月影に咲く、一輪の華


倉庫へ戻ると、ようやく張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。

犯人との決着はついた。

もう追ってくる者はいない。

だからこそ――。

星羅「…………」

ソファーに座った星羅は、ぼんやりと自分の手首を見つめていた。

鎖に擦られた赤い跡。

背中には新しくできた傷。

星夜「……姉ちゃん」

隣に座った星夜が、静かに呼ぶ。

星羅「ん?」

星夜「……話して」

星羅「…………」

星夜「昔の傷のこと」

星羅は少しだけ目を伏せた。

みんなも近くにいる。

けれど、誰も口を挟まない。

星羅「……分かった」

星羅はゆっくり息を吐く。

星羅「星夜が小さい頃のことだから……もう、かなり昔の話だよ」

星夜「うん」

星羅「私たちがあの人に連れていかれた時、星夜はずっと眠らされてた」

星夜「…………」

星羅「私は先に目を覚まして……星夜が隣で寝てるのを見つけた」

星夜「……俺、何も覚えてない」

星羅「うん。覚えてなくていいよ」

星羅は優しく笑った。

星羅「でも、あの人が星夜を傷つけようとした時だけは……覚えてる」

星夜「…………」

星羅「星夜が寝てるところに、刃物を持って近づいてきたの」

星夜の顔が強張る。

星羅「だから、私は星夜に覆いかぶさった」

星夜「…………姉ちゃん」

星羅「怖かったよ」

初めて、その言葉を口にした。

星羅「すごく怖かった」

豹牙「…………」

來夢「……星羅ちゃん」

星羅「でも、星夜が傷つく方がもっと怖かった」

星夜「…………」

星羅「だから……私が代わりに傷を受けた」

星夜は俯いた。

星羅「その時についた傷が、今も残ってる」

星夜「……どこ?」

星羅「背中とか、お腹とか……いくつか」

星夜「…………」

星羅「だから、今日見られたくなかったんだ」

星夜「何で?」

星羅「星夜が自分を責めると思ったから」

星夜「…………」

図星だった。

星羅「でもね」

星羅は星夜の手を握る。

星羅「星夜のせいじゃないよ」

星夜「…………」

星羅「私が、自分で選んだことだから」

星夜「……でも」

星羅「それに」

少しだけ笑う。

星羅「星夜が今こうして大きくなって、私の隣にいてくれる。それだけで、あの時のことは無駄じゃなかったって思える」

星夜「……姉ちゃん」

星羅「だから、もう自分を責めないで」

星夜はしばらく黙っていた。

やがて――。

星夜「……分かった」

星羅「うん」

星夜「でも、これからは俺も姉ちゃん守る」

星羅「……ふふ」

星夜「笑うなよ」

星羅「だって、頼もしくなったなって」

星夜「……当たり前だろ」

二人が笑う。

その光景を見ていた月影のメンバーは、誰も口を挟めなかった。

けれど――。

豹牙「……なぁ」

來夢「ん?」

豹牙「俺、今まで星羅のこと、守ってやらなきゃって思ってたけど」

豹牙は星羅を見る。

豹牙「……あんな過去知ったら、余計に放っとけなくなったわ」

來夢「分かる」

朔夜「俺も同じだ」

黒羽「……俺もな」

星羅「え……?」

突然、全員の視線が集まる。

星羅「な、何?」

豹牙「別に?」

來夢「何でもない」

朔夜「気にするな」

星羅「…………?」

夜凪だけは何も言わない。

ただ、星羅の隣に座ったまま――。

そっと手首の傷へ視線を落とした。

夜凪「……これからは」

星羅「ん?」

夜凪「一人で守ろうとすんな」

星羅「…………」

夜凪「俺たちにも守らせろ」

星羅「……うん」

その返事を聞いた瞬間。

豹牙と來夢が顔を見合わせる。

朔夜も小さく息を吐く。

――なんだろう。

さっきまでとは、何かが違う。

事件が終わったからこそ。

みんなの中に残ったのは、恐怖じゃなく――。

星羅をもっと大切にしたいという気持ちだった。

そしてそれは。

ここから始まる、彼らの感情を――少しずつ変えていくことになる。