71歳の恋愛小説家

長女にとっては普通でない母親がこんな時には役立ったのだ。

長女はそんなこと言ったことも覚えていないだろう。今更言うつもりもないが…

「父さんは、いつも母さんに何でも全面委託していたしね。それだけ頼りになる存在だったんだね」と長男

「でもね、可愛い女ではなかったわね。気が強くて何でも自分で決めて突っ走って来たから、いつも事後承諾で…でもお父さんはいつも、信じて任せてくれていたわね。本当に心の広い人だった。文句一つ言った事が無かったわ」

そう言うと皆しんみりしてしまったが、

「母さんね、七十五になったら免許返納も考えているの。そして八十になったらちょっといい老人ホームに入ろうと思っているのよ。それまで生きていたらだけどね。入る所もだいたい決めてあるの。琵琶湖の湖畔に建つ老人ホームで、先日友人と一緒に見に行ったのよ。とても気に入ったんだけど、後十年近くそこがそのままあるかどうかは分からないけど、今度人生を見直してまたリセットする時は、自然の綺麗な景色のいい所に行きたいと思っているの。でもね、その前にぼけちゃったらどんな処でもいいから、皆の都合がいい所に放り込んでくれて構わないわ。良い機会だからそれだけは言っておくわね。なるべくみんなに迷惑はかけないように自分の人生を終いたいと思っているんだけど、保証人とかは誰かに頼まないといけないから、それは長男の哲史にお願いしたいわ」

「それは私がやるから任せて、一番母さんに迷惑かけて心配かけてるのは私だから、それ位はさせて欲しい」

長男が口を開く前に長女の裕子が言い切った。

「ありがとう、それはあなた達に任せるわ。まだまだ、これからも小説書きたいからがんばるね」

そう言うと、丁度加奈子の携帯が鳴った。

見ると出版社からだったので、怪訝に思いながら皆に断って電話に出た。

話を聞いて、え~っと絶句した。

電話の向こうでは担当者が興奮して大きな声で話している。

ちょっとびっくりして、加奈子は返事もあらとかまあとかしか応えられない。

とにかく次の打ち合わせの、約束をして電話を切ったが、放心状態の加奈子に、皆が心配してどうしたのかと聞いてきた。

「うん、今のは出版社の担当さんで、そのバツイチの主人公の話が今度ドラマにってオファーが来てるそうなの」

そう言って片方の本を指さした。

皆で盛大に
「「「「ええ~っ!」」」」の大合唱となった。