月影に咲く、一輪の華

朱雀の倉庫を出て、しばらく歩いた頃。

星羅はさっきまで遥愛にべったりだったことなんて忘れたかのように、今度は星夜の腕にぎゅっとくっついて歩いていた。

星羅「ねぇ、星夜」

星夜「ん?」

星羅「はるちゃんと次、どこ行こうかなぁ」

星夜「…………」

星羅「海は絶対行きたいでしょ? あと買い物もしたいし、カフェも行きたいし……あ、遊園地もいいよね」

星夜「姉ちゃん」

星羅「ん?」

星夜「……俺より遥愛の方がいいのかよ」

少し拗ねたような声だった。

星羅「え?」

星夜「さっきからずっと遥愛の話じゃん」

星羅は一瞬きょとんとした。

それから、くすっと笑う。

星羅「なにそれ」

星夜「…………」

星羅「星夜が一番だよ」

星夜「…………」

星羅は足を止める。

そして星夜の顔を覗き込むと――。

頬に、そっとキスをした。

ちゅっ。

星夜「…………っ!?」

一瞬、星夜の身体が固まる。

星夜「……お、おい!」

星羅「ふふっ」

星夜「外でキスはやめろって!」

耳まで真っ赤になっている。

星羅「だって星夜、拗ねてたから」

星夜「だからって……!」

星羅「星夜が一番って、ちゃんと伝えたかったの」

星夜「…………」

何も言い返せなくなる。

星羅は満足そうに笑うと、また星夜の腕にくっついた。

星羅「ね?」

星夜「……分かったよ」

星羅「ふふっ」

しばらく歩いていると、星羅がふと星夜の横顔を見る。

星羅「でも、星夜変わったね?」

星夜「何が?」

星羅「前よりツンツンしなくなった」

星夜「…………」

星羅「昔はもっと、すぐ怒ったり『うるさい』って言ったりしてたじゃん」

星夜「……別に」

星羅「ほら、そういうところ!」

星夜「…………」

星羅「前より丸くなったよね」

星夜は少しだけ黙った。

そして前を向いたまま、小さく呟く。

星夜「……あの事件があったからだろ」

星羅「…………」

星夜「姉ちゃんが目の前からいなくなって……俺、何もできなかった」

星羅「星夜……」

星夜「もう二度と、あんな思いしたくない」

その声には、以前の尖った感じがなかった。

ただ、姉を失いたくないという気持ちだけが滲んでいた。

星羅「…………」

星羅は繋いでいる腕に、少しだけ力を込める。

星羅「ありがとう」

星夜「……何が?」

星羅「優しくなってくれて」

星夜「…………」

星羅「今の星夜、好きだよ」

星夜「……っ」

また顔が赤くなる。

星夜「……姉ちゃん、そういうの普通に言うなよ」

星羅「あははっ」

その二人を少し後ろから見ていた月影のメンバー。

豹牙「…………」

來夢「…………」

朔夜「…………」

黒羽「…………」

夜凪「…………」

しばらく誰も何も言わなかった。

やがて來夢が、ぼそっと呟く。

來夢「……遥愛と離れたと思ったら、今度は星夜かぁ」

豹牙「…………だよな」

來夢「今日は本当に星羅ちゃんの隣にいられないね」

朔夜「……俺たち、二人で出かけたことすらないのに」

黒羽「…………」

夜凪「星夜は弟だから仕方ない」

豹牙「分かってる」

豹牙は少しだけため息をつく。

豹牙「でもよ……」

前を見る。

星羅は星夜の腕にくっついたまま、楽しそうに笑っている。

豹牙「遥愛の時は『はるちゃぁぁん』って離れたくないって騒いで、帰ったら今度は星夜にべったり」

來夢「切り替えがすごい……」

豹牙「俺だってふたりであそびにいきてーのに」

來夢「うん」

朔夜「……いつになったら誘えるんだろうな」

黒羽「…………」

夜凪「…………」

夜凪は黙って前を見ている。

けれど、その表情は少しだけ複雑だった。

――遥愛には、あんなに甘い顔をしていた。

そして今は、星夜に頬へキスまでしている。

自分たちはまだ、星羅と二人きりで過ごしたことすらない。

豹牙「……俺、次は絶対誘う」

來夢「俺も」

朔夜「……俺もだな」

黒羽「…………俺も」

夜凪「…………」

後ろで火花がバチバチしていた。

その頃、前を歩く星羅は――。

星羅「星夜、はるちゃんって次いつ遊べるかなぁ」

星夜「……もう次の予定考えてんの?」

星羅「うん! 楽しみなんだもん」

星夜「……姉ちゃんらしい」

星羅「あははっ」

星夜「でも」

星羅「ん?」

星夜「俺のこともちゃんと構えよ」

星羅「もちろん」

星羅は笑って、星夜の腕にさらにぎゅっと抱きついた。

その姿を後ろから見ながら――。

月影の全員は、またしても小さくため息をついた。

遥愛と離れたと思ったら、今度は星夜。

今日もまだ、星羅の隣は遠かった。