71歳の恋愛小説家

加奈子は夫のいなくなった後の人生をリセットしたいと思った。

会社がなくなれば加奈子の仕事もなくなる。

夫が一生懸命働いてくれたお陰で今は生活に困る事はないけれど、ずっと夫の会社の裏方のすべてを担ってきた加奈子は、自分がこれから何もやらずにぼーっと日々を過ごすつもりはなかった。

実は七十歳になった時、小説を書き始めたのだ。

加奈子は子供の頃から本を読むのが好きだった。

近年は紙の本よりも、電子書籍の方をよく利用している。

ある日加奈子は、無料の小説投稿サイトを見つけた。

そこでは無料で投稿している人の小説も読めるし、自分で投稿もできる。

ライトノベルの恋愛小説がほとんどなのだが、サスペンス物やエッセイを投稿することもできる。

加奈子はそう言う物を読み漁っていたので、なんとなくこれなら自分も書けるかもと思ったのだ。

恋愛ものも大好きだったし、昔から妄想するのが好きだった。

小学生の頃は秘書になったつもりで一人遊びをしていた。

一人っ子なので一人遊びも得意だった。

CAになってみたり、スパイになってみたり、そんな風に頭の中に自分の世界を作って遊んでいる子供だった。

それが役に立つ訳でもないが、純文学などは恐れ多いけれど軽い感じで書けるライトノベルの恋愛小説ならいろんなアイデアを考え付く。

ファンタジー物と言って、現実世界ではない魔法のある世界とか、今の世界ではない異世界の話などは、自分の好きなように話を設定できて面白い。

そんな話をネットで読んでは小説のネタやプロットを考えて書いていたりして楽しんでいたのがきっかけで、小説を投稿するようになった。

自分の小説がランキングに入るのが嬉しくて、どんどん投稿していった。

誤字脱字が多いとか、読みにくいとか、色々お叱りを受けながらファンタジー物や現代物いろいろ楽しんで書いていたのだ。

そんな時ファンタジー物で、コンテストに投稿したものが最終まで残り入賞の三作に入ったのだ。

優秀賞や佳作まではいけなかったが入賞でも本を出してもらえるので、本当にびっくりした。

東京の出版社で、応募から発表までは一年近くあったので自分でも応募したのを忘れていた。

東京の電話番号が携帯に表示されて、不審に思いながら電話に出たら入賞を知らせる出版社からの連絡だった。

加奈子は心底驚いて、思わず携帯を取り落としそうになった。

賞金はほとんどないに等しい金額で東京までの交通費にもならなかったが、本を出してもらえただけでうれしかった。

出版社が何冊かくれた本は挿絵も綺麗で加奈子の宝物になった。

死んだら棺桶に入れてもらう物に付け加えたのは言うまでもない。

ペンネームは孫たちの名前を一字ずつとって、適当に付けた。

そんな嬉しい事もあったが、まだ子供達には何も話していない。