「だからあれは『恋』ではなく『推し』だったのかな、と」
自分の話? あずさの話?
それとも、一般論?
「恋愛なら、いちいち感情に波風が立つでしょう。正だけじゃなく、負の感情もあって」
「…………」
白波を見つめた。
「先生も、波風立つことあるんですか」
「ないです。だから独身なんです」
「あ……そうですか」
再度、海に視線を戻す。
「……負の感情なんて、全部手放せたらいいのに」
そう呟いて、両腕をすっと伸ばした。
目の前に広がる、青い海原に向かって。
涌井は少し考えてから、「まあ」と口を開いた。
「そのぶん、正の感情も半減しそうですけどね」
「……どういうことですか?」
不安や嫉妬なんて手放して、ただ『私に照れてくれる彼』を大切にする。
そんな『前の私』に戻れば、楽になるんじゃないの?
「適当に言いました」
「ええ?」
気になる言葉だけ残し、涌井は答えをくれなかった。
そして、気づいたらいなくなっていた。



