月影に咲く、一輪の華


夜凪「……星羅」

声をかけても、星羅は反応しない。

星羅「はっ……はぁ……っ……」

肩が激しく上下している。

夜凪「……おい」

もう一度呼ぶ。

それでも、星羅はただ苦しそうに胸元を押さえている。

夜凪は眉を寄せた。

さっき旧校舎で見た顔と同じだった。

鎖を見た瞬間に怯えた顔。

それを隠して、何事もなかったように笑っていた。

――やっぱり、無理してたのか。

夜凪「星羅」

今度は少しだけ近づく。

星羅「……っ、は……ぁ……」

夜凪「大丈夫だ」

星羅「……むり……」

夜凪「……」

夜凪は一瞬だけ迷った。

普段なら、女に触れることなんて絶対にしない。

けれど今は、そんなことを考えている場合じゃない。

震えている星羅をそのままにはできなかった。

夜凪「……悪い」

そう呟いて、そっと星羅の肩を抱く。

そのまま身体ごと引き寄せた。

星羅「……っ」

一瞬だけ驚いたように身体が固まる。

でも、夜凪だと分かると抵抗しなかった。

むしろ、縋るように夜凪の制服を掴む。

星羅「……苦しい……」

夜凪「……ああ」

背中に腕を回し、ゆっくり支える。

夜凪「大丈夫だから」

星羅「……っ、はぁ……」

夜凪「急がなくていい」

星羅「……怖い……」

夜凪「……そうか」

星羅「鎖……」

夜凪「……ああ」

星羅「昔のこと……思い出して……」

夜凪「……」

夜凪は何も聞かなかった。

ただ、星羅が落ち着くまで抱きしめている。

星羅「……星夜……」

夜凪「星夜なら、ここにはいねぇ」

星羅「……」

夜凪「でも、すぐ近くにいる」

星羅「……うん……」

少しずつ呼吸が落ち着いていく。

けれど、涙は止まらなかった。

星羅「……星夜の前では……平気だったのに……」

夜凪「……」

星羅「怖いって……言えなかった……」

夜凪「……今は言っていい」

星羅「……え?」

夜凪「今は俺しかいねぇ」

星羅「…………」

夜凪「だから、無理して笑うな」

その言葉に、星羅の目からまた涙が零れた。

星羅「……夜凪……」

夜凪「ん」

星羅「……ありがとう……」

夜凪「……別に」

そう答えながらも、夜凪の腕は緩まなかった。

女に触れたくない。

それは変わらない。

でも――。

今、腕の中で震えている星羅を突き放すことだけは、どうしてもできなかった。

そして夜凪自身も、まだ気づいていなかった。

この日を境に星羅に対する感情が、少しずつ変わり始めていることに。