夏休みの別府駅。
駅前には、観光客の声と、どこか懐かしい大分の空気が広がっていた。
雪は、駅の改札を出ると、少しだけ立ち止まった。
鎌倉で暮らすようになって、一年。
たった一週間だけの帰省だった。
それなのに――。
「……懐かしい」
思わず、大分弁が口からこぼれそうになる。
そのときだった。
「雪?」
聞き覚えのある声。
振り向くと、そこに遥斗が立っていた。
「……遥斗くん」
一年ぶりだった。
幼い頃から一緒に遊び、高校生になってからも、何度も別府の街を歩いた。
けれど、久しぶりに会うと、なぜか少し照れくさい。
「久しぶり」
「うん……久しぶり」
雪は小さく笑った。
「鎌倉、どう?」
「楽しいよ。でも……」
「でも?」
「大分に帰ってくると、やっぱり落ち着く」
遥斗が笑う。
「そっか」
駅を出ると、別府の街に独特の湯煙が見えた。
白い煙が、夏の空へゆっくりと昇っている。
「今日、地獄巡りするんやろ?」
「うん。昔みたいに」
「じゃあ、行こう」
二人は並んで歩き始めた。
*
最初に訪れたのは、海地獄。
青く澄んだ湯を見つめながら、雪は懐かしそうに笑った。
「覚えちょる?」
「何を?」
「小学生のとき、ここでスタンプ押したやん」
「ああ。雪、スタンプ押す場所間違えてたよな」
「もう! 言わんでいいやん」
雪が笑う。
その笑い方も、昔と変わらない。
遥斗は、そんな雪を横目で見ながら思った。
――やっぱり、好きだ。
一年離れていても、その気持ちは消えていなかった。
二人は海地獄、鬼石坊主地獄、かまど地獄、鬼山地獄、白池地獄、そして血の池地獄へと歩いていく。
スタンプを一つずつ埋めていくたび、幼い頃の思い出が蘇ってくる。
「暑いなぁ」
雪が額の汗を拭う。
「大丈夫?」
「大丈夫やけん」
その瞬間、遥斗が笑った。
「今、大分弁出た」
「え?」
「『やけん』って」
雪は少し驚いたあと、笑った。
「……ほんとや」
鎌倉で暮らしている間、標準語を話すことが増えていた。
でも、遥斗と一緒に別府を歩いていると、自然と昔の言葉が戻ってくる。
「やっぱり……遥斗くんと歩く別府が一番好きやわぁ」
何気なく言った言葉。
けれど、遥斗の胸には、その一言が深く刺さった。
「……俺も」
「え?」
「いや、なんでもない」
湯煙が二人の間を通り過ぎる。
見えなくなって、また見える。
まるで、二人の未来のようだった。
*
夜。
鉄輪温泉の旅館。
友人や親戚も集まり、賑やかな夜になった。
笑い声。
食事の音。
昔話。
久しぶりの帰省を、みんなが喜んでくれていた。
けれど、夜が深くなるにつれて、一人、また一人と部屋へ戻っていく。
気づけば、ベランダにいるのは雪と遥斗だけだった。
遠くに湯煙が見える。
「今日、楽しかったね」
「うん」
雪は手すりに寄りかかり、夜の別府を眺める。
「でも……」
「ん?」
「明日が終わったら、またすぐ鎌倉に戻らんといけん……」
雪の声が少し小さくなる。
「……寂しいな」
遥斗は何も言えなかった。
明日。
たった一日で、この一週間の帰省は終わる。
また雪は鎌倉へ帰る。
自分は大分に残る。
今まで何度も経験してきた距離なのに、今日はいつもより遠く感じた。
「雪」
「ん?」
「明日、最後まで一緒にいよう」
「うん」
雪は笑った。
その笑顔を見ながら、遥斗は心の中で約束する。
いつか。
この距離をなくす。
いつか必ず――。
雪を迎えに行く。
夜空には、星が静かに輝いていた。
そして二人はまだ知らなかった。
翌日、訪れる場所が――
二人の未来を変える、大切な場所になることを。
