むすび洋菓子店 ―人との縁と縁をつなぐ―

 同窓会の前日。

 結月は、朝から厨房に立っていた。

 明日の午後一時から、大分市内のホテルで同窓会が始まる。

 湯布院から大分市内までは時間がかかるため、朝七時には家を出なければならない。

 だから、それまでに二十六人分のケーキを仕上げる必要があった。

「よし……頑張ろう」

 結月はエプロンを締め直した。

 今回作るのは、チーズケーキとチョコレートケーキ。

 でも、ただ二種類を作るだけではない。

 結月には、どうしてもやりたいことがあった。

 高校時代のクラスメイト。

 福祉科の仲間たち。

 二十六人。

 卒業してから何年も経っている。

 細かいことまでは覚えていない。

 それでも、あの頃みんなが話していたことや、休み時間に選んでいたお菓子を、結月はなんとなく覚えていた。

「確か……この子はチーズケーキが好きだった」

 メモに名前を書く。

「この子はチョコだったよね」

 また一人。

 名前の横に、味を書いていく。

 プレーンチーズ。

 苺チーズ。

 レモンチーズ。

 ブルーベリーチーズ。

 濃厚チョコ。

 ミルクチョコ。

 少しビターなチョコ。

 同じケーキでも、少しずつ味を変える。

 そして、一人ひとりの名前を小さなカードに書いた。

「これなら、自分の好きな味を選べるよね」

 結月は笑った。

 全部を完璧に覚えているわけではない。

 もしかしたら、間違っているかもしれない。

 それでも、みんなのことを思い出しながら作る時間は楽しかった。

 ふと、手が止まる。

「……秀は」

 その名前だけは、すぐに浮かんだ。

 高校生の頃。

 放課後の教室で、結月が作ったチーズケーキを食べて、

『結月のチーズケーキ、好きだな』

 そう笑った秀。

 結月は静かに息を吐いた。

「……プレーンでいいよね」

 昔と変わらない味。

 そう決めた。

 けれど、そのとき――

 スマートフォンが鳴った。

「もしもし?」

『結月? 瑠璃だよ』

「瑠璃ちゃん、どうしたの?」

『ケーキ、大丈夫そう?』

「うん。今作ってるところ」

『ありがとう。本当に助かる』

「二十六人分だから、ちゃんと作らないとね」

『あ、それと……アレルギーの子のことなんだけど』

「あ、うん。確認してるよ」

『念のため、私がもう一回本人に確認しておくね』

「お願い」

 結月は頷いた。

 みんなで同じ場所に集まるなら、誰か一人だけが我慢することのないようにしたかった。

 使う材料を確認し、専用の道具を用意する。

 他のケーキと混ざらないように、別にして作る。

「これなら大丈夫」

 結月は、アレルギー対応のケーキを別の箱に入れた。

 その後も、作業は続いた。

 チーズケーキを焼く。

 冷ます。

 チョコレートを溶かす。

 生地を作る。

 また焼く。

 そして、冷ます。

 一つずつ、名前を確認する。

「一番大事なのは、名前を間違えないこと」

 結月は小さく笑った。

 時計を見る。

 午前一時。

 まだ終わらない。

 午前二時。

「あと少し……」

 眠気が襲ってくる。

 それでも、手を止めなかった。

 午前三時。

 最後の飾りつけを終える。

 そして――

 午前四時。

「……終わった」

 厨房の時計を見上げた。

 外はまだ暗い。

 もうすぐ朝が来る。

 テーブルの上には、二十六人分のケーキ。

 一つ一つ違う味。

 一つ一つ違う名前。

 結月は、それを眺めながら微笑んだ。

「みんな、喜んでくれるかな」

 疲れているはずなのに、不思議と嬉しかった。

 久しぶりに会う仲間たち。

 高校時代、一緒に笑った友達。

 その中には――秀もいる。

 そのことを考えると、胸の奥が少しだけ苦しくなった。

 今日、店に来た秀。

 隣にいた由美。

 そして、秀が言った言葉。

 ――懐かしい味。

「……明日は、普通にしよう」

 結月は自分に言い聞かせる。

 昔のことを蒸し返さない。

 ただ、みんなで楽しく過ごす。

 それでいい。

 そう思いながら、ケーキを一つずつ箱に入れていく。

 時計は午前四時半を過ぎていた。

「七時に出るから……少しだけ寝よう」

 結月は厨房を片付け、ケーキを冷蔵庫へ大切にしまった。

 そして、三時間ほどの短い眠りについた。

 ――午前七時。

 アラームが鳴る。

「……もう七時」

 結月は起き上がり、眠い目をこすった。

 急いで支度をして、冷蔵庫からケーキを取り出す。

 箱を一つずつ車へ積み込んでいく。

 二十六人分。

 アレルギー対応のケーキ。

 忘れ物がないか、最後にもう一度確認する。

「よし」

 結月は車のドアを閉めた。

 湯布院の朝。

 由布岳を振り返る。

「行ってきます」

 向かう先は、大分市。

 午後一時から始まる同窓会。

 二十六人の仲間たちとの再会。

 そして――

 そこには、秀もいる。

 結月は胸の奥の小さな不安を抱えながら、車を走らせた。