上前から
今の関係性が完成していた。
最後。
『あなたを観測する人は?』
ノイズ。
聞こえない。
大人の声。
神谷廉一郎。
『成功だ』
『これで死んだ娘を 別の形で残せる』
◇
「娘?」
録音。
『この人格には 娘が持っていたすべての人間関係を与えた』
『母』
『妹』
『友人』
『観測者』
『そして娘自身の人格を分割して組み込んだ』
栞。
「神谷蓮の中に 娘の人格が入ってる?」
最後。
神谷廉一郎。
『神谷蓮は 私の娘を男の子として再構成した人格である』
蓮。
「だから本物はいない」
三上。
「最初から神谷蓮は 失った娘を別の形で作り直した存在だった」
録音。
『娘の本名は――』
ノイズ。
また消える。
「何でそこだけ!」
時計。
23時59分59秒。
00時00分。
装置。
INITIALIZE
◇
蓮の学生証から名前が消える。
三上が蓮を見る。
「君は……誰だ」
「先生!」
初期化。
始まった。
中央。
赤いボタン。
EMERGENCY MEMORY RELEASE
朔。
「押すな!」
「何が起きる」
「何十年分の消された記憶が 町全体に一気に戻る」
「じゃあ初期化を待てって?」
「それも危険だ」
どちらを選んでも。
誰かが壊れる。
◇
蓮は装置を見る。
そして気づく。
「第三の方法」
悠真。
「また?」
「ある」
死亡記録。
佐伯修一。
三上が名前を思い出した瞬間
記録も戻った。
「0組は記憶に合わせて記録を書き換える」
栞。
「なら全員の本当の名前を思い出せば」
「役割を一人ずつ終わらせられる」
朔。
「理論上は」
「やる」
◇
最初。
悠真。
蓮は目を閉じる。
九年前。
公園。
幼い二人。
名前。
親友。
遠い声。
『――き!』
『ゆう――』
違う。
高城ではない。
朔。
「幼稚園写真」
写真の裏。
蓮の位置。
高城悠真
しかし端に薄い文字。
旧名 結城――
蓮の頭に記憶が戻る。
「結城」
悠真。
「俺?」
蓮。
「違う」
思い出す。
走る少年。
呼ぶ声。
「結城湊!」
悠真の目が見開かれる。
「……湊」
記憶。
戻る。
「俺」
「結城湊」
装置。
旧氏名復元
高城悠真役割解除
学生証。
結城湊
蓮。
「湊」
「呼び慣れねえな」
「俺もだよ」
◇
次。
栞。
「私の本当の名前」
朔。
「知ってる」
「教えて」
朔は長く栞を見る。
「君は」
「水城紗奈」
栞。
いや。
紗奈。
目を閉じる。
家。
両親。
転校。
そして0組。
雨宮栞という名前。
「思い出した」
装置。
雨宮栞役割解除
水城紗奈 復元
蓮。
「紗奈」
「神谷君に言われると変な感じ」
「それはこっちも」
◇
三上。
原氏名一致
役割解除。
次。
神谷香織。
K-04。
元氏名。
雨宮香――。
朔。
「雨宮香澄」
蓮。
「香澄」
「今のお母さんの元の名前」
装置。
神谷香織役割解除可能
ただし。
本人確認が必要
家にいる。
後回し。
◇
美月。
M-01。
朔。
「美月は最初から神谷美月」
「役割名じゃない?」
「違う。美月だけは自分の名前だ」
蓮。
「だから改変に強い」
「そう」
そして最後。
蓮。
神谷蓮
旧氏名。
空白。
朔。
「さっき言おうとした」
「俺の名前」
「君は」
一拍。
「高城悠真」
◇
蓮。
止まる。
幼稚園写真。
自分の場所に書かれていた名前。
高城悠真。
「本当に」
「そう」
「高城悠真は元々君の本名だった」
「そして君が神谷蓮になった時 空いた名前を別の人に与えた」
湊。
「それが俺」
蓮は目を閉じる。
記憶。
戻る。
神谷香織と呼ぶ前の母。
佐伯修一。
美月。
そして。
自分。
高城悠真
装置。
旧氏名一致
神谷蓮役割解除――
停止。
ERROR
「何で」
朔。
「神谷蓮は他の役割と違う。人格そのものが深く入り込んでる」
◇
解除条件。
神谷蓮人格の帰属先が必要
「誰かに押しつけないと消せない?」
「そう」
「嫌だ」
「原型へ返す方法はある」
「それじゃ原型が神谷蓮になるだけだ」
誰かがまた役割を背負う。
それでは何も変わらない。
朔。
「もう一つある」
「何」
「完全削除」
「どうなる」
「神谷蓮として形成された記憶も消える可能性が高い」
母。
美月。
湊。
紗奈。
学校。
すべて。
「高城悠真に戻ったら 今までの俺を忘れる?」
「可能性は高い」
蓮は力なく笑う。
「最悪だな」
◇
装置。
初期化がまた進み始める。
蓮は神谷廉一郎の録音を思い出した。
娘。
人格を分割して組み込んだ。
「神谷蓮って 一つの人格じゃない」
朔。
「何」
「いろんな記憶を組み合わせて作ったんだろ」
「そう」
「なら分解できる」
三上。
「元の所有者へ記憶を返す」
「そうすれば誰も神谷蓮にならなくていい」
朔。
「理論上は可能だ」
「やる」
◇
端末。
PERSONALITY DECOMPOSITION
パスワード。
朔。
