月影に咲く、一輪の華

倉庫に、少しずついつもの空気が戻ってきていた。

星羅「……なんか、疲れたね」

ソファーに身体を預ける。

星夜「そりゃ疲れるだろ。攫われて、殴られて、背中まで切られてんだから」

星羅「そんな並べて言わなくても……」

星夜「事実だろ」

星羅「……ふふ」

その笑顔を見た瞬間。

來夢は、ふと胸の奥に妙な感覚を覚えた。

――笑ってる。

ついさっきまで、あんなに怖い目に遭っていたのに。

星羅はもう笑っている。

來夢「…………」

自分なら、もっと引きずる。

もっと怖がる。

なのに星羅は、誰かを心配させないように笑っている。

來夢「……無理してない?」

星羅「え?」

來夢「笑ってるけど」

星羅「…………」

來夢「本当はまだ怖いんじゃない?」

星羅は少し黙った。

そして――。

星羅「……うん」

小さく頷く。

來夢「……そっか」

星羅「でも、みんながいてくれるから大丈夫」

來夢「…………」

その言葉が、妙に胸に残った。

――自分がいてよかった。

そんなことを思ってしまった自分に、來夢自身が少し驚く。

來夢「……そっか」

それだけしか言えなかった。

一方。

朔夜は少し離れた場所から二人を見ていた。

星羅が笑う。

來夢が安心したように笑う。

その光景を見ていると――。

なぜか、胸の奥がざわつく。

朔夜「…………」

理由が分からない。

ただ。

星羅が誰かと楽しそうに話していると、少しだけ気になる。

そんな自分に、朔夜は眉を寄せた。

朔夜「……俺、何考えてるんだ」

その隣では、黒羽も星羅を見ていた。

けれど黒羽の視線は、他の誰とも少し違う。

今日、星羅を失いかけた。

その瞬間に感じた恐怖。

そして――。

取り戻せた時の安堵。

黒羽「…………」

総長として仲間を守る。

それだけだと思っていた。

けれど。

星羅が傷ついた時、自分が思っていた以上に冷静でいられなかった。

黒羽「……厄介だな」

小さく呟く。

そして――。

夜凪は何も言わず、星羅の隣に置かれた救急箱を見る。

夜凪「星羅」

星羅「ん?」

夜凪「手、出せ」

星羅「手?」

夜凪「手首」

星羅「……あ」

鎖で傷ついた手首。

星羅が差し出すと、夜凪は包帯を巻き始めた。

星羅「ありがとう」

夜凪「…………」

星羅「夜凪って、やっぱり優しいね」

夜凪の手が、一瞬止まる。

夜凪「……別に」

星羅「ふふ」

夜凪「笑うな」

星羅「ごめん」

けれど、夜凪は包帯を巻き終わるまで星羅の手を離さなかった。

その様子を――。

豹牙が少し離れた場所から見ていた。

豹牙「…………」

拳を握る。

……なんだよ。

夜凪の奴。

星羅の手、いつまで握ってんだ。

そう思った瞬間、自分の中に生まれた嫉妬に気づいて――。

豹牙「……チッ」

顔を逸らした。

そして、まだ誰も気づいていない。

ここにいる男たちの中で――。

少しずつ、星羅を「仲間」ではなく、一人の女として見る人間が増え始めていることを。