月影に咲く、一輪の華

購買へ向かう廊下を歩きながら、私はさっきの話を頭の中で何度も思い返していた。

黒羽「……星羅」

星羅「ん?」

黒羽「さっきのこと、星夜には言わねぇ」

星羅「え?」

黒羽「お前が何を考えてるかは、まだ俺とお前だけの話にしとく」

星羅「……ありがとう」

少しだけ胸が軽くなった。

でも――黒羽の言葉が、頭から離れない。

『星夜がお前に望んでるのは、自分のために死ぬことじゃねぇ』

分かってる。

そんなこと、分かってる。

それでも。

星羅「……難しいなぁ」

黒羽「何が?」

星羅「星夜のこと」

黒羽「……」

星羅「私ね、星夜が笑ってくれるだけで幸せなの」

黒羽「うん」

星羅「だから、星夜が傷つくくらいなら私が傷つけばいいって思っちゃう」

黒羽「……」

星羅「星夜が生きてくれるなら、私なんてどうなってもいいって」

黒羽は何も言わなかった。

ただ、私の隣を歩いている。

星羅「でもね」

少しだけ笑う。

星羅「星夜には、そんなこと絶対言わないよ」

黒羽「……どうして?」

星羅「星夜、絶対怒るもん」

黒羽「……だろうな」

星羅「『姉ちゃんが死んだら俺も生きてる意味ねぇ』とか言いそう」

黒羽「……言いそうだな」

星羅「でしょ?」

思わず笑ってしまう。

星羅「だから私は死なないよ」

黒羽「……」

星羅「星夜が悲しむことはしない」

その言葉を聞いて、黒羽は少しだけ安心したように息を吐いた。

黒羽「それならいい」

星羅「うん!」

少し重くなった空気を吹き飛ばすように、私は前を向く。

そして――。

星羅「……あ!」

黒羽「どうした?」

星羅「購買!」

目の前に、目的地が見えた。

星羅「やっと着いたー!」

黒羽「お前、本当に食い物のことになると元気だな」

星羅「だってお腹すいてるんだもん!」

購買の前には、たくさんの生徒が並んでいる。

星羅「何にしようかなぁ……」

パン、おにぎり、ジュース、デザート。

どれも美味しそう。

悩んでいると、黒羽が笑う。

黒羽「好きなの選べよ」

星羅「本当に?」

黒羽「ああ」

星羅「じゃあ……全部!」

黒羽「……全部?」

星羅「うん!」

黒羽「お前、さっきまであんな話してた奴と同一人物かよ」

星羅「何の話?」

黒羽「……もういい」

私は首を傾げながら、目を輝かせて購買のパンを見つめる。

その横顔を見ながら、黒羽は思った。

――こいつは、笑っている時は本当に普通の女の子だ。

だからこそ。

その笑顔を壊させたくない。

そして、いつか星羅自身が「自分も守られていい」と思えるようになればいい。

そんなことを、黒羽は初めて思った。