「ROOTパスワードが必要」
栞。
いや。
紗奈。
「娘の名前」
全員。
止まる。
写真。
神谷廉一郎の娘。
下の名前だけ消えている。
朔は目を閉じた。
「先生は」
「いつも娘を」
「……」
「かえ」
「かえで」
目を開く。
「神谷楓」
パスワード。
KAMIYA KAEDE
認証成功。
◇
分解開始。
神谷蓮人格を構成する記憶を 元の所有者へ返却します
母。
妹。
友人。
学校。
過去。
顔。
声。
性格。
名前。
一つずつ。
蓮の中から剥がれていく。
でも消えるのではない。
その奥にあった記憶が戻る。
母。
神谷香織。
その奥。
「……香澄さん」
父。
神谷蓮。
その奥。
佐伯修一。
『悠真』
蓮の目から涙が落ちる。
「父さん」
友人。
高城悠真。
その奥。
結城湊。
雨宮栞。
その奥。
水城紗奈。
そして。
神谷蓮という名前。
その下。
高城悠真
装置。
人格分解率 92%
あと少し。
◇
停止。
8%の記憶に所有者が存在しません
朔。
「神谷楓の記憶だ」
「返す相手がいない」
「楓はもういないから」
選択。
削除
新規保存
紗奈。
「保存」
「写真に」
蓮。
古いデジタルカメラを見る。
「人に入れない」
「記録として残す」
朔。
「できる」
◇
接続。
残り8%。
写真へ。
少女。
神谷楓。
父。
神谷廉一郎。
家。
笑顔。
普通の家族。
最後。
楓がカメラを見る。
笑っている。
100%
装置。
停止。
神谷蓮人格 分解完了
登録抹消
蓮の学生証。
高城悠真
湊。
結城湊
紗奈。
水城紗奈
三上。
そのまま。
「終わった?」
湊。
悠真。
いや。
高城悠真。
「たぶん」
朔。
「まだだ」
◇
死亡記録。
残っている。
高城悠真。
しかし対象者が一致しない。
対象不明
雨宮栞。
対象不明
神谷蓮。
対象消失
神谷美月。
そのまま。
神谷香織。
そのまま。
「美月と母さん」
悠真。
「まだ危ない」
「家へ戻ろう」
◇
その時。
カシャ。
古いカメラ。
新しい写真。
家。
美月。
香澄。
その後ろ。
一人の年配の男。
悠真。
「誰」
三上。
顔色が変わる。
「桐島……じゃない」
朔。
写真を見て震える。
「神谷廉一郎」
「生きてる?」
「本来なら百歳を超えてる」
紗奈。
「社会的死亡と人格移行を繰り返したなら」
朔。
「神谷廉一郎も役割を移して生きてきた」
◇
写真の裏。
『神谷蓮を消してくれてありがとう』
次。
『これで楓を戻せます』
朔。
「嘘……」
楓の記憶は写真に保存した。
完全な形で。
次。
『記憶があれば 人は作れる』
『それを君たちは証明してくれた』
悠真。
「俺たちが」
「楓を戻すための材料を作った」
最後。
写真の中。
神谷廉一郎は美月の肩に手を置いている。
『三十四番を使います』
「美月!」
◇
全員。
走る。
電話。
美月。
出ない。
香澄。
出ない。
新しい写真。
リビング。
誰もいない。
テーブル。
紙。
美月を返してほしければ 神谷楓の記憶を持って学校へ来なさい
朔。
「楓の記憶」
カメラ。
三上。
「美月に楓の人格を入れる気か」
朔。
「三十四番は記憶改変に強い」
「だから楓を固定する器として最適」
悠真は拳を握る。
「絶対にさせない」
◇
ふと。
写真。
神谷廉一郎。
その顔。
見覚え。
悠真。
「……先生」
「何」
「この人 どこかで見た」
「昔?」
「違う。最近」
学校。
入学式。
廊下。
職員室。
図書室。
そして。
「嘘だろ」
三上も気づく。
紗奈。
「誰?」
悠真。
「司書の人だ」
第一章。
雨宮栞を知らないと言った女性。
写真を見て反応した。
地下を知っていた。
十七年前の事件を知っていた。
そして言った。
「その子を探すのはやめた方がいい」
朔。
「人格も外見も移せる」
三上。
「神谷廉一郎は 今 司書として学校にいる」
◇
悠真のスマートフォン。
新しいメッセージ。
差出人。
図書室
本文。
『第九章を始めましょう』
その下。
写真。
学校の図書室。
椅子に座る美月。
無事。
その後ろ。
司書。
穏やかに笑っている。
胸元。
名札。
神谷 楓
悠真。
「楓?」
朔。
「違う。その人は廉一郎だ」
紗奈。
「じゃあ今 誰が誰の人格を持ってるの」
誰にも答えられなかった。
写真の裏。
最後。
『三十三人目は揃いました』
『残るのは 三十四人目だけです』
悠真は写真の中の美月を見る。
十七年前。
三十三人。
三十四番。
現在。
三十三人目まで揃った。
最後は美月。
彼女が0組へ入れば
何かが完成する。
楓の復元か。
町全体の初期化か。
それとも別の何かか。
まだ分からない。
ただ一つ。
悠真には分かった。
自分たちはずっと
誰が犯人なのかを探していた。
けれど本当に探すべきだったのは
誰が最初に この物語を記録し始めたのか
それだった。
――第九章「三十三人目」へ続く。