駅前には、観光客の声と、どこか懐かしい大分の空気が広がっていた。
雪は、駅の改札を出ると、少しだけ立ち止まった。
鎌倉で暮らすようになって、一年。
たった一週間だけの帰省だった。
それなのに――。
「……懐かしい」
思わず、大分弁が口からこぼれそうになる。
そのときだった。
「雪?」
聞き覚えのある声。
振り向くと、そこに遥斗が立っていた。
「……遥斗くん」
一年ぶりだった。
幼い頃から一緒に遊び、高校生になってからも、何度も別府の街を歩いた。
けれど、久しぶりに会うと、なぜか少し照れくさい。
「久しぶり」
「うん……久しぶり」
雪は小さく笑った。
「鎌倉、どう?」
「楽しいよ。でも……」
「でも?」
「大分に帰ってくると、やっぱり落ち着く」
遥斗が笑う。
「そっか」
駅を出ると、別府の街に独特の湯煙が見えた。
白い煙が、夏の空へゆっくりと昇っている。
「今日、地獄巡りするんやろ?」
「うん。昔みたいに」
「じゃあ、行こう」
二人は並んで歩き始めた。
*
最初に訪れたのは、海地獄。
青く澄んだ湯を見つめながら、雪は懐かしそうに笑った。
「覚えちょる?」
「何を?」
「小学生のとき、ここでスタンプ押したやん」
「ああ。雪、スタンプ押す場所間違えてたよな」
「もう! 言わんでいいやん」
雪が笑う。
その笑い方も、昔と変わらない。
遥斗は、そんな雪を横目で見ながら思った。
――やっぱり、好きだ。
一年離れていても、その気持ちは消えていなかった。
二人は海地獄、鬼石坊主地獄、かまど地獄、鬼山地獄、白池地獄、そして血の池地獄へと歩いていく。
スタンプを一つずつ埋めていくたび、幼い頃の思い出が蘇ってくる。
「暑いなぁ」
雪が額の汗を拭う。
「大丈夫?」
「大丈夫やけん」
その瞬間、遥斗が笑った。
「今、大分弁出た」
「え?」
「『やけん』って」
雪は少し驚いたあと、笑った。
「……ほんとや」
鎌倉で暮らしている間、標準語を話すことが増えていた。
でも、遥斗と一緒に別府を歩いていると、自然と昔の言葉が戻ってくる。
「やっぱり……遥斗くんと歩く別府が一番好きやわぁ」
何気なく言った言葉。
けれど、遥斗の胸には、その一言が深く刺さった。
「……俺も」
「え?」
「いや、なんでもない」
湯煙が二人の間を通り過ぎる。
見えなくなって、また見える。
まるで、二人の未来のようだった。
*
夜。
鉄輪温泉の旅館。
友人や親戚も集まり、賑やかな夜になった。
笑い声。
食事の音。
昔話。
久しぶりの帰省を、みんなが喜んでくれていた。
けれど、夜が深くなるにつれて、一人、また一人と部屋へ戻っていく。
気づけば、ベランダにいるのは雪と遥斗だけだった。
遠くに湯煙が見える。
「今日、楽しかったね」
「うん」
雪は手すりに寄りかかり、夜の別府を眺める。
「でも……」
「ん?」
「明日が終わったら、またすぐ鎌倉に戻らんといけん……」
雪の声が少し小さくなる。
「……寂しいな」
遥斗は何も言えなかった。
明日。
たった一日で、この一週間の帰省は終わる。
また雪は鎌倉へ帰る。
自分は大分に残る。
今まで何度も経験してきた距離なのに、今日はいつもより遠く感じた。
「雪」
「ん?」
「明日、最後まで一緒にいよう」
「うん」
雪は笑った。
その笑顔を見ながら、遥斗は心の中で約束する。
いつか。
この距離をなくす。
いつか必ず――。
雪を迎えに行く。
夜空には、星が静かに輝いていた。
そして二人はまだ知らなかった。
翌日、訪れる場所が――
二人の未来を変える、大切な場所になることを。

