月影に咲く、一輪の華

朧「……手」

星羅「これ?」

私は自分の手の甲を見る。

旧校舎でできた、小さな擦り傷。

星羅「ほんとに大したことないよ」

朧「…………」

星羅「?」

朧は何も言わない。

ただ、その傷を見たまま立ち上がった。

そして棚の方へ歩いていく。

星羅「朧?」

朧「待ってろ」

星羅「……うん?」

朧は救急箱を持って戻ってきた。

星羅「えっ」

朧「手、出せ」

星羅「……手当てしてくれるの?」

朧「傷があるからな」

星羅「ありがとう」

星羅が素直に手を差し出す。

朧はその手を取った。

細い。

思っていたよりずっと小さい。

朧「…………」

星羅「どうしたの?」

朧「……何でもない」

消毒液を傷に当てる。

星羅「……っ」

朧「痛いか?」

星羅「ちょっとだけ」

朧「我慢しろ」

星羅「はい」

素直に頷く。

その姿に、朧はほんの少しだけ目を細めた。

手当てを終えると、星羅が嬉しそうに手を見る。

星羅「綺麗になった」

朧「……当たり前だ」

星羅「ありがとう、朧」

朧「…………」

まただ。

この女は、どうしてこうも簡単に人の懐に入ってくる。

敵なのに、警戒して当然なのに。

朧「……お前」

星羅「ん?」

朧「敵の俺に、そんな簡単に気を許していいのか」

星羅「……?」

星羅は少し考えてから、ふっと笑った。

星羅「朧が私に何もしないって思ったから」

朧「…………」

星羅「それに、怪我を心配してくれた人を怖がる理由ないよ」

朧「…………そうか」

短く返す。

けれど胸の奥に、妙な感覚が残った。

そんな二人を少し離れた場所から見ていた瑛翔が、口元を上げる。

瑛翔「朧が女の子の手当てしてんの、初めて見た」

朧「……うるさい」

瑛翔「しかもめっちゃ丁寧じゃん」

紅蓮「確かにな」

朧「…………」

星羅「ふふっ」

また笑う。

その笑顔を見た瞬間――。

朧は、ほんの少しだけ視線を逸らした。

まだ恋ではない。

ただこの女のことを、もう少し知りたい。

そんな気持ちが、静かに芽生え始めていた。