そんな風に加奈子は人生の晩年を相変わらず恋愛小説を書きながら、豊かな自然の中でゆったりと一日一日を大切に丁寧に生きた。
子供達や孫達はよく顔を出してくれた。
そしてお正月の休みのは、家族総出の食事会がホームの近くの会員制のホテルで開かれる。
皆一泊していくので心置きなくお酒を飲んでいた。
皆でルーテイーンを組んで、加奈子が寂しくないように月に二回は誰かが来てくれるようにしているようだ。
中でも孫の健司は必ず月に一回は来てくれていた。
”ばあばには恩しかない”と言って、曽孫の顔も嫁と二人でみせに来てくれた。
曽孫まで抱かせてもらえて本当にありがたいと健司には感謝した。
そして、夫の一七回忌の法事を名古屋の夫のお骨を預けているお寺で済ませた。
その一ケ月後に、加奈子はホームの自室に倒れている所を朝食に降りてこないのを不審に思った職員に発見された。
その時にはもうすっかり冷たくなっていた。
子供達は加奈子の希望通りに夫のお骨を預けていたお寺で、葬式を出して加奈子のお骨も預けてくれた。
加奈子が望んでいたように、葬儀は家族だけが集まって見送ってくれた。
子供達はうちの両親は子供に病気の介護すらさせないで、ある日突然に死んでしまったと複雑な心境のようだった。
「きっと母さんは望んだとおりの引き際だったんだろうな、いつもピンピンコロリと逝けたら幸せといっていたよな」と長男
「思った通りに人生を終えられて、幸せな人だよな」と次男
「母さんはすごい人だよ。私がこうして今悠々と生きていられるのはあの時母さんが毅然として涼介を断罪して、生きていく道筋を建ててくれたからだもの。感謝しかない。でも自分はなるべく家族に迷惑をかけないように、消えたいわと言って笑っていたわ。そしてその通りに死んでいった。本当に悔いなくお父さんの所に逝ったね。きっと大満足で再会しているわ」
長女の裕子はそう言って母親を偲んでくれた。
加奈子は八十四歳の生涯を、地に足を付けてしっかりと生きた。
遺書も弁護士に預けてあって不動産は、子供たちのそれぞれの持ち分の不動産に加奈子の持ち分をそれぞれに充てた。
現金や本の収入は、孫たちにそれぞれ二百万づつ渡して残りを三人で分けるようにと遺言してある。
相続税はもう心配しないでも皆払えるだろうと思っている。
思いもかけず人生の晩年に恋愛小説家として何冊か本も出して貰えて”心底おもろい人生だった”と子供たちに残した遺書の最後には、そう書かれてあった。
完
子供達や孫達はよく顔を出してくれた。
そしてお正月の休みのは、家族総出の食事会がホームの近くの会員制のホテルで開かれる。
皆一泊していくので心置きなくお酒を飲んでいた。
皆でルーテイーンを組んで、加奈子が寂しくないように月に二回は誰かが来てくれるようにしているようだ。
中でも孫の健司は必ず月に一回は来てくれていた。
”ばあばには恩しかない”と言って、曽孫の顔も嫁と二人でみせに来てくれた。
曽孫まで抱かせてもらえて本当にありがたいと健司には感謝した。
そして、夫の一七回忌の法事を名古屋の夫のお骨を預けているお寺で済ませた。
その一ケ月後に、加奈子はホームの自室に倒れている所を朝食に降りてこないのを不審に思った職員に発見された。
その時にはもうすっかり冷たくなっていた。
子供達は加奈子の希望通りに夫のお骨を預けていたお寺で、葬式を出して加奈子のお骨も預けてくれた。
加奈子が望んでいたように、葬儀は家族だけが集まって見送ってくれた。
子供達はうちの両親は子供に病気の介護すらさせないで、ある日突然に死んでしまったと複雑な心境のようだった。
「きっと母さんは望んだとおりの引き際だったんだろうな、いつもピンピンコロリと逝けたら幸せといっていたよな」と長男
「思った通りに人生を終えられて、幸せな人だよな」と次男
「母さんはすごい人だよ。私がこうして今悠々と生きていられるのはあの時母さんが毅然として涼介を断罪して、生きていく道筋を建ててくれたからだもの。感謝しかない。でも自分はなるべく家族に迷惑をかけないように、消えたいわと言って笑っていたわ。そしてその通りに死んでいった。本当に悔いなくお父さんの所に逝ったね。きっと大満足で再会しているわ」
長女の裕子はそう言って母親を偲んでくれた。
加奈子は八十四歳の生涯を、地に足を付けてしっかりと生きた。
遺書も弁護士に預けてあって不動産は、子供たちのそれぞれの持ち分の不動産に加奈子の持ち分をそれぞれに充てた。
現金や本の収入は、孫たちにそれぞれ二百万づつ渡して残りを三人で分けるようにと遺言してある。
相続税はもう心配しないでも皆払えるだろうと思っている。
思いもかけず人生の晩年に恋愛小説家として何冊か本も出して貰えて”心底おもろい人生だった”と子供たちに残した遺書の最後には、そう書かれてあった。
完



