月影に咲く、一輪の華


夜凪との約束の日

夕方。

星羅「夜凪ー!」

夜凪「……来た」

いつものように短い返事。

星羅「今日はどこ行くの?」

夜凪「こっち」

星羅「うん!」

夜凪について歩いていくと、人通りの少ない海沿いの遊歩道に出た。

夕暮れの海がオレンジ色に染まっている。

星羅「……綺麗」

夜凪「……そうだな」

二人で並んで歩く。

けれど、夜凪はいつも以上に口数が少ない。

星羅「夜凪、今日静かだね」

夜凪「いつも静か」

星羅「あははっ。そうだった」

星羅が笑う。

その声を聞いた夜凪が、ちらっと横を見る。

そして――。

星羅「?」

夜凪「……何でもない」

星羅「?」

しばらく歩いていると、星羅が少し前を歩く。

すると、後ろから夜凪が呼んだ。

夜凪「星羅」

星羅「ん?」

振り返った瞬間。

夜凪「……待って」

夜凪が星羅の手首を掴む。

星羅「……!」

そのまま、ゆっくり自分の方へ引き寄せる。

星羅「どうしたの?」

夜凪「……先行かないで」

星羅「え?」

夜凪「……隣にいて」

星羅「…………」

普段なら絶対にこんなことを言わない。

女の子が近づくことすら嫌がっていた夜凪が。

自分から手を掴んで、離さない。

星羅「……夜凪?」

夜凪「…………」

夜凪は少しだけ目を逸らす。

耳が赤い。

星羅「もしかして……寂しかった?」

夜凪「…………違う」

星羅「ふふっ」

夜凪「……笑うな」

星羅「だって可愛い」

夜凪「……可愛くない」

星羅「可愛いよ」

夜凪「…………」

そして――。

夜凪が繋いだ手を、ぎゅっと握る。

星羅「……!」

夜凪「……もう少し、このままでいい?」

星羅「…………うん」

その瞬間。

夜凪の表情がほんの少しだけ緩んだ。

それを見て、星羅の胸が跳ねる。

――ずるい。

いつも無表情で、何を考えているのか分からないのに。

自分にだけ、こんな顔をするなんて。

星羅「……夜凪ってさ」

夜凪「ん?」

星羅「私のこと、嫌いじゃなくなった?」

夜凪「…………」

夜凪はしばらく黙った。

そして。

夜凪「……最初は嫌いだった」

星羅「やっぱり?」

夜凪「ああ」

星羅「そっかぁ」

少しだけ寂しそうに笑う星羅。

その瞬間――。

夜凪「でも」

星羅「……?」

夜凪「今は……」

夜凪が星羅を見る。

綺麗な顔が、夕焼けに照らされる。

夜凪「……お前が他の男といると、嫌だと思う」

星羅「…………」

心臓が、どくん、と大きく鳴った。

星羅「え……?」

夜凪「自分でも、よく分からない」

星羅「…………」

夜凪「星羅が誰かと楽しそうにしてると……こっちを見てほしくなる」

星羅「夜凪……」

夜凪「……だから」

繋いだ手を、さらに強く握る。

夜凪「今日は俺を見てて」

星羅「…………っ」

顔が熱くなる。

今までの夜凪とは、まるで別人だった。

無口で、冷たくて、女なんて興味ない。

そんな男が――。

自分にだけ、独占欲を見せている。

星羅「……ふふっ」

夜凪「何」

星羅「夜凪、そんなこと言うんだね」

夜凪「…………」

星羅「なんか……嬉しい」

夜凪「…………そう」

星羅「うん」

星羅は繋いだ手を握り返す。

星羅「じゃあ今日は、夜凪のこといっぱい見る」

夜凪「……約束」

星羅「約束」

そして夜凪は――。

誰にも見られていないことを確認するように周囲を見てから。

そっと星羅の肩へ頭を預けた。

星羅「……え?」

夜凪「……少しだけ」

星羅「…………」

夜凪「今日は、こうしてたい」

星羅「……うん」

星羅は何も言わず、夜凪の頭を優しく撫でる。

すると夜凪は目を閉じた。

いつもの近寄りがたい雰囲気はどこにもない。

ただ、星羅の隣で安心しきった男の子みたいだった。

星羅「……夜凪」

夜凪「ん……」

星羅「今日、なんかずるいね」

夜凪「……何が」

星羅「こんなの見たら……」

星羅は少し頬を赤くして笑う。

星羅「もっと夜凪のこと知りたくなるじゃん」

夜凪は目を開ける。

そして、星羅を見上げて――。

ほんの少しだけ笑った。

夜凪「……じゃあ、もっと知ればいい」

その言葉に、星羅の胸がまた大きく跳ねた。

――今まで全然気にならなかったのに。

今日から少しだけ。

夜凪という男が、気になり始めてしまった